09
「おはようございます、お目覚めでしょうか?」
「あ、はい、起きてます!」
窓の外から差し込む日差しが眩しいなぁ、なんてぼんやりと思っていたら、コンコン、とドアが軽く叩かれた。
昨夜同様、宿屋の奥さんが、食事を確認に来てくれたらしい。
「今朝はいかがなさいますか? 朝は町の人達もいないので、お客様だけとなりますが」
結局、私以外の宿泊客はいないらしい。
食堂はまだ開店前なのか、確かに下からは昨夜と違って物音は聞こえてこなかった。これならば、子どもたちを連れて行っても問題なさそうだ。
「あ、それなら、籠を持って下で頂きます。そう何度も運んでいただくのは大変でしょうし」
「いえいえ、大変なんてとんでもない。では、下でご用意してお待ちしていますね。すぐにいらっしゃいますか?」
はい、と答えようとしたところで、リートとリンデが同時に泣き出した。あの小さな身体に一体どれだけの力が秘められているのか。
時間的にもそろそろおっぱいの時間である。全身全霊で空腹だと告げる声は、大人でもびっくりするほど大きい。
いやでもほんと、なんで同時なの。双子の神秘で示し合わせてる?
「二人におっぱいあげてから頂きます」
「かしこまりました。下に降りられたらお声がけください」
「はい、ありがとうございます」
奥さんが戻っていくのを確認してから、慌てて二人を抱き上げる。
二人が満足するまで与えて、順番にゲップが出たのを確認してからおんぶ紐と抱っこ紐を取り出す。ほんの僅かな移動でも、もう二人を籠に入れたまま移動するのはさすがに重い。
たった三ヶ月でも体重は生まれた頃の倍近くになっている。子供の成長って早いよねぇ。
背中にリート、お腹にリンデ、腕には籠と、これから朝食に向かうとは思えない出で立ちだ。
階段を一段一段、ゆっくりと降りていくと、宿屋の旦那さんが近寄ってきて籠を持ってくれた。
そのまま席へと案内される。昨日はちらりと見ただけだったが、改めて中に通されると、田舎町の宿屋の割には食堂は広い。ただ、町の人達の憩いの場、酒場を兼ねるというのであればこの広さは妥当なのかもしれない。
旦那さんがテーブルのすぐそばに籠を置いてくれたので、そこに二人を寝かせる。
せっかく視界が高くなってたのにまた寝かせられたことが不満なのか、リンデが少しぐずったけれど、ごめんね、ママもご飯食べたい。
他に宿泊客はいないが、それでも御夫婦に迷惑をかけるわけにもいかないので、防音魔法を掛けておく。馬車の中でも大活躍だったので、今のところ、転移魔法と並んで、覚えておいて良かった魔法の上位に食い込んでいる。
案内してくれた旦那さんは食堂から見えている厨房へ向かうと、今度は奥さんが朝食を運んでくれた。
今朝も、焼き立てパンにカリカリに焼かれたベーコンと目玉焼き、サラダにスープと、朝食としては十分な品揃えだ。むしろ、昨夜よりも品数が多く感じるのは、一品一品が軽いからだろうか。
御夫婦で仲良く料理をしている。食堂自体は昼から開くようなので、その仕込みをしているのかもしれない。
夫婦仲よく並んで、言葉を交わすこともなくあれこれと連携して手際よく料理を進める姿を見て、少しだけ羨ましくなる。
私は貴族で、ミハエル殿下は王族だ。仮に、婚約がこのまま継続して結婚する未来があったとしても、二人で料理をするなんてことにはならない。しかし、言葉を必要としないで息の合う夫婦というのには、やはり憧れがあった。
まぁ、今更そんな未来は来ないのだけど。
殿下が王都に呼び戻されなければあったかもしれない未来。
殿下がオルトマン家の婿となる事もあったかもしれない、なんてもしもの話を想像しても仕方はないのに、そんな事を考えてしまう自分に呆れるしかない。
もー、未練タラタラじゃん、私。
婚約解消も、殿下の新しい婚約者に中央の貴族が選ばれるのも、確かに私は本気で望んでいたのに。それなのに、いざ自分の気持ちを自覚してしまった今となっては、実際に殿下の新しい婚約者が発表されたら……私はきっと、みっともなく泣くのだろう。
うっかりと一人で勝手にしんみりしてしまったが、今の私は一人ではない。
パパに会わせてあげられない代わりに、私がリートとリンデを、二人分目一杯愛すると決めたのだ。
今日は二人を連れて、町を散歩するのもいいかもしれない。そこまで大きな町ではないので何があるというわけではないだろうけれど、ただ散歩するだけでも気分転換にはなるはずだ。
「大将、困ったことになった!」
そんな風に、慌てた若い男性が宿屋に入ってきたのは、私が朝食後の散歩から戻ってきた直後だった。
部屋に戻ろうと階段を登りかけたところだったので、思わず何事かとそちらに視線を向ける。
「どうした? 確か、昨日、隣町まで魔物退治の依頼をしに行ったんじゃ……」
「行ったよ! 昨日の夜には町について、一泊して、今朝朝イチでギルドに依頼をしに行ったさ! そうしたら、依頼を受けれないっていうんだよ!」
隣町、魔物退治、依頼。
どれも心当たりのある内容なので、足を止めて耳をすませる。
それにしても、ギルドが魔物退治程度の依頼を受けられないと断るなんて、聞いたことはない。
「は? なんで……」
「昨日までは凄腕冒険者がいたけど、その人がいなくなったから、魔物退治ができる冒険者がいないっていうんだ!」
……ん?
なにか、聞き捨てならない話になってきたな?
「そうか……困ったな」
……確かに、冒険者がいなければその依頼を受けてくれる人がいない、というのはある。しかし、ギルド本部を通して、近隣のギルドから冒険者を派遣してもらう、ということだって一応できるはずなのに。
なのに、依頼そのものを断った??
てか、その昨日までいた凄腕冒険者って、間違いなく、私のことだな??
え、遠回しに、私のいないところで、私のせいにされてる??
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