32.ゼリックの語る真実
(あ……)
頭がズキズキと強く痛む。まるで体が乗っ取られてしまったかのように言うことを聞いてくれない。体を反るように両腕が勝手に開かれていき、全身が燃えるように熱くなる。
(魔力が暴走している)
あのときと同じ――いや、もっと激しい憎悪の感情がわたしの中に流れ込んできた。
「リビー?」
わたしの様子がおかしいことに気づいたアインハードがわたしに声をかけてくる。だけど、唇すらまともに動いてくれない。
(両親はこの場で復讐を果たすつもりなんだ)
王家全員が――この国の貴族が大勢揃った今、この場所で。
……そうだよ。ただ殺したいだけなら、わたしが王太子妃になるなんてまどろっこしい段階を踏む必要なんてない。わたしの身を犠牲にすれば――そうすればすぐに念願が成就するんだもん。妃になったあとでこっそり毒を飲ませるとか、賊が入ったことにして暗殺するとか、わたしがそういった方法を考えていたのは、復讐を果たしたあとに自分が生き残ることを考えていたからだ。
だけど、両親はそんなことを望んでいない。ただ、復讐を果たせればそれでいいんだ。だってわたしは、そのためだけにこれまで生かされてきたのだから……。
「リビー」
名前を呼ばれるとともに、ぶわりと空気が震える感触がした。まるで宙に浮かんでいるかのような浮遊感とともに、体の感覚が一気に戻ってくる。
「お兄様」
わたしを呼んだのはゼリックだった。声がした方向を振り返ると、ゼリックはわたしを見つめながら微笑んでいる。
と同時に、わたしは奇妙なことに気づいた。
周りにいる人間――アインハードや彼の両親、それから夜会の参加者たちが石のように固まっている。会場からまったく音が聞こえなくなったし、誰一人呼吸すらしておらず、ピクリとも動いていない。まるで時間が止まってしまったかのように。
「お兄様、これは……」
「リビーはこれからどうしたい?」
ゼリックが尋ねる。彼はゆっくりとわたしに近づくと、ギュッと力強く抱きしめた。
「もしもリビーが復讐を果たしたいなら、僕が代わりにやるよ。僕がこの場で全員の命を奪う。リビーには決して罪を被らせない。これから先もなんの憂いもなく、幸せに暮らせるようにする。僕にはそれが可能だから」
「……え?」
燃えるような全身の熱が少しずつ鎮まっていく。と同時に、頭が段々とクリアになってきた。
「復讐って……どうしてお兄様がそんなことを?」
「リビーは覚えているんだろう? 自分がサウジェリアンナ王国の王女だったこと。両親が殺されてしまったこと。だから、復讐をしたいと思っていたんだよね?」
「ど、どうしてそのことを?」
わたしは思わず目を見開いた。
ゼリックはわたしの出自を知らない。パパが話したはずもない。
それに、わたしに赤ん坊の頃の記憶があるなんて、わかるはずがないのに。
「リビーが家に来た次の日、サウジェリアンナ王国のことが新聞に書かれていたからね。『王女が亡くなった』っていう記事と、お父様の様子から判断して、リビーがサウジェリアンナ王国のエルシャ王女に違いないって確信したんだ」
「そんな……だって、お兄様はあのとき五歳だったし、パパはわたしのことを、ただ『訳あり』だってママに話していたぐらいで」
「あのね、お父様のいう『訳あり』は『王命』だって意味なんだよ」
「……はい?」
ゼリックはそう言ってわたしを撫でる。ゼリックは一層わたしを強く抱きしめた。
「つまり、お父様は国王から頼まれて、リビーを我が家に連れ帰ったんだ。別人として、幸せに生きてもらうためにね。赤ん坊のリビーがサウジェリアンナ王国のことを覚えているのは想定外だったみたいだけど」
「そんな……」
だから国王はさっきあんなことを――『大きくなったね』なんて、言ったの? 赤ん坊の頃のわたしを知っているから?
(つまりわたしは、復讐相手に生かされていたってこと?)
「全然、知らなかった」
「知らなくて当然だよ。本来なら、知る必要のないことだからね」
ゼリックが微笑む。色んな感情がごちゃまぜになって、わたしは無性に泣きたくなった。
「ゼリ――お兄様はどうして」
「ゼリックでいいよ。むしろそう呼んでほしい」
ゼリックはそう言いながらわたしの背中をぽんぽんと撫でる。わたしはゼリックの胸に顔を埋めた。
「ゼリックはどうしてわたしに赤ん坊の頃の記憶があるってわかったの?」
「他ならぬ僕自身がそうだからね。リビーもそうだろうって思ったんだ」
ニコリと微笑みながらゼリックが言う。さすがはゼリック。普通ならありえないことなのに、妙に納得できてしまう。わたしはなんだか笑えてきてしまった。
「そっか……」
全部バレてたんだ。そりゃあ、全力で邪魔されるはずだよ。だって、わたしが間違っているんだもの。そう思いながら、涙がポロポロとこぼれ落ちた。
『いったいなにをしているんだ!』
『早くあいつらを殺して!』
『復讐を成し遂げろ!』
とそのとき、頭の中でそんな声が聞こえてきた。現世の両親の声だ。
わたしが思わず耳をふさぐと、ゼリックがわたしの額に自分の額をくっつける。
「大丈夫だよ、リビー」
ゼリックが言うと同時に、二人の声がスッと静かに消えていく。それから、心と体がふわりと軽くなるような心地がした。
「リビーが嫌だと思うものは、僕が見せないし聞かせない。これから先もずっと、僕が全力でリビーを守るよ。その上で、リビーに教えてほしい。リビーはこれからどうしたい? 自分を産んでくれた両親のために、復讐を果たしたいと思う? さっきも言ったけれど、もしもリビーが望むなら、僕はそれを叶えるよ」
ゼリックはわたしから少しだけ距離を取ると、真剣な表情でそう尋ねてきた。
「嫌だなぁ……」
産んでもらっておいてそんなことを思うなんて、わがままなのかもしれない。親不孝なのかもしれない。
だけどわたしは、復讐なんてしたくない。
ゼリックから真実を教えてもらったからってだけじゃない。誤魔化していただけで本当はずっと、そう思っていたんだと思う。
「ゼリック、わたし嫌だよ。誰かを傷つけるのは嫌だし、怖い」
アインハードの顔を思い浮かべながら、胸が小さく痛む。復讐相手としか認識しないようにしていたけど、スパッと割り切るなんてわたしには所詮無理な話だったのだ。
「自分が傷つくのも嫌」
「もちろん。リビーが傷つくのは僕が絶対に許さないよ」
真顔でそう言うゼリックに、わたしは思わず笑ってしまう。
「それに、わたしのせいでゼリックやパパたちが傷つくのはもっと嫌なの」
笑いながら涙をこぼすわたしに、ゼリックが優しく微笑む。それからもう一度、力いっぱい抱きしめてくれた。
(ゼリックはわたしに気づかせたかったんだ)
自分が本当はどうしたいと思っているのか。だから、今夜の夜会に参加することを止めなかった。多分、国王に会ったらわたしの魔力が暴走しそうになるだろうことも全部わかっていて、あえてこの状況を選んだんだと思う。ゼリックなら絶対にわたしを守れるから。わたしが望むものをすべて与えられるとわかっていたから。
(ああ、本当に愛されているな……)
現世の両親とゼリック、どっちがよりわたしを愛してくれているかなんて、考えるまでもなく明白だった。考えてみたら、どうしてわたしが両親のために自分を犠牲にしなければならないのだろう? なんだかおかしくて笑えてくる。
「それじゃあ、帰ろうかリビー」
と、ゼリックがわたしを横抱きにしてくる。
その途端、止まっていた時間が再び動きはじめ、ガヤガヤと音が聞こえだした。
「ゼリック!? いつのまに」
そう口にしたのはアインハードだった。――驚くのも無理はない。ついさっきまで、わたしは国王と談笑していたはずだったし、そこにはゼリックはいなかったんだもの。
「アインハード殿下、申し訳ございません。リビーは体調を崩したようなので、僕が家に連れて帰ります」
「は? いきなりなにを……」
アインハードが止めるのも聞かず、ゼリックは出口に向かってスタスタと歩きはじめる。
「それから、体が弱いリビーに妃は無理です。ほかを当たってください」
「なっ! おい、ゼリック」
聞こえないふりを決め込んだゼリックはわたしを連れて城内を闊歩し、さっさと馬車に乗り込んでしまった。
「……ねえ、ゼリック」
「ん? どうしたの? リビー」
わたしを抱きしめながらゼリックが返事をする。純粋無垢な表情で見上げられ胸がキュンと疼くのを我慢しつつ、わたしはゼリックに向き直った。
「わたしがアインハード殿下のパートナーになるの、嫌だった?」
「もちろん」
尋ねた途端に即答され、わたしは思わず笑ってしまう。拗ねたような表情のゼリックがたまらなく可愛く、愛しく思えてきて、わたしはそっとゼリックを撫でた。
「リビー、復讐はもうやめるんだよね?」
「え? ……うん」
改めて尋ねられて少し戸惑ってしまったものの、わたしはコクリとうなずく。
「それじゃあ、もうアインハードの妃を目指す理由はないね? 彼とパートナーになることも、二度とない。そうだよね?」
「……うん」
ゼリックがあまりにも真剣な表情で捲し立てるから、わたしは思わずドキドキしてしまった。
「よかった」
そう言ってゼリックが無邪気に笑う。わたしのことを愛してるんだってひと目でわかる笑顔に、胸が一気に熱くなる。
(ゼリックには敵わないよ)
おそらく一生、死ぬまで敵わない。
そんなことを考えながら、わたしは目を細めるのだった。




