11.復讐計画本格始動――のはずが
真っ白なドレスに身を包み、わたしは鏡に写る十一歳の自分と向き合っていた。
身長は145センチメートル、黄緑色の髪の毛は腰ぐらいまで伸び、目鼻立ちはさらにくっきりとした。百年に一人の美少女も真っ青になるほど自他共に認める整った顔立ちだし、雰囲気が柔らかく天使のようだともっぱらの評判だ。
(完璧だわ)
これで落ちない男はいない。いや、今日こそアインハードを落としてみせる!
気合十分、わたしは馬車へと飛び乗った。
アインハードと顔見知りになってから六年、わたしの復讐計画は一進一退の状況が続いている。
まずはじめに、ゼリックはアインハードと手合わせをしたあと、王太子側近候補の座を辞退しようとした。
『このまま殿下のお側にいるわけにはいきません。まぐれとは言え、殿下に勝ってしまいましたから。僕は側近にふさわしくないと思うのです』
ゼリックの主張はこうだ。
だけど、わたしと周りの大人が全力で引き止めた。
『なにをおっしゃいますやら! ゼリック様にはぜひ、このまま殿下のお側にいていただきたいです!』
『ゼリック様、どうか我々に御慈悲を! 見捨てないでください!』
『そうですわ、お兄様! 絶対絶対、辞めちゃ駄目です!』
もしもあそこでゼリックがアインハードの側近候補を辞退していたら、わたしの復讐計画は今よりもさらに遠く険しい道のりになっていただろう。わたしたちの必死の説得により、ゼリックはなんとかアインハードの側近候補を続けてくれることになった。
けれど、あの日以降、ゼリックはわたしを城に連れて行こうとはしなかった。
『リビーはお留守番だよ』
『……わたしも一緒に行きたいのに』
『絶対ダメ』
ゼリックは存外頑固だ。一度決めたことは絶対に覆さない。そういうわけで、わたしはアインハードとの接点を容易に持てずにいた。
(でも、諦めないんだから)
ゼリックを通じて交流ができないなら、わたしなりのルートを作るしかない。
わたしはすぐに、アインハードに手紙を書いた。会えて嬉しかったこと、ゼリックとの手合わせがすごくカッコよかったこと、また会いたいと思っていること――。
かくして、手紙は無事にアインハードに届けられた。
けれど、そのあとが問題だった。
『リビー、殿下に手紙を書いたんだって?』
手紙を送ってすぐの登城日、ゼリックはひどく不機嫌な様子で自宅に帰ってきた。表面上はニコニコ笑っているけれど『傷ついています』としっかり顔に書いてある。なにも悪いことをしていないのに――罪悪感を大いに煽られながら、わたしはコクリと頷いた。
『僕にもまだ手紙を書いてくれたことがないのに……』
『うっ』
まさかそんなことでゼリックに落ち込まれるとは思っていなかった。というか、同じ家に住む人間同士で手紙なんて送らないし――と思うけど、こんなふうに悲しそうな顔をされちゃ、そんなことを言えやしない。
『ごめんなさい、お兄様。わたし、どうしてもアインハード殿下にお礼が言いたくて』
というか、アインハード(とお目付け役たち)の印象に残らなきゃいけないんだもの! 妃候補に選ばれるためには、ただ平穏にちびっこライフを謳歌しているだけじゃダメなのだ。
『そうだよね。……本当はね、リビーが正しいってわかっているんだ。だけど僕は、どうしてもリビーからの手紙が欲しくて……アインハード殿下が羨ましくて』
『うっ』
ゼリックがあまりにも純粋で辛い。こんなふうに言われちゃ、ものすごく悪いことをしている気持ちになってしまう。
『それじゃあ、お兄様にもお手紙を書きます!』
『本当?』
わたしが言うと、ゼリックは瞳をキラキラと輝かせて喜んだ。……本当に、天使そのものの愛らしさである。
そういうわけで、わたしはゼリックに手紙を書くことになった。毎日顔を合わせているのに、ほとんど毎日。そして、ゼリックはわたしが書いた数倍の分量の返事をくれるようになった。
【大好きなリビーへ】
【僕はリビーが大好きだよ】
【僕がリビーを幸せにしてあげるからね】
……本当に、愛が重い義理の兄だ。
そんな状況なので、アインハードに手紙を送るのも慎重にならざるを得ない。
それでも、存在を忘れられないよう、わたしは数ヶ月おきにアインハードへ手紙を送った。そして、アインハードに手紙を送るタイミングにはゼリックに対して普段よりも数倍の分量の手紙を書き、贈り物をし、事前に機嫌を取ることにしている。そうすると、びっくりするぐらい喜んでくれるので、なけなしの良心がチクチクと痛んだ。
手紙のやり取りをするだけでこんな状況だから、アインハードと直接交流することはさらに難しかった。
わたしがこの六年の間にアインハードと顔を合わせたのは、アインハードの十歳の誕生日会のときぐらいだ。
なにせゼリックのガードが固いので、わたしが手紙に『近々会いたいですね』と書いても実現しない。というか、アインハードからは『ゼリックについて城に来ればいい』と返事が来るものの、ゼリックが断固拒否をするので、手も足も出ないのだ。
(だけど、それも今日で終わり)
なんでかというと、ゼリックが晴れて王立学園に入学したからだ。
ここジルヴィロスキー王国では貴族の子女は十六歳になると、王立学園で三年間教育を受けることになっている。前世でいう義務教育みたいなものだ。しかも、学園は全寮制なので、ゼリックは今屋敷にいない。
つまり、アインハードに近づく絶好のチャンスが到来したということだ。
(ああ、長かった……! ただお茶をするだけなのに六年もかかるなんて思わなかったわ)
ゼリックの入学を見計らって、わたしはアインハードをお茶に誘った。案の定、話は信じられないぐらいスムーズに進み、馬車で城に向かっているという次第だ。
(さて、アインハードとどんな話をしよう)
二人きりで話すのはこれがはじめてだし、手紙でも(ゼリックが見張っているので)大したやりとりはできていない。
幸いなことに、現時点でアインハードの婚約者は決まっていないし、選定が進んでいるという話も聞いていない。もちろん、公にされていないだけで内々で検討をしているんだろうけど、わたしにもまだチャンスはあると思いたかった。
(よし)
いよいよだ。いよいよわたしの復讐が本格的に始動する。
城についたわたしは、ペチペチと頬を叩いてからアインハードの待つ部屋へと向かった。緊張と興奮から心臓がドキドキと高鳴っている。清らかで美しい白いドレスが、重厚な甲冑のように感じられた。
案内を受けて部屋に到着したわたしは深呼吸を一つ、ドアをノックしようとする。
とそのとき、背後から「リビー」と声をかけられ、大きく飛び上がってしまった。
「なに? なんなの?」
驚きながら振り返ると、そこにはわたしの予想外の人物が立っているではないか。
「ダメだよ、一人でこんなところに来たら」
「お、お、お兄様!?」




