01
見切り発車です。気ままにお付き合いいただけますと幸いです。
――やっばい、やっちゃった。
それが、目を覚ました直後の私の認識だった。
隣で気持ちよく眠る人物を起こさないよう、静かに、ゆっくりとベッドから抜け出し、そのへんに放り投げられているドレスをかき集め、見苦しくない程度に手早くに身につける。普段使わない筋肉があちこち酷使され、これまで感じたことのない痛みが、目覚める前の出来事が夢ではないことを主張してくる。
ああ、本当にやってしまった。どうしてこんなことに。
思わず頭を抱えるが、原因は一応わかってる。男の子の性欲、あるいはそれに伴い好奇心を舐めていた、これにつきる。多分。
酒精の勢いで、ついついいつも以上に猫可愛がりし、ベタベタと甘やかしてしまった。そしてその結果がこれだ。いくら婚約者とは言え、年下の、それも成人したばかりの男の子に対する態度ではなかった。
酔っ払っているときの記憶をなくさないタイプなことを、幸いと取るか否か。
とはいえ、今は一人反省会をしている場合ではない。それはあとから十分できる。
カーテンの隙間から見える空は暗く、人々が起き出す時間ではない。遠目に見えるホールからは明かりが漏れ見えているので、まだまだ夜会は盛況のようだ。
年に数回しかない王家主催の大規模な夜会であるため、羽目を外している人も多いのだろう。
……自分も、その羽目を外しすぎてしまった身であるため、何も言えないのだが。
急いで、それでいて物音を立てないように、こっそりと。ヒールの高い靴を履くと音が鳴りそうなので、誰も見ていないのをいいことに、行儀は悪いが両手に抱えて移動する。
部屋の外の様子を伺うと幸い、人の気配はないのでゆっくりと扉を開け、その隙間から素早く抜け出し、そのまま廊下を駆け抜けた。
体のあちこちが悲鳴を上げているが、あいにくと気にしている場合はない。一分一秒、一刻も早く、私はここを去らなければならない。
廊下の角を曲がろうとした瞬間、向こうから人の足音が聞こえてきた。慌てて近くの柱の影に息を潜めて身を隠す。
どうやら、巡回中の騎士たちのようだ。
バクバクと心臓の音が聞こえそうなほどに激しく鼓動している。
よく考えれば私は正規の招待客なので、私がここにいるのはなんの問題もなかった。ホールから退出して、廊下にいたところで、誰にも咎められることもない。それどころか、「酔いを覚ましに」「体調を崩して休んでいた」とでも言えば、疑われることもなかったはずだ。
しかし、彼の部屋から出てきたところだけは、見られてはならない。それだけは、何が何でも避けなければならなかった。
別に隠れる必要はなかったのに咄嗟に隠れてしまったのは、その一点に尽きる。
ともかく、一度隠れてしまったからには、このまま隠れ続けなければ。もし見つかったら、なぜ隠れていたのかを説明しなければならないが――それはできない。絶対に。
幸い、騎士たちは私に気づくことなく、そのまま別の廊下へと消えていった。
ふう、と小さく息を吐き、再び走り出す。もう少し、もう少しで庭園だ。
そうして、どうにか庭園まで移動して息を整える。ここはまた人目につく可能性があるので、もう少し奥に行く必要がありそうだ。
夜空を照らす月明かりを頼りに、ホールからも通路からも死角になる植え込みを利用して移動する。
十分に距離をとって人目に付かないだろうことを確認してから、一つ、二つと深呼吸を繰り返す。
体内に流れる魔力の流れに集中し、意識を切り替える。
頭の中でカチリ、と音が聞こえた。
気持ちはとても焦っているが、何十回と描いて来た魔法陣を足元に展開するのは、片手間でもできる。
目指す先は自宅――王都のタウンハウスではなく、地元のカントリーハウス。
全面的に非は私にある。今夜のことは、事実にしてはいけない。全ては一夜の夢、何もなかった。彼に、責任をとらせてはいけない。
転移魔法で無事に到着すると邸宅内は静まり返っている。今が何時かはわからないが、使用人たちの大半は眠る時間らしい。とはいえ、我らが頼りになるが夜は役に立たない酒豪の親父殿は、まだまだ浴びるように酒を飲んでいるはずだ。父は役に立たなくとも、その傍には全く酒精に負けない母上もいるはず。
「お嬢様、おかえりでしたか」
「えぇ、ただいま。父上と母上は?」
「いつも通り、お二人で晩酌の最中でございます」
「そう、ありがとう」
移動の最中、まだ眠っていなかったらしい家令に確認すると、案の定、二人で飲んでいるようだ。
扉の前まで来て、ノックしようと手を上げ、一瞬躊躇する。
全て正直に話すしかないとはわかってはいるものの、実の両親に包み隠さず話すことを考えると、普段は不在にしている羞恥心が家出から帰ってきてしまった。
とはいえ、隠し通せるようなことではない。そもそも、隠すことによる影響の大きさを考えると、それは悪手でしかない。
覚悟を決めて、扉をノックする。
返事を得てから二人の私室へと足を踏み入れると、想像通り、父はすでに真っ赤な顔で機嫌よく酒を飲み、母は顔色一つ変えずに淡々と飲んでいる。
いつ見てもタイプの異なる酒豪夫婦だと思うが、今はそんなことに感心している暇はない。
「父上、母上、大変申し訳ありませんが、今、この瞬間より、ラヴィニアという娘のことはお忘れください。私はこれより、出奔いたします!」
「……は? ラヴィニア、貴女、何を言っているの?」
私の突然の宣言に、母上は怪訝なお顔をして、酒を飲む手を止めた。
父上も、真っ赤な顔で目を丸くしている。
「申し訳ありません! 殿下を……ミハエル殿下を、誘惑してしまいました!!」
腰は痛いがピンと伸ばして。夜中ということを考慮せずに腹から声を出せ。どうせ二人の私室であるこの部屋は、防音の魔法がかけられている。
我が家は国防の要、オルトマン辺境伯家。脳みそまで筋肉でできていると揶揄されることもあるが、根っからの武人であるのは間違いない。
「誘惑、って。一体何をしたの」
「酒精に酔い、いつも以上に殿下を猫可愛がりしていたら、喰われました!!」
ラヴィニア・フォン・オルトマン。婚姻前に、婚約者であるミハエル殿下と一線を超えてしまいました。




