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猫可愛がりしていたら、喰われました。  作者: 不知火螢


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1/11

01

見切り発車です。気ままにお付き合いいただけますと幸いです。

 ――やっばい、やっちゃった。

 それが、目を覚ました直後の私の認識だった。


 隣で気持ちよく眠る人物を起こさないよう、静かに、ゆっくりとベッドから抜け出し、そのへんに放り投げられているドレスをかき集め、見苦しくない程度に手早くに身につける。普段使わない筋肉があちこち酷使され、これまで感じたことのない痛みが、目覚める前の出来事が夢ではないことを主張してくる。


 ああ、本当にやってしまった。どうしてこんなことに。


 思わず頭を抱えるが、原因は一応わかってる。男の子の性欲、あるいはそれに伴い好奇心を舐めていた、これにつきる。多分。

 酒精の勢いで、ついついいつも以上に猫可愛がりし、ベタベタと甘やかしてしまった。そしてその結果がこれだ。いくら婚約者とは言え、年下の、それも成人したばかりの男の子に対する態度ではなかった。

 酔っ払っているときの記憶をなくさないタイプなことを、幸いと取るか否か。

 とはいえ、今は一人反省会をしている場合ではない。それはあとから十分できる。


 カーテンの隙間から見える空は暗く、人々が起き出す時間ではない。遠目に見えるホールからは明かりが漏れ見えているので、まだまだ夜会は盛況のようだ。

 年に数回しかない王家主催の大規模な夜会であるため、羽目を外している人も多いのだろう。


 ……自分も、その羽目を外しすぎてしまった身であるため、何も言えないのだが。


 急いで、それでいて物音を立てないように、こっそりと。ヒールの高い靴を履くと音が鳴りそうなので、誰も見ていないのをいいことに、行儀は悪いが両手に抱えて移動する。

 部屋の外の様子を伺うと幸い、人の気配はないのでゆっくりと扉を開け、その隙間から素早く抜け出し、そのまま廊下を駆け抜けた。

 体のあちこちが悲鳴を上げているが、あいにくと気にしている場合はない。一分一秒、一刻も早く、私はここを去らなければならない。


 廊下の角を曲がろうとした瞬間、向こうから人の足音が聞こえてきた。慌てて近くの柱の影に息を潜めて身を隠す。

 どうやら、巡回中の騎士たちのようだ。

 バクバクと心臓の音が聞こえそうなほどに激しく鼓動している。 


 よく考えれば私は正規の招待客なので、私がここにいるのはなんの問題もなかった。ホールから退出して、廊下にいたところで、誰にも咎められることもない。それどころか、「酔いを覚ましに」「体調を崩して休んでいた」とでも言えば、疑われることもなかったはずだ。

 しかし、彼の部屋から出てきたところだけは、見られてはならない。それだけは、何が何でも避けなければならなかった。

 別に隠れる必要はなかったのに咄嗟に隠れてしまったのは、その一点に尽きる。

 ともかく、一度隠れてしまったからには、このまま隠れ続けなければ。もし見つかったら、なぜ隠れていたのかを説明しなければならないが――それはできない。絶対に。

 幸い、騎士たちは私に気づくことなく、そのまま別の廊下へと消えていった。

 ふう、と小さく息を吐き、再び走り出す。もう少し、もう少しで庭園だ。


 そうして、どうにか庭園まで移動して息を整える。ここはまた人目につく可能性があるので、もう少し奥に行く必要がありそうだ。

 夜空を照らす月明かりを頼りに、ホールからも通路からも死角になる植え込みを利用して移動する。

 十分に距離をとって人目に付かないだろうことを確認してから、一つ、二つと深呼吸を繰り返す。

 体内に流れる魔力の流れに集中し、意識を切り替える。

 頭の中でカチリ、と音が聞こえた。


 気持ちはとても焦っているが、何十回と描いて来た魔法陣を足元に展開するのは、片手間でもできる。

 目指す先は自宅――王都のタウンハウスではなく、地元のカントリーハウス。

 全面的に非は私にある。今夜のことは、事実にしてはいけない。全ては一夜の夢、何もなかった。彼に、責任をとらせてはいけない。

 


 転移魔法で無事に到着すると邸宅内は静まり返っている。今が何時かはわからないが、使用人たちの大半は眠る時間らしい。とはいえ、我らが頼りになるが夜は役に立たない酒豪の親父殿は、まだまだ浴びるように酒を飲んでいるはずだ。父は役に立たなくとも、その傍には全く酒精に負けない母上もいるはず。


「お嬢様、おかえりでしたか」

「えぇ、ただいま。父上と母上は?」

「いつも通り、お二人で晩酌の最中でございます」

「そう、ありがとう」


 移動の最中、まだ眠っていなかったらしい家令に確認すると、案の定、二人で飲んでいるようだ。

 

 扉の前まで来て、ノックしようと手を上げ、一瞬躊躇する。

 全て正直に話すしかないとはわかってはいるものの、実の両親に包み隠さず話すことを考えると、普段は不在にしている羞恥心が家出から帰ってきてしまった。

 とはいえ、隠し通せるようなことではない。そもそも、隠すことによる影響の大きさを考えると、それは悪手でしかない。


 覚悟を決めて、扉をノックする。

 返事を得てから二人の私室へと足を踏み入れると、想像通り、父はすでに真っ赤な顔で機嫌よく酒を飲み、母は顔色一つ変えずに淡々と飲んでいる。

 いつ見てもタイプの異なる酒豪夫婦だと思うが、今はそんなことに感心している暇はない。


「父上、母上、大変申し訳ありませんが、今、この瞬間より、ラヴィニアという娘のことはお忘れください。私はこれより、出奔いたします!」

「……は? ラヴィニア、貴女、何を言っているの?」


 私の突然の宣言に、母上は怪訝なお顔をして、酒を飲む手を止めた。

 父上も、真っ赤な顔で目を丸くしている。


「申し訳ありません! 殿下を……ミハエル殿下を、誘惑してしまいました!!」


 腰は痛いがピンと伸ばして。夜中ということを考慮せずに腹から声を出せ。どうせ二人の私室であるこの部屋は、防音の魔法がかけられている。

 我が家は国防の要、オルトマン辺境伯家。脳みそまで筋肉でできていると揶揄されることもあるが、根っからの武人であるのは間違いない。


「誘惑、って。一体何をしたの」

「酒精に酔い、いつも以上に殿下を猫可愛がりしていたら、喰われました!!」


 ラヴィニア・フォン・オルトマン。婚姻前に、婚約者であるミハエル殿下と一線を超えてしまいました。


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