閑話 一方その頃②
ミハエル視点です。読み飛ばしても頂いても本編に影響はありません。
「ラヴィが足りない……」
「足りないも何も、傍にいないからな」
「ラヴィに会いたい……」
「俺も婚約者に会いたい……」
オルトマン辺境伯家のタウンハウスにて、一年前から飲むようになったワインを片手に、僕はうなだれていた。
正面では、オルトマン辺境伯家の長男、ヴィルヘルムが顔色も変えずに淡々とワインボトルを開けている。
その様子は辺境伯夫人、アウグスタ夫人を連想させる。ただ、夫人と違ってヴィルは記憶が全部残っているというわけではないらしく、自分のペースで飲みすぎないようにはしているらしい。
まぁ、その「飲みすぎない量」がすでに一般人と比べて多いのだが。
ラヴィが姿を消してから早一年。オルトマン辺境伯領にもその姿はなく、彼女がどこにいるのか誰も知らない日々が続いていた。
代わりに、とでもいうかのように、僕が王都に戻ってからはヴィルが僕の傍にいるようになった。
ヴィルは十六歳から一年の大半を王都で過ごしていたため、僕にとってはあまり馴染みのない人物ではあったが、今ではすっかり僕の「最側近」という立場になっている。当主であるカール・フォン・オルトマンからの命令だそうだ。
本来は、そろそろ辺境伯の後継ぎとして領地経営に関わり始めるはずだったのだが、それらの予定はすべて延期となっている。そのため、近々結婚の予定だったらしいが、それも自動的に延期となった。
ヴィルが僕の側にいる理由は簡単だ。父親である国王が直々に僕を呼び戻したことによって、王位争いが再度激化し、暗殺の危機があるからだ。
僕は王位なんていらないし、できればさっさとラヴィの婿としてオルトマンの人間になりたかったのに、どうしてこうなったんだ。
ただ、あまり馴染みはなかったとはいえ、絶対的な味方であると信じられる人が傍にいるというのは、僕にとって非常に心強かった。なので、例え当主命令、父親命令という理由があるにせよ、非常にありがたく思っている。
「それもこれも、十年も放置していたのに、急に呼び戻すからこんなことになったんだ……」
「まぁ、確かに陛下がミハエルを放置していたのは事実だが、それでも、親子だろう?」
「親子と言っても、六歳からろくに交流はなかったんだ。せいぜい、数か月に一度の手紙くらいで。だから、親と言えば僕にとっては辺境伯夫妻が頭に浮かぶよ」
「うちの両親も、ミハエルにそんな風に思ってもらえて嬉しいだろうよ」
「そうかな。そうだといいんだけど」
僕とラヴィの婚約はまだ解消されていない。辺境伯からは一度、それとなく話を持ちだされたが、僕自身が断固拒否して以来、その話は一向に進んでいない。
辺境伯にとっても、夫人にとっても、僕はすでに息子みたいなものらしいので、二人としてはそのまま僕がラヴィの婿になるのは問題なかったそうだ。
前王妃唯一の子にして、第三王子という地位が、僕の立場を非常に不安定にさせている。
おそらく、父親としては最愛の妻の忘れ形見である僕を、王太子として指名したいのだろう。国内貴族にも、そういう一派が少なくないことは知っている。
しかし、現王妃の産んだ息子二人である第一王子と第二王子を支持する貴族も当然存在し、彼らの反発が予想されるため、陛下は時期をうかがっているようだ。
「ラヴィが見つかって、頷いてくれさえすれば、僕はとっとと継承権なんて放棄するのに……」
「まぁ、ラヴィニアに王子妃なんて無理だしな。王太子妃、王妃となれば、尚のこと」
僕も王太子、国王は無理なので、本当に継承権を放棄したい。
でも、婚約者でありラヴィが表に姿を現さない今、継承権を放棄させてくれるかは正直怪しい。どうせ、「せめて婚約者の意見を聞いてからにしたらどうだ?」なんて言ってのらりくらりとかわされるに決まってる。
婚約は解消しない。絶対にしない。なにがなんでもしない。
そして、王位継承権を何としても放棄する!
そのためには、兎にも角にも、ラヴィニアを見つけなければならない。
そして、朗報は、翌日に舞い込んだ。
「ミハエル! ラヴィニアらしき情報を見つけたぞ!!」
「本当に!? どこ!!?」
「オルトマン辺境伯領から王都を挟んだ反対側。南の田舎町に、いつも人手不足のギルド支部があるんだが、ここしばらく、急にそこそこ面倒な依頼を、次々と処理されているんだ。そんな田舎すぎてろくな冒険者が寄り付かない場所なので、不審に思った本部が調査したところ、一人の冒険者が全部対応していたらしい。で、肝心のその冒険者の話を聞いてみると、聞き取りをした人全員が、その人物の印象がどうにもおぼろげで、はっきりとしないんだ!」
「……認識阻害!!」
ラヴィも使える!
よく、二人で街に遊びに行くときに使ってた!!
「やっと、やっと手がかりをつかんだ!!」
「あぁ! その町にうちの人間を、調査に向かわせる。何ヵ月も滞在しているようだから、もしかしたらまだいるかもしれない!」
やっと、ラヴィに会えるかもしれない!
そう考えただけで、僕の心は幸福に満たされていた。
だがしかし、ラヴィニアは既に移動済なのである。残念!




