【番外編】リビーの盛大な勘違い
話はゼリックとの結婚式の当日に遡る。
(わたし……本当にゼリックと結婚するんだよね?)
鏡の前の自分を見つめながら、わたしは一人、悩んでいた。
既に結婚式の準備は万端に整っている。おそろしいほどの金額を注ぎ込んだドレスにブーケ、幾人もの豪華なゲスト、既に引き返せる時期じゃないことは嫌と言うほどわかっている。
では、いったいなにに悩んでいるのか――それは、ゼリックがわたしを『妹』としてしか愛していないのではないか、ということだった。
(だって、二十年間も兄妹として生きてきたのよ?)
ゼリックはわたしがゼロ歳の頃から知っているわけで、普通、そういう人間を恋愛対象には見れないものじゃない?
もちろん、ゼリックがわたしを心から愛しているってことはわかっている。本当に、そこについては一ミリも不安はない。
だけど、ゼリックのあの遺伝子を後世に残せなかったら、ものすごい損失だと思うわけで。
(でもでも! そうじゃなくとも、ゼリックって本当に清らかすぎるんだもの!)
わたしの魔力が暴走した演習の日以降、わたしは実家ではゼリックとベッドを並べて眠っている。一晩中手を握ってもらって、夢見が悪い日は抱きしめてもらうこともあった。
だけど、それだけ。ゼリックがそれ以上のことをすることは、一度もなかった。
つまり、わたしに性的な魅力がないか、ゼリックがわたしを『妹』としか見ていないことは明らかで。これは由々しき事態だ――と思い至ったのがつい先程のことだった。
(わたしのバカ! 気づくのが遅いよ!)
このままじゃまずい。非常〜にまずい!
「リビー、準備は進んでいるの?」
と、頭を抱えたところでママとパパがちょうど部屋に入ってくる。わたしは思い切り二人に泣きついた。
「ママ、わたしゼリックと結婚していいのかな? 後世でいろんな人に恨まれない?」
「あらあら! なにを言い出すかと思ったら、マリッジブルーかしら?」
ママはまったく慌てなかった。クスクス笑いながらわたしの悩みを笑い飛ばしている。ママはポンポンとわたしの頭を優しく撫でた。
「大丈夫よ。ママもリビーと同じことを思ったから」
「そうなの?」
唇を尖らせるわたしに、ママは「ええ」と目を細める。
「いいこと、リビー? たとえ他の誰になにを言われても、あなたと結婚することを望んだのはゼリックでしょう?」
「……そうだけど。もしかしたらゼリック自身も本当の意味でわたしとの結婚を望んでいないかもしれないじゃない?」
「あの子が?」
ママはそう言うと、プッと噴き出し、やがてお腹を抱えて笑い転げた。
「どうしてそんなに笑うの!? わたし、本気で悩んでるのに!」
「だって! リビーがおかしなことを言うんだもの! ああ、こんなに笑ったのは生まれてはじめてだわ!」
ママは散々涙を流しながら笑ったあと、わたしを思い切り抱きしめた。
「ママができるのはここまで。式が終わったあとでちゃんとゼリックと話しなさい」
「……それじゃあもう手遅れじゃない?」
わたしがそう言うと、ママがまた耐えきれないといった様子で笑いはじめる。
「結婚おめでとう、リビー。幸せになってね」
***
その数時間後、いよいよ結婚式がはじまってしまった。
ここまで来たら、もう完全に引き返せない。進むしかない状況だ。
この扉の向こうにゼリックが待ってる――そう思うと、胸がドキドキと大きく鳴る。
いったいどんな表情を浮かべているのだろう? もしも万が一困ったり迷っているような表情だったら? ……そう思うとすごく怖い。
「リビー、笑って?」
と、隣でパパが言う。わたしは思わずパパを見上げた。
「ゼリックが待っているよ」
その言葉とともに、バージンロードへ続く扉がゆっくりと開く。眩い光がこちらに向かって降り注ぎ、わたしは思わず目を細める。
「リビー」
それはものすごく小さな声だった。けれど、わたしにはゼリックがわたしを呼んでいるのがはっきりと聞こえる。その途端、なんだか無性に泣けてきてしまった。
「リビー」
バージンロードの先で、ゼリックはわたしを抱きしめてくれる。待っていたって幸せそうに笑いながら。
「うん」
はじめての口づけは、二人分の涙の味がした。
***
(ああ、どうしよう)
式がはじまったあとは本当にあっという間。もう夜が来てしまった。
とはいえ、前述のとおり、わたしとゼリックは実家では同じ部屋でベッドを並べて眠ってきた。これまでと違うのは『結婚しているか、していないか』ただそれだけだ。
(なにも変わらなかったらどうしよう?)
本当はこんなこと、考えること自体がゼリックに対して失礼なのかもしれない。だって、ゼリックは純度百パーセントな聖人君子みたいな人で、人の営みの枠にハマらないのかもしれなくて。そういった欲とかとは縁がないんじゃないかなって。
それなのに、外野が『ゼリックの遺伝子が』云々考えるのは不埒というか……。
(違う)
本当は、そんなことを気にしてるんじゃない。
わたしはきっと、ゼリックに妹ではなく妻として愛してほしいだけなんだ。
あんなに大事にされているのに。愛されているのに。我ながらすごく欲張りだと思う。だけど、それだけじゃもう足りなくなってしまった。
「リビー?」
と、ゼリックが寝室へと入ってくる。わたしは目を拭いながら、急いでゼリックへと向き直った。
「疲れただろう、リビー?」
わたしを愛しげに見つめながら、ゼリックがよしよしと頭を撫でる。……いつもみたいに。わたしはムッと唇を尖らせた。
「疲れてません」
嘘だけど。本当は踵とか、コルセットでガチガチに固められた体とか、どこもかしこも痛くて疲れてるけど。子供扱いも妹扱いもされたくなくて、わたしはふいとそっぽを向いた。
「よかった」
ゼリックがそう言うと、わたしを背後から抱きしめてくる。すると、ドキドキとズキズキが同時に襲いかかってきた。
(ゼリックはわたしのことどう思っているの?)
そんなこと、聞けない。だって『愛している』って言われるに決まっているから。わたし自身、ゼリックがどれだけわたしを愛してくれているか知っているんだもの。
だから、これ以上はわたしのわがまま。違うものまで求めるなんてどうかしている。
「うっ……」
「リビー?」
なのに、どうしてだろう? わがままだってわかっているのに、とまらない。涙が勝手にポロポロとこぼれ落ちる。ゼリックはわたしの両頬をそっと抱えた。
「リビー、どうしたの!?」
「……ごめんね、ゼリック」
こんなわたしで、ごめん。いつまで経ってもわがままな子供で、ゼリックに甘えてばかりでごめんね。
自分の想いを言葉にできずにいると、ゼリックがわたしの額や頬にそっと口づけを落としていく。それからゼリックは人生二度目の唇へのキスをわたしにくれた。その途端、涙が勢いを増してしまい、ゼリックは困ったように笑った。
「どうしたの、リビー? なにか……」
「キスは結婚式だけじゃないの?」
「え?」
ゼリックが静かに首を傾げる。わたしは思い切りゼリックに抱きついた。
「もう、キスしてくれないかと思ってた……!」
言いながら、心音がバクバクと跳ね上がっていく。ゼリックはわたしの頭を優しく撫でたかと思うと、そのまま勢いよくベッドへと押し倒した。
「え?」
「嫌だよ」
ゼリックが言う。驚きのあまり涙が引っ込んでしまった。
ゼリックはそんなわたしの反応を見て少しだけ目を細めると、もう一度わたしにキスをした。さっきよりも強く、だけど優しく。
(ドキドキしすぎて心臓が痛い)
息、苦しいし。なんだか全身が甘ったるい。
(だけど――嬉しい)
「リビーは僕がどれだけ我慢をしていたか、知らないんだね」
長い口づけのあと、ゼリックが笑った。それはいつもみたいに清らかじゃない、色気をはらんだ妖しい光をまとっていて。
体全体が心臓になってしまったみたいにドキドキと鳴る。さっきまでとは別の緊張感に体が震える。
ゼリックはわたしの頬にそっと触れると、とても愛しげに目を細めた。
「リビー、愛しているよ。僕と結婚してくれてありがとう」
「……うん」
その瞬間、わたしにはわかった。
ゼリックは妹としてだけじゃない。本当にわたしを愛してくれているんだって。一人の女性として求めてくれているんだって伝わってきた。
「リビーに触れてもいい?」
「…………うん」
心臓が破裂するんじゃないかってぐらいドキドキしながらこたえたら、ゼリックはとてもうれしそうに笑う。
その夜、わたしは自分が盛大な勘違いをしていたことを思い知った。聖人君子に欲がないなんて――わたしは大バカモノだ。
こうしてわたしはゼリックと夫婦になった。
そして、(別の理由で寝不足になることはあるにせよ)現世の両親の悪夢に悩まされる夜は二度と訪れなかったのである。
本作を読んでいただき、ありがとうございました。これにて本当に完結です!
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改めまして、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!




