23.ライバル宣言
(ああ、悪夢だわ)
教室の一番うしろの席に座り、わたしはそんなことを思う。
「グレゾール先生、はじめまして」
「お会いできて光栄です」
「エントランスに刻まれていた『首席卒業生』って、先生のことですよね?」
「先生の教え子になれてとても嬉しいです」
教壇に立っているのはグレゾール先生――もとい、わたしの義理の兄であるゼリックだ。そして、その周りには複数のクラスメイトたち。全員が女性で、彼女たちはしきりに髪型を直しながら満面の笑みを浮かべている。今は次の授業の準備時間で、早く教室に来たゼリックを取り囲んでいる、という状況だ。
(年上の男性ってかっこよく見えるものよね)
多分、きっとそう。っていうか、ゼリックは最高にかっこいいし、当然の結果だ。
「ありがとう」
けれど、当の本人にはまったく効いていない――というか、ものすごく爽やかに女生徒たちの賛辞をかわしている。彼女たちが心のなかでキャーと黄色い悲鳴を上げたのをわたしは感じ取った。
(それにしても、本当にゼリックは講師なんだなぁ)
こうして教壇に立っているのを見ると、現実を突きつけられた感じがする。
入学式のときもゼリックは講師陣の中にいたけど、子の晴れ舞台を見守る親みたいな感じだったのであまり実感はわかなかった。
(だけど)
とそのとき、ゼリックがこちらをチラリと見る。それから蕩けんばかりの甘い笑みを浮かべた。
(うっ)
わたしのお兄様、心臓にとても悪い! おまけに、わたし以外の生徒(男子を含む)まで流れ弾に被弾して、頬が真っ赤に染まっているではないか。危険すぎる――と窓の外に視線を移す。すると、ちょうど校外学習に出ようとしているアインハードを見つけた。
(気づけ! 気づけ!)
わたしはそう念じながらアインハードをひたすら見つめる。が、彼はクラスメイトらしい男性たちと談笑をしているので、こちらに一向に気づかなかった。
(くそっ)
せっかくのアピールタイムだというのに! わたしはガックリと机に突っ伏す。
学園に入学して今日で三日目。敷地が広大だからアインハードと遭遇する機会は案外少ないことにわたしは気付いた。
昨日もオリエンテーションの最中や放課後にアインハードを探して回ったのに、結局会えずじまいだった。
そのかわりにゼリックに見つかり、クラスの雰囲気や寮のことを根掘り葉掘り聞かれる羽目になったんだけど。
(まったく! ゼリックは本当に過保護なんだから)
割り当てられた部屋の日当たりや家具が足りているかどうか、寮母のことなど、ゼリックはありとあらゆる質問をしてきた。わたしが『大丈夫』だって何回言っても『リビーには最適な環境で過ごしてほしい』って言って聞かないんだもの。愛が重すぎるのも考えものだ。
(いけない、今はアインハードのことを考えないと)
わたしは気を取り直してアインハードをじっと見つめる。と、前の席でわたしとまったく同じ姿勢、同じことをしている女性が目に入った。
『こっちを見て! アインハード殿下!』
声には出ていないものの、彼女の口がハクハクとそう動いている。瞳のなかにハートが描かれているように見えるし、どう見ても恋する乙女のそれだ。
彼女の名前はシャルロッテ・ヴェーティ。入学式の日にわたしとアインハードの間に割り込んできた女性だ。
彼女の情報については入学式の後に整理をした。
家格はわたしと同じ伯爵家の令嬢なんだけど、文官肌の我が家とは違い商業的に成功をしているタイプの家だ。国の南側に領地があって、果物の栽培や観光業に力を入れているらしい。王都から少し離れているので、これまで夜会やお茶会にはあまり参加していなかったみたいだけど。
(シャルロッテもわたしと同じ、アインハードの婚約者候補なのよね)
件のお茶会に参加したメンバーは全部で五人いたらしい。全員がこれまでアインハードと面識のなかった女性だったらしく、顔見知りのわたしは意図的に除外されていただけだと知って少しだけ安心した。
(だけど、ライバルはきっと、もっとたくさんいるんだよね)
そう思ったら居ても立っても居られない。少しでも強くアインハードの意識に残りたい。ここで気を引いておかなきゃだ。
(なにかいい方法は……そうだ)
わたしはアインハードの少し上辺りに、魔法でやわらかな光を出現させた。
(こっちを向いて!)
狙い通りアインハードは光へ――そしてわたしのほうを向くと、ふわりと目元を和らげる。それからわたしに向かって小さく手を振ってくれた。
(よっしゃあ!)
作戦成功! アインハードに気づいてもらえたことが嬉しくて、わたしはさり気なくガッツポーズを浮かべる。
まあ、わたしの前の席に座っているシャルロッテにまで気づかれてしまったけど。仕方がないよね。シャルロッテもこんだけ熱視線を送っているし、すぐ近くにいるんだから。
「感謝してよね」
おこぼれでアインハードに手を振ってもらっているシャルロッテにそう言ったら、彼女は少しだけ唇を尖らせつつ「わかってるわよ」とつぶやく。
「ありがとね、リビーさん」
(なによ)
頬なんて染めちゃって――案外素直だし、可愛いところもあるんじゃない。これは手強い。ものすごく前向きに捉えれば、いいライバルができたのではないだろうか?
「負けないわよ」
「――わたくしだって」
そう宣言しあったところで、始業を告げるベルが鳴る。なぜだろう? ほんの少しだけ口の端が緩んでしまうのだった。




