10.手合わせ
「手合わせ? おまえと俺が?」
アインハードが眉間に小さくシワを寄せる。唐突にそんな提案をされのだから驚くのは当然だ。わたしもゼリックの意図が掴めないため、小さく首を横に傾げた。
「ええ。先日、魔法の訓練に励んでいるとおっしゃっていたでしょう? 殿下のお話をお聞きして、僕も負けていられないと思い、父に訓練をつけてもらったのです。なので、ぜひ手合わせをしていただきたいと思いまして……」
「なるほど……僕がきっかけで、ね。偉いじゃないか」
と、アインハードが少し嬉しそうな表情を浮かべる。だけどわたしはとんでもない不安に駆られていた。
(待って。アインハード殿下の魔法の腕前がどれぐらいか知らないけど、手合わせなんてして大丈夫なの?)
だって、相手はあのゼリックよ。神童現る!と国中の話題をかっさらったというのに、年下のアインハードに敵うはずがないと思うんだけど。
「相手をしてやるのも悪くないな」
(まずいわ)
このままではアインハードが恥をかくに違いない。もちろん、ゼリックだって手加減をしなきゃいけないこととか、最終的にはアインハードに花を持たせなきゃいけないことは理解していると思うんだけど、心配でたまらないのだ。
(だって、下手すりゃわたしの復讐計画に支障が出る)
アインハードの機嫌を損ねたらグレゾール伯爵家の心象が悪くなり、わたしの妃への道が遠ざかってしまう。だけど、ここで手合わせを止めるのも、実力を疑っていると思われて(というか実際そうなんだけど!)嫌われる可能性もゼロじゃない。完全に八方塞がりだ。かくなる上は――。
「わあ、すごい! 手合わせを見るなんて、はじめてです! 楽しみ〜〜!」
悩んだ挙げ句、わたしはなにもわからない五歳児のふりをすることにした。
(だって仕方がないじゃない! 当事者の二人が乗り気な以上、変に介入しないほうが安全だもの)
止めるのはわたしじゃなく、お目付け役の大人の仕事だ。……見たところ、彼らもわたしと同じレベルで苦悩しているみたいだけど! 本来ならわたしが気を揉むのはおかしいもん。笑顔の裏で、わたしは考えることを放棄した。
***
ということで、わたしたちは外の訓練場に移動をする。
アインハードはなぜかご機嫌で、移動中はおしゃべりが止まらなかった。
「これまで同年代の人間と手合わせをできる機会はなかったから新鮮だな。毎日あれだけ訓練を重ねているし。……まあ、妹の前で恥をかかせてしまったら気の毒だが」
どうやらアインハードはわたし(とお目付け役)と真逆の心配をしているらしい。
(こいつ、ゼリックの評判を知らないわけ?)
実力も人柄もまさに神童と大評判だっていうのに。
――いや。アインハードの俺様気質を考えると、知っていてあえて『自分のほうが上』だと考えている可能性も大いにある。幼いって恐ろしい。まあ、このぐらい根拠のない自信を持っていたほうが、生きやすいし幸せな気はするけど。
「よし、やるか」
訓練場に到着すると、さっそくアインハードがそう言った。なお、殿下はわざわざローブに着替え、気合満々という風貌である。
「言っておくが、手加減はするなよ?」
「もちろんです。妹に無様な姿は見せられませんから」
ニコリと微笑み、ゼリックがわたしを見る。
……いや、そこはわたしのことは置いておいて、空気を読んだほうがいいのでは?なんてことを思った。もちろん、アインハード相手に本当のことを言えないから、あんな返答になっただけだと信じているけど。
訓練場にはわたしたち数人しかいない――ように見える。実際は姿を消した魔術師が十数人、近くで控えているようだ。教えてもらったわけじゃないけど、なんとなく気配でそうとわかる。おそらくは、なにかあったときに瞬時に対応できるよう待機してくれているんだろう。アインハードは王太子だし、なにかあったら問題だもんね。――まあ、わたしがいずれその『なにか』を起こすんだけど。
「はじめ!」
合図と同時にアインハードが手のひらから炎を出し、ゼリックへと飛ばした。
「わっ」
ゼリックが焦った様子でそれをかわす。アインハードはニヤリと笑い、同じ攻撃を連射しはじめた。
(こいつ、ずるい)
あれでは、ゼリックは体勢を整える暇すらない。しかも、最初はある程度魔力をためて攻撃をしていたくせに、数を重視する戦法に切り変えたらしく、とにかく魔法が途切れないのだ。
「お兄様……!」
まさかゼリックが苦戦するとは思わなかった。ゼリックは天才で完璧で、誰にも負けるはずがないって思っていたから。
「お兄様、頑張って……!」
思わずそうつぶやいたら、ゼリックの口の端が少しだけ上がったのが目に留まる。
(って……あれ?)
もしかして、めちゃくちゃ余裕がある? だとしたら、演技がうますぎではなかろうか?
だけど、よくよく見ると、ゼリックは魔法を繰り出そうとすらしていないし、攻撃をかわすのも風魔法を駆使しているから体力が全く衰えていないようだ。
一方のアインハードはというと、小さな魔法をこれでもかというほど出したせいで、体力と魔力の消耗が激しく、見るからに疲れていた。ただ、お兄様に余裕があると気づいていないらしく、勝ち気な表情を崩していないし風格だけは立派である。
(っていうか、わたしのバカ! ゼリックを応援したらダメじゃない!)
アインハードに気に入られなきゃいけないのに、ついついゼリックに肩入れしたくなってしまった。本心はさておき、表向きはアインハードを応援しているように見せなければ! これは大事な復讐のため! わたしもゼリックみたいにしっかり演技をしないと。
「アインハード殿下も、すっごく素敵です! 頑張って!」
わたしは会場中に聞こえるよう、大きな声を出す。
とそのとき、ゼリックが指先をツイッと動かした。すると、まばゆい光が二筋現れ、アインハードの両肩にまっすぐ当たる。
「うわっ!」
(ええっ!?)
大丈夫なの――?って思ったけど、見たところゼリックの魔法が直撃した痛みはないらしい。だけど、アインハードはまるでなにかに突き動かされるように地面に向かってゆっくり倒れていく。しかも、光のクッションがアインハードが尻餅をつかないようカバーをしてくれるというおまけつきだ。当然それはゼリックが発した魔法で、つまりそれだけの余裕があるということ。力の差は歴然と言わざるを得ない。完全にゼリックの勝ちだった。
「殿下、大丈夫ですか?」
と、ゼリックがアインハードに駆け寄る。世話役たちもハッとした様子でアインハードの元に向かった。
「申し訳ございません。苦し紛れで発した魔法がたまたま殿下に当たってしまったようで……」
(んなバカな)
あんな指先でちょちょいと飛ばした魔法が、苦し紛れなはずはない。ただ、アインハードは「そうだろうな」と返事をしたし、本気でゼリックの言い分を信じているらしい。表情はどこか清々しく『いい勝負だった』という満足感が漂っている。
「アインハード殿下の魔法、本当に素晴らしかったです。僕ももっともっと精進せねばならないと感じました」
「そうだろう? ゼリック、防戦一方じゃダメだぞ。もっと積極的に攻撃をしなければ。今回はまぐれで攻撃が当たったからよかったものを、それでは実戦で通用しないからな」
試合後の感想を交わしている二人を見つつ、わたしは思った。アインハードは結構単純で攻略しやすそうだな、と。
(まあまだ七歳だし、ここからものすごく面倒くさくなる可能性はあるけど)
今のうちに気に入られておけば復讐計画が優位に進められる。それがわかっただけでも大収穫だ。
「リビー!」
と、ゼリックがわたしのところにやってくる。天使のような純粋無垢な表情だ。汗の粒までキラキラと美しく、存在自体がとてもまぶしい。
「お兄様、お疲れ様でした」
満面の笑みのゼリックに抱きしめられながら、わたしはゼリックを抱きしめ返す。
「ちゃんと見てた?」
「はい、見てました! すっごくかっこよかったです!」
アインハードの機嫌を損ねずに勝つなんて芸当、同年代ならゼリックぐらいにしかできないのではなかろうか? どんないいところの子供でも、多少は負けず嫌いだろうし、プライドだって働くだろう。もう少し年齢が上がれば話は違うが、純粋にすごいとわたしは思った。
「リビーのために頑張ったんだよ」
ゼリックはそう言ってわたしを撫でる。わたしは思わず目を細めた。
「ねえ、本当は僕のほうがかっこよかった?」
「え?」
耳元で尋ねられ思わずドキッとしてしまった。わたし、まだ五歳なのに! ゼリックがメロ過ぎるのが悪いんだ。
(どうしようかな)
もしかして、ゼリックがアインハードに勝つことにしたのも、わたしが彼を応援したことが理由だったりするのでは? そう思うと、ゼリックが健気で可愛すぎる。本当のことを教えてあげないと罰が当たるんじゃなかろうか?
「本当はね、お兄様が世界で一番素敵だし、かっこいいと思ってますよ!」
小声でそう伝えると、ゼリックは「よかったぁ」と弾けんばかりの笑みを浮かべる。
ああ、また思い切り毒気を抜かれてしまった。ゼリックが笑ってくれるだけで嬉しいし、このまま温々と日常を送れるだけで幸せじゃないかって思いたくなる。
(だけど、それじゃダメだ)
現世の両親を殺したこの国を許しちゃいけない。
拳を握りつつ、わたしは背後にそびえ立つ城を見つめるのだった。




