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ここは名乗り出るべきか、否か。
はっきり言ってしまえば、私が名乗り出る義理はない。冒険者が依頼を受けるのは完全に任意だし、領民の安全を守るのは領主の義務だから。
ただ、こうしてお世話になっている人たちが困っているのを見ると、なんだか悪いことをしている気分になってくる。
――お前が依頼を受けないのが悪いんだ。
そう、言われるような気がして。
もちろん、私はたまたまこの町に立ち寄っただけの、一子連れ冒険者だ。昨日、隣町を後にして、そのままこの町ではなく他の場所へ移動していた可能性だってある。その場合、この問題に出くわすこともなかっただろう。
とはいえ、自分の意思で足を止めて、話を盗み聞きしてしまったので、このまま素知らぬ顔をしてあと一週間過ごすのは……ちょっと、無理かもしれない。
それになにより、ここが自分の家の領地ではないが、平民を守るのは、貴族の務めである。
「あぅー?」
「ごめんねー、リンデ、リート。ママ、また二人から離れないとだめかもしれない……誰か見ててくれる人、捕まえられるかなー?」
捕まえられなかったら、最悪の場合、おんぶと抱っこで魔物退治だ。
正直、二人を連れて行っても害獣レベルの魔物なら安全に倒しきる自信はある。保護魔法だって重ねに重ねて掛けておけば、滅多なことはない。
ただ、万が一、出没すら稀な魔物に遭遇してしまった場合、二人を守り切れる自信が少しなくなるのだ。
……えぇい、ままよ!
「あの、すみません。話が少し聞こえてしまったのですが……たぶん、その昨日までいた冒険者って、私のことです……」
自分で自分のことを「凄腕冒険者です」というみたいで、なんだか居たたまれない。が、事実なのでしょうがない。
突然名乗り出た私に、宿屋の旦那さんと昨夜隣町に向かったらしい青年、そしていつの間にか合流していたらしい宿屋の奥さんが、椅子に座ったまま、ポカンと私を見上げていた。
気持ちはわかる。こんな、子連れの若い女が「私がその凄腕冒険者です!」と名乗り出るとか、何だこいつ、と思われるのは当然だろう。
私だって、オルトマン生まれではなく、自分が冒険者の立場でなければ、同じように思ったかもしれない。
しかし、ときに魔境、なんて呼ばれるオルトマン辺境伯領で生まれ育った私は、知っている。人の強さは、見た目では決してはかり知ることはできないということを。
「一応、これが冒険者証です。実力の証明にはなりませんが、まぁ、多少の戦力にはなると思っていただければ……」
「確かに……ギルドが発行している冒険者証ですね……」
どうせ、何を言っても怪しく見えるのだからと、一目である程度の実力があることが証明できる切り札、冒険者証を提示する。
ギルドの発行する冒険者証は、当然ながら、冒険者に発行されるものだ。これは、身元の証明だけではなく、ギルドが求める一定以上の戦力があることも証明してくれる。
冒険者証を提示したことで、ようやく私が冒険者であるということを信じてくれたらしい。ひとまず話を聞く流れとなり、一安心。
「それで、最近、このあたりに魔物が出るとのことでしたよね? そもそも、領主様にご報告はされたのでしょうか? こういった魔物退治は、基本的に領主様が騎士の派遣を指示するものなのですが……」
少なくとも、オルトマン辺境伯領ではそうである。なんなら、指示がなくても私や兄様、姉様たちが勝手に退治に行ってた。
まぁ、さすがにこれは例外であることは理解しているけど。
「領主様は……その、あまり、このあたりには目をかけてもらえないのです。なにせ、名産品も特産品もないような町ですので……観光地になる場所もありませんし、有名人を輩出したということもないですから」
「……そうですか」
そういう貴族もいると、頭では理解しているが、納得したくない私がいる。
我が家が特殊すぎるのも嫌というほど理解している。それでも、困っている領民がいたら助けるものだ、と物心つく前から、そう教えられてきたのだ。
一族代々がそんな考えだからなのか、住みやすい環境ではないが、領民たちは地元愛が強めな人たちが多い。
「……この様子ですと、自警団も特にいないようですね?」
「はい。見ての通りの田舎ですから、若者はこの町を嫌がって近隣のもっと大きな街や王都に行ってしまうんです」
これも、各領地によって異なるので私にとっては不思議でならないが、そういう人たちは多いらしい。
「なるほど……ところで、出没している魔物は、どんな魔物なんですか?」
「出没している魔物自体は基本的に小型なのですが、とにかく数が多いんです。だいたいは、一角兎でしょうか」
一角兎。その名の通り、角の生えた兎型の魔物だ。確かに、それほど強い魔物ではないが、通常のウサギと似ていて、繁殖力がとにかく高い。そのくせ縄張り意識が強くて、やたらと好戦的な魔物だ。そのため個体数が増えると厄介になる。
「……えっと、じゃあ、その魔物、私が倒してきます、はい……」
一角兎程度なら、何十匹と集まろうと、私にとってはさほど脅威ではない。
「いえ、そんな! お客様にそのようなことをさせるわけには!」
「あー、いえ、何匹くらいいるのか分かりませんが、おそらく、私にとってはそれほど手間ではないので。元々、私が少し、対応を間違えてしまったのが原因なので」
そう、私がもっときちんと断っておけばよかったのだ。出産してから、どうやって対応していいのかもわからず、本来のギルドの運用とは異なる手段で依頼を受け続けてしまったのが悪かった。
「しかし、お子さんもまだ小さいし……」
「保護魔法かけておきますし、これからも子供を連れて放浪する予定なんです。なので、一角兎程度からまずは肩慣らしをしようかと」
これは、本当に前から思っていたことだ。
少なくとも、ミハエル殿下がお妃を迎えた、という情報が入らない限り、私は実家に戻るつもりはない。なので、いつになるかわからないけれど、まだしばらくは放浪の旅は続く予定だ。
なにせ、王族の結婚には時間を要するので。
そんなこんなで、魔物退治に向かうことになった。
あんな適当な私の説得で応じちゃうなんて、よっぽど困ってたんだね……




