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猫可愛がりしていたら、喰われました。  作者: 不知火螢


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02

 私とミハエル殿下が婚約したのは今から十年前。殿下が六歳、私が八歳のときだった。

 あのころ、国王陛下のご容態が一時的に悪化されたことがあった。しかし王太子はまだ決まっておらず、王子たちによる王位継承争いによる王宮内の治安が急激に悪化したそうだ。

 我が家は政治的な発言権は皆無であり、王都から物理的に離れた国境沿いの辺境伯家であるため、私がその様子を実際に見たわけではない。ただ、相当緊張感に満ちた状況だったと、当時、王都の全寮制の学園に通っていた兄が教えてくれた。

 その後少しして陛下の容態が落ち着き、健康を取り戻されたため、その王位争いは沈静化したそうだが、とにかく、その頃の中央は常に険悪な雰囲気に包まれていたそうな。


 ミハエル殿下は末の第三王子にして遅くに生まれた唯一の前王妃の子。第一王子と第二王子は双子で、当時の側室、現王妃の子。

 主に王太子争いをしていたのは第一王子と第二王子で、前王妃はミハエル殿下の出産後、産後の肥立ちが悪く、結局、殿下が三歳の頃に亡くなられたらしい。


 血統的な正当性はミハエル殿下のほうが高いが、上の兄二人とは年が離れていること、更にすでに実母は鬼籍に入っていることで、王宮内に味方はないに等しい。その他、私にはよくわからない様々な政治的要素を含めて判断した結果、陛下はミハエル殿下を前王妃殿下に縁のあるこのオルトマン辺境伯に預けることにしたそうだ。なんか、きちんと説明された気もするが、八歳の私が理解していたわけないので、正直詳しいことは覚えてない。


 前王妃殿下はお祖父様の妹の娘で、父上の従姉にあたるらしい。前王妃殿下の実家はうちの家門の一つらしいのだが、そちらでは少し、ミハエル殿下を守るには心もとないとのことで、我が家で預かることになったそうだ。


 ただ、王位争いから避難して我が家に来たものの、やはり正当性の高さとしてはミハエル殿下のほうが高いため、殿下の婚約者として繋がりを持ちたい貴族は多いわけで。しかしわざわざ王位争いから離れるためにこんな辺境まで来ているわけで。

 なので、「じゃあ、手っ取り早く、ラヴィニアを婚約者にして防波堤にしてしまおう」ということになったらしい。もちろん、陛下の承認済みだ。

 殿下が成人して王都に戻る頃には、私との婚約は解消して、中央での後ろ盾となるご令嬢と改めて婚約する――という予定だったのだ。


 我が国での成人は十六である。なので、ついにミハエル殿下も成人を迎えたため、中央に戻ることになった。昨日は、ミハエル殿下が中央に戻ったことを示すための夜会でもあり、ついでに婚約者という立場にある私のデビュタントでもあったのだが……


「詳しく説明しなさい、ラヴィニア」

「はい……」


 一切顔色を変えず、真顔の母上は恐ろしい。すっかり酔いが冷めた父上も、その隣に座って頭が痛そうな顔をしている。その頭痛が酒のせいなのか、私のせいなのか――できれば前者であってほしいものである。

 私はテーブルを挟んだ二人の正面に座り、肩をすくめて縮こまっていた。完全に、怒られるのがわかっているので、その衝撃を少しでも逃したい。


 しかし、説明しろと言われても、先程の話が全てである。他に何を言えばいいのか、と頭を悩ませていると、正面から大きめなため息が聞こえた。

 まずい。

 とにかく、なんでもいいから言い訳をしなくては!?


「昨日は、王宮での夜会だったわね?」

「はい、そうです!」

「ミハエル殿下が戻ったと、中央貴族に示すための社交の手伝いと、ついでに貴女のデビュタントを済ませてくる、という話だったわよね?」

「はい、そうです!!」


 母上の言葉に対して、肯定していく。ここで対応を誤ると、間違いなく、説教は長引く。

 しかし、なぜだろう。おかしなことに、私が返事をするたびに、母上の眉間のシワが深くなっていく。


「それで、どうして、殿下と一線を超えることになるのかしら?」

「はい、そうで……違った。えっと、その、話せば長くなるのですが……」

「簡潔に」

「その、これからは殿下は王都にいるわけで、婚約も近くに解消するとなったら、もうこうやって身近で世話をすることもなくなるんだなぁ、と思ったらなんだかもの寂しくなって、酒の勢いもあって、こう、いつもよりも念入りに可愛い可愛いしていたら、いつの間にか……?」


 本当に、なぜこうなったのかは自分で言っていてもよくわからないが、これが事実なのだ。


 私は、年下のミハエル殿下がとにかく可愛いのだ。オルトマン家の末っ子でもある私は、身近な親戚を含めても一番年下で、いつも弟や妹といった存在に憧れていた。

 そんな中に現れたのがミハエル殿下で、今でも中性的で可愛らしい顔立ちだが、出会った当時は今よりももっと、女の子のように可愛かったのだ。

 婚約者という立場ではあったが、その婚約は解消されるのが前提だったし、私は可愛いものが好きだったので、こう、とにかく殿下を可愛がったのだ。

 

 朝は「おはよう今日も可愛いね!」と挨拶し、寝る前には「おやすみ今日も一日可愛かったよ!」挨拶し。

 愛情表現で抱きしめ、感極まれば頬ずり。

 そんな行動が日常茶飯事だったのだが、一度も殿下に拒まれたことはない。

 いや、もしかしたら本当の最初の最初の頃は拒否されたこともあったかもしれないけれど、すくなくとも、ここ数年で嫌がられた記憶はない。


 それだけ愛でていた殿下ともう離れなければならないと考えたら、やっぱりさみしくて、こう、お酒の力もあって、確かにいつもよりも愛情表現が激しかったのは否めないのだが……


「そもそも、夜会に参加していたはずでしょう」

「えっと、ミハエル殿下が、その、疲れたから部屋に戻りたいと言ってて……」

「それで?」

「なんか、ノリで、その場で追加でワインを開けて、その……はっちゃけました?」


 へへっ、と笑って誤魔化せば、麗しい母上のお口から、盛大なため息がこぼれた。盛大すぎて、息以外のものも出ていそうだ。

 

「それで、殿下の箍を外してしまったのね?」

「はい……その、なんか、十六歳の男の子の性欲を舐めてました……」

「男の子というか、殿下の場合は……あぁ、もう。今はそんなことどうでもいいわ。それで、出奔するって、どういう意味?」

「このままだと、殿下のことだから責任云々言って婚約を解消しないと思うので。殿下にはさっさと、中央で殿下を支えてくれるご令嬢と婚約、結婚してほしいじゃないですか。なので、このまま私が出奔すれば、予定通り婚約解消になるかな、って」


 勝手に姿くらませて、私有責の破棄になったらごめんなさい!

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