7.留守番と賄賂
「お兄様、王太子殿下ってどんなお方?」
「そうだな……リビーが思う王子様とはちょっと違うかもしれないって僕は思ったよ
」
「そうなの?」
顔合わせ初日の夜、わたしの質問にゼリックはそんなふうにこたえてくれた。とはいえ、王太子のことをペラペラと喋ってはいけないから、当たり障りのない回答になっている可能性も大いにある。……いや、純粋過ぎるゼリックに限って、そんなことはないと思うんだけど。
「気になる! いいなあ、リビーも会ってみたいなぁ」
「え? リビーには僕がいるだろう? 僕がリビーの王子様になってあげるから、ね?」
よしよし、とゼリックがわたしを撫でる。……わたしが言うのもなんだけど、本当に妹を溺愛し過ぎではないだろうか?
毒気を抜かれそうになるのを必死にこらえ、わたしはゼリックに向き直った。
「でも、お城ってすごく大きくて綺麗なんでしょう?」
「そうだよ。だけど、大きくなったら僕が同じぐらい綺麗なお家をリビーのために建ててあげるから大丈夫だよ」
(……だから! だから!)
ゼリックの天然たらしっぷりがすごい。弱冠十歳で妹に対してこんな感じじゃ、恋人ができたときが大変だ。貴族の子息は幼いうちに結婚相手を決めてしまうというし、ゼリックも選定を急いだほうがいいんじゃなかろうか? いや、ゼリックに見合うお相手なんて、中々見つからない気がするけど……。
「リビーは今日、僕がいない間になにをしていたの?」
「え?」
ゼリックからの質問に、わたしは思わずドキッとしてしまった。
(図書館に行っていたことはあまり言いたくないんだけど……)
嘘をついたら、いつかどこかでボロが出る。もちろん、十歳のゼリックがわたしの復讐計画に気づいているとは思わないんだけど、念には念を入れなきゃいけない。わたしは意を決してニコリと微笑んだ。
「侍女と一緒に図書館に行ったの。絵本や図鑑を借りたんだ」
こういうこともあろうかと、ちゃんと表向きの用事を作っておいたわたしを褒めてあげたい。これなら本来の目的を隠せるし、嘘はついていないんだもの。
「えっ、僕がいないのにお外に行ったの? 大丈夫だった?」
ゼリックが急いでわたしの腕やら背中を確認する。
「大丈夫よ、お兄様。ちゃんと侍女と一緒だったもの」
「ダメだよ。外は危険がたくさんあるんだから。僕や、騎士が一緒じゃなきゃ危ないよ」
「え〜〜?」
どうやらゼリックは本気でそう思っているらしい。……まあ、現世のわたしは超がつくほど可愛いし、身なりもいいから金持ちの令嬢だってすぐにわかるので、誘拐される可能性があるというのはわからなくない。
(でも、それじゃ復讐計画が進められないんだもの)
ゼリックの前では自由に動けないし、ガッツリ猫をかぶらなきゃいけないし!
「リビー、約束して。今後は侍女と二人で出かけちゃダメだよ。僕がいるときにしてね」
「わかりました、お兄様」
従順な妹のふりをして笑うと、ゼリックがムッと唇を尖らせる。
「リビー、本当に約束だからね」
「……はーい」
珍しく真剣な表情のゼリックにわたしは内心でため息をつく。そういう顔をされるとものすごく裏切り難いというか、いざというときに良心の呵責に苦しみそうだ。
(とはいえ)
次のわたしの目標はゼリックなしで出かけることではない。王太子のもとに出向くゼリックにこっそりついていくことだ。
二週間後、ゼリックの二回目の登城日がやってきた。
「リビー、いい子で留守番してるんだよ?」
「……寂しいな」
わたしはゼリックの質問にこたえないまま、ゼリックにギュッと抱きついた。
「お兄様がいないお屋敷ってすごく静かだし、つまらないんだもの。リビーも一緒に行きたいです」
「リビー」
ゼリックはわたしを抱きしめ返し、頭をポンポンと撫でてくれる。
「僕だっておまえとずっと一緒にいたいんだ。だから言っただろう? 僕は側近なんてなりたくないって」
「えっ、それはその……」
そうだった。ゼリックを半ば強引に側近候補に仕立て上げたのはわたしだった。
(いやいや、どちらも仕方がないことだし)
復讐計画を成功させるためには、王家に近づくことが必要不可欠なんだもの。そのためにはゼリックに側近になってもらうのが手っ取り早い。でもでも、ゼリックが『わたしを城に連れて行く』ためには、一緒にいたいからって甘えるのが一番効果的なわけで。
「いつかリビーが大きくなったら連れて行ってあげるから、ね?」
「……はーい」
そう返事をしたものの『いつか』では遅い。遅すぎる。
わたしは苦々しい気持ちでゼリックを王宮へ見送った。
それから二週間後、次の登城日がやってきた。
「リビー行ってくるね」
「はい、いってらっしゃいませ、お兄様」
わたしはそう言って満面の笑みを浮かべる。お兄様はおや?と目を見開くと、小さく首を傾げた。
「今日は『一緒に行く』って言わないの?」
「はい。毎回わがままを言ったら困るかなって反省したんです」
「そっか……リビーはお利口さんだね」
よしよし、とゼリックが頭を撫でてくれる。……これから先にわたしがしようと思っている行動を考えると胸が痛い。わたしは笑顔で、ゼリックが馬車に乗るのを見届けた。
(よし、今よ)
わたしは、わたしにそっくりな等身大の人形(ゼリックが両親にねだって作らせた)をその場に置くと、マントで身を隠しながら、御者台へと飛び移る。
「運転手さん、今日はよろしくね」
「お嬢様……本当にゼリック様についていくんですか?」
運転手にはあらかじめ賄賂を渡しておいた。だって、こうするしか一緒に王宮に行く方法がないんだもの。
それに、わたしはゼリックに対して嘘はついていない。『一緒に行きたい』とも、わがままも言わなかったけど、勝手についていくことにした。ただそれだけだから。
「さあ、早くお城に行きましょう? わたし、すっごく楽しみにしているの! 馬車の運転席に乗るのもはじめてだし……」
「リビー……」
と、背後から声が聞こえてくる。ギョッとして振り返ると、そこには怒りに震えたゼリックがいた。
「お、お兄様……! 馬車に乗ったはずでは?」
どうしてわたしがここにいるとバレているの? せめて屋敷を出発するまでバレなかったら乗り切れると思っていたのに!
「僕が人形とリビーの見分けがつかないわけがないだろう? それに、運転手には『リビーが王宮についてきたい』と頼んでくるだろうから、そのときは僕に知らせるように伝えてあったんだ」
ゼリックは運転手の両足の間に収まっていたわたしを席から引き剥がすと、ギュッと力強く抱きしめる。
「ダメだろう? こんなことをしちゃ」
「だって……」
どうしても行きたかったんだもの。大人になるまで待つなんて、わたしにはできない。第一、王太子の婚約者ってあっという間に決まってしまう可能性があるし……。
「仕方がないな」
ゼリックはため息をつきつつ、わたしを馬車の乗口へとエスコートする。
「今回だけだからね」
「……! 本当ですか、お兄様?」
ゼリックが馬車に乗り込むのを待ってから、わたしは思い切り抱きつく。
「お兄様、大〜好き!」
「……うん、僕も」
困ったように笑いつつ、ゼリックはわたしを抱きしめ返した。




