21.宣戦布告
(思っていたよりあっさりしていたな)
王立学園に向かう馬車に揺られながら、わたしはそんなことを思う。
ゼリックとは屋敷の前でバイバイをした。もっと涙、涙の別れになると思っていたのに、ゼリックは「気をつけてね」って言うぐらい。まるで街に買い物に出かけるような気軽さで送り出されてしまった。幼少期はゼリックが一緒か、騎士をつけるようにって口を酸っぱくして言われたのに、すごい変わりようだ。
(案外妹離れが進んでいるのかな)
なぜだかズキンと胸が疼く。ついさっき、ゼリックにシスコンを卒業しろと言ったばかりなのに、とても自分勝手だ。
でもでも、『週末は帰ってくるように』とか『手紙をたくさん書いてほしい』ぐらいのことは言われると思ってたんだもん。わたしがいなくなったら絶対ゼリックは寂しがると思っていたのに、案外そうじゃなかったんだなってわかるとなんだか悲しい。
「お嬢様、そろそろ到着します」
と、運転席から声がかけられた。
いよいよだ。
いよいよ、ここからわたしの復讐がはじまるんだ。……今度こそ本当に! わたしはゴクリとつばを飲んで前を向いた。
「ごきげんよう」
校門に入ると同級生らしき人々が挨拶を交わしていた。貴族や名家の子息が集まっているだけあり、上品で優雅な雰囲気だ。既に何人かは顔見知りがいるので、なんとなくホッとしてしまう。
(前世では小学校までしか経験してないからなぁ)
全員が同じ制服を着ているっていう状況も新鮮だし、学校へ行くというのもすごく久しぶりに感じる。友達ちゃんとできるかな。いい成績取らないと――なんて、考えのレベルが中学生のままじゃいけないんだけど! ほんの少しワクワクしてしまうことぐらいは許してほしい。
「リビー」
と、後ろから声がかけられた。低くよく響く声。振り返るとそこにはアインハードがいた。
「アインハード殿下、ご無沙汰しております」
満面の笑みを浮かべて、わたしはアインハードに頭を下げる。
十八歳になったアインハードは子供の頃とは打って変わり、カッコいい大人の男性へと変貌を遂げていた。元々顔面国宝級の美しい顔立ちをしていたけど、内面から滲み出る自信的なものが感じられるようになったし、王族らしい気品が漂っている。ゼリックを『静』だとするならば、アインハードは『動』というか――つまり二人は違うタイプのイケメンで、眼福だなぁなんてことを思う。
「ああ。リビーも元気そうでなによりだ」
アインハードはそう言って、わたしの手の甲にキスをする。これまでなかったやり取りに、少しだけドキッとしてしまった。もしかして、知り合いみんなに同じことをしているのだろうか? それとも、今まではゼリックが横についていたから、そういうのがなかっただけ?
動揺を悟られないよう気をつけつつ、わたしはニコリと微笑んだ。
「これからは同じ王立学園生だな」
「はい! これからは毎日殿下に会えるので、とても嬉しいです」
わたしがそう言うと、アインハードは満足げに目を細める。
(よしよし! 出だしは好調ね)
アインハードのわたしに対する好感度は決して低くはなさそうだ。このままアピールを続けていれば、イケるのでは?
「今年はリビーが新入生代表の挨拶をするんだろう?」
「ええ、そうなんです。おかげですごく緊張していて……まあ、どう頑張っても殿下やお兄様のようにはできないので、あまり気負わないように、とは思っているのですが」
努力の甲斐あってわたしの学力はそれなりに向上した。王太子妃を目指すからには頭脳明晰でないといけない。ということで、これまであまり語ってはこなかったものの、かなりガリガリ勉強していたのだ。人生二回目というアドバンテージもようやく効果を発揮したらしく、入学試験では一番の成績を取ることができ(かなりギリギリだったけど)、新入生代表の座を勝ち取ることができた。
ちなみに、ゼリックとアインハードもわたしと同じで首席入学生だ。
ただ、ゼリックは当然のように満点を取っていたし、アインハードもそれに近しい成績だったと聞いている。
加えて、二人とも全く卒なく代表スピーチをこなし、内容もまた『後輩たちは絶対に参考にすべし』と語り継がれるほどで。彼らを基準にするとわたしは激しく苦しむハメになるので、潔く諦めることにしたのだった。
「リビーなら大丈夫だろう。楽しみにしてるよ」
アインハードがポンとわたしの頭を撫でる。思わずドキッとしてしまった。
(しっかりしなきゃ)
この男は大事な復讐の糸口。いずれ毒牙にかけなければならないのだから、絆されちゃダメだ。
「アインハード殿下!」
とそのとき、誰かがわたしとアインハードの間に割って入り、キャピキャピした高い声を上げた。
「君は……」
「シャルロッテですわ。先日お城でお会いしたでしょう?」
薄金色をしたふわふわのボブが目の前で揺れる。わたしはムッと唇を尖らせた。
(割り込み反対! 反対!)
わたし、アインハードと話してたんですけど! というか、この人『先日お会いした』って言及したときにわざわざわたしのほうをちら見したの! もしかして牽制されてる? つまり、わたしのライバルってこと?
「ああ……あのお茶会の」
「そうです。殿下の婚約者候補を選ぶためのお茶会でご一緒させていただきましたシャルロッテですわ!」
(なに!?)
そんなの、わたしは聞いていない! というか誘われていないんですけど!
(ひどいよ)
五年前に聞いたときはわたしだってアインハードの婚約者候補の一人って話だったのに、そんな大事な行事に呼ばれもしていないなんて。結構仲良くできていると思ったのに。これまでの努力は全部無駄だったってこと?
このままじゃわたしの復讐が遂行できない。――両親の悪夢から逃れられなくなってしまう。
さっきまでのルンルン気分が一転、わたしはかなり落ち込んでしまった。だけど、そんな気持ちを絶対に目の前の女性――シャルロッテに気づかれたくない。だって、悔しすぎるもの。だから、表情を変えず、姿勢を崩さず、まったく動じていないふりをした。
「――シャルロッテ嬢、俺は今リビーと話をしていたんだ。それに、入学式の時間が迫ってきている」
「まあ、失礼いたしました! 殿下にお会いできたのが嬉しすぎて、声をかけずにはいられなかったのです。もっと時間のあるときにぜひ、ゆっくりとお話をさせてください」
「ああ」
シャルロッテはそこでようやくこちらを向くと、わたしに向かってニコリと微笑む。
青色のツリ目と、ぽってりした唇がどこか色っぽくて特徴的だ。――あと、とても気の強そうな顔立ちをしていた。声とか言葉からなんとなく想像していたけど。
(宣戦布告をされてしまった)
シャルロッテの笑みは大変好戦的で『負けないわよ』とはっきり顔に書いてあった。あそこまで敵意を剥き出しにされると、かえって毒気を抜かれてしまう。王太子妃には絶対なりたい――というかならなきゃいけないけど、わたしはああはならないぞ、って自分を客観視したくなるから。
「リビー、ちょっと」
と、アインハードがわたしを呼び寄せ耳元に顔を寄せる。
「なんでしょう?」
「さっきのことだけど――おまえは既に婚約者候補に入っているから、改めてお茶会に呼ばれなかっただけだよ」
「――え?」
ゆっくりと顔を上げたら、アインハードは恥ずかしそうにほんのりと頬を染めていた。そんな反応をされたら、こっちまでドキドキしてしまう。
「それじゃあ、また後でな」
そう言って、アインハードはわたしに背を向けるのだった。




