12.アインハードの指摘
「ダメだよ、一人でこんなところに来たら」
「お、お、お兄様!?」
なんで? どうしてゼリックがこんなところにいるの? というか、学園は? どうやってわたしの動向を把握したの? 聞きたいことが多すぎて、わたしは口をハクハクさせながらゼリックを見つめる。
「僕は学生だけど、アインハード殿下の側近候補だからね。殿下の情報は逐一耳に入るようになっているんだよ」
「そうなんですか?」
そんなバカな!って思うけど、ゼリックが言うならそうなんだろう。だけど、まさか学園を抜け出してお城まで来るなんて思わないし……。
「リビーが来たんじゃなかったのか?」
扉の前でやり取りを続けていたら、部屋からアインハードが出てきた。アインハードはゼリックを見て「なんでおまえが?」と目を白黒させている。
「大切な人の状況を把握するのは当然のことです」
ゼリックはそう言ってニコリと笑った。そして、当然の顔をしてわたしと一緒に部屋に入っていく。
(ああ、どうしてこんなことに)
ようやくアインハードと二人きりで話ができると思ったのに、結局ゼリックの邪魔が入ってしまった。……いや、まあ城に来れただけでも十歩くらい前進しているけど、こちらとしてはもっとガッツリ本題に切り込んでいきたかったわけで。
「お久しぶりです、アインハード殿下」
まあ、凹んでいても仕方がない。わたしはアインハードに微笑みかけた。
「ああ。元気そうだな、リビー」
アインハードは返事をしながら、そっと目を細めた。
十三歳になったアインハードは、ものすごい美少年へと成長を遂げていた。
サラサラした金の髪に青い瞳の美しい顔立ちはそのままに、はじめて会ったときよりも男性らしい骨格になっている。今は声変わりの最中らしく高めのハスキーボイスがよく似合っていた。身長は165センチメートルぐらいだろうか? 同年代の男性よりも少しだけ発育が早いといった印象だ。
なにより、アインハードは精神的に相当成長したようだった。
七歳の時のように雰囲気が尖っていないし、物腰が柔らかくなっている。多少偉そうな感じはするけれど、王太子という身分を考えれば妥当なラインだろう。まあ、まだ一言しか言葉をかわしていないし、実際のところはどうかわからないけど。
「アインハード殿下もお元気そうでなによりです。すごく大人っぽくなられたので、驚いてしまいました」
「そうか?」
と、アインハードが口の端に笑みを浮かべる。
……うん。単純なところは変わってなくてよかった。好感度が稼ぎやすくてとても助かる。
「ねえリビー、僕も大人っぽくなったよね?」
とかなんとか思っていたら、ゼリックがそう言ってズイと身を乗り出してきた。
(ゼリックのバカ! アインハードと張り合わないで! っていうか、距離が近いよ!)
動揺を顔に出さないように気をつけつつ、わたしは静かに息をのむ。
十六歳のゼリックは大人っぽい……というより、神がかった男性へと変貌を遂げていた。
ツヤッツヤの銀色ストレートヘアに、お星さまを散りばめたみたいにキラキラした紫色の瞳、真っ白な肌に理知的な顔立ちをしていて、年々美貌に磨きがかかっている。身長は180センチメートルを超えていて、スラリとしたモデル体型だ。
存在自体が浮き世離れしているというか、聖人君子ってこういう人をいうんだろうなぁというイメージそのままである。
「リビー、僕は?」
「……っ! お兄様も大人っぽくなりました!」
義理とはいえ兄を相手に照れたりしたくないんだけど、こうも美しい顔を近づけられたら平常心ではいられない。
実のところ、ゼリックが学園に入ってよかったと思うのはこれで復讐計画が進められるというのも大きいけれど、無駄にドキドキさせられる回数が減るというのが一番だった。
ゼリックってわたしのこと、超がつくほど溺愛しているし。この美しい顔で「大好き」とか「可愛い」とか連呼されるんだもの。心臓がいくつあっても足りないのだ。
「なんというか……おまえは妹の前では相変わらずなんだな」
アインハードが呆れたようにそう言う。
「アインハード殿下、わたしがいないときのお兄様はどんな様子でしたか?」
話を変えたいのと単純な好奇心で尋ねると、アインハードはどこか遠い目をした。
「隙がなさすぎて面白みがないというか……一緒にいると背筋が伸びる。自分の足りない部分を嫌でも自覚させられるよ」
「まあ……!」
なるほど、アインハードを変えたのはゼリックらしい。道理で生意気な感じが薄れてグンと大人っぽくなったはずだ。わたしは思わず感心してしまった。
「だからこそ、リビーがいるときのゼリックを見ると違和感を強く感じるんだ。こいつも人間だったんだな、と」
「ふふっ……アインハード殿下ったら」
(ちょっと、いい雰囲気なんじゃない?)
ゼリックという共通の話題があることで、久しぶりだというのにスムーズに会話がはじめられた気がする。
「それで? 今回のお茶会はどちらが提案したんですか?」
と、ゼリックが尋ねてくる。わたしは勢いよく手を上げた。
「わたしです。殿下から見たお兄様のお話をお聞きしてみたくて、お願いしてしまいました」
こう言っておけばゼリックの心象は悪くならないだろう。……というか、そうであってほしい! 願いを込めて見つめたら、ゼリックは「そうだったのか」と嬉しそうに笑った。
「だけど、もうここに来てはいけないよ」
「どうして?」
「二人でお茶をしていると知られたら、リビーが王太子妃候補だと誤認されてしまうからね」
(それが目的なんですぅうう……!)
心のなかで叫びつつ、わたしはゼリックをジロリと見る。アインハードは苦笑いを一つ、静かに首を傾げた。
「誤認もなにも、リビーは王太子妃候補だろう?」
「えっ? そうなんですか?」
わたしは思わず身を乗り出してしまう。
(なによ、わたしの復讐計画も少しは前進しているんじゃない!)
ちっとも知らなかったけど、ちゃんと前に進めていたんだ! 努力は無駄じゃなかったんだ! そう思うと目頭が熱くなってくる。
だけど、ゼリックは眉間にシワを寄せ、アインハードを睨みつけた。
「違います。僕が認めていませんから」
「……本当におまえは過保護だな」
アインハードはそう言うと、わたしへと向き直った。
「ゼリックがこんな調子なんだ。リビーは将来結婚できないんじゃないか?」
「そんな!」
冗談でもそんなこと言わないでほしい。というか、わたしはアインハードと結婚して、ジルヴィロスキー王国に復讐をするつもりなんだから!
「リビーには僕がいるだろう?」
ゼリックがわたしを撫でてきた。……わたしもう十一歳なんだけど。赤ん坊の頃と扱いがちっとも変わっていない。
「というか、おまえのほうはどうなんだ? そろそろ婚約者を見繕うべき時期だろう?」
アインハードが指摘する。
(これだわ!)
その瞬間、わたしは雷に打たれたような気持ちに駆られた。




