西方の大賢者
「予定ではそろそろ滅茶苦茶可愛くて、優しくて、お金持ちで、ついでにエッチなサキュバスがやってくる予定なのだが」
それが西方の大賢者の口癖だった。
御年、92歳。
生きている友人より死んだ友人の方がほとんどになってしまった年齢だが、それでも彼は自分の下に理想の彼女がやって来ることを夢見ているのだ。
「師匠。随分前から私が来ていますよ」
それが西方の大賢者の弟子の口癖だった。
年齢、19歳。
とあるダンジョンを探索中に捨てられているのを哀れに思った大賢者が養子にしたのだ。
誰よりも近くで大賢者の下で学んだ影響か、今では一流の冒険者として名を馳せている。
もっとも、今はまだ大賢者の弟子としての名声の方が強いか。
「私、可愛くて、優しくて、お金持ちで、ついでにエッチなサキュバスですよ」
「孫娘みたいなお前に興奮なんぞせん」
「それは構いませんがね、師匠。このまま行くと彼女いない歴=年齢のまま死んでしまいますよ。おまけに92歳」
「流石にそれは嫌だな」
「そうでしょう?」
「かといってお前では興奮出来ない」
「もっとエッチな格好や振る舞いをしましょうか?」
「いや、それはやめてほしい。ぶっちゃけ、身内のそういう姿はあんまし見たくない」
「我が儘な人ですね……」
初恋の人の煮え切らない態度に大賢者の弟子はため息をつく。
そんな弟子の頭を軽く小突いて大賢者は言った。
「こちらの立場になって考えても見ろ。仮に恋人となったお前と町を歩いても老人と孫の微笑ましい散歩にしかならんだろう」
「言わせておけばいいじゃないですか、別に」
「お前が惨めだろう?」
「いや、別に。ぶっちゃけ、今とあんまり変わらないですし」
「あと数年で死ぬんだぞ?」
「あー……」
大賢者の弟子は苦笑いをした。
あまり考えないようにしているが確かにそれは悲しいし辛い。
師匠に死なれるのは辛いが、恋人になった師匠に死なれるのはもっと辛い。
なんなら伴侶となった師匠に先立たれるなんて――。
「恋人になるつもりはないし、ましてお前と結婚するつもりもないぞ」
「心を読まないでくださいよ」
大賢者の弟子はくすくすと笑う。
まったく。
この人は本当に全てお見通しだ。
伴侶を失った自分が生きる気力を無くすということも含め、全て――。
「あぁ。早いところ滅茶苦茶可愛くて、優しくて、お金持ちで、ついでにエッチなサキュバスが嫁にしてくれと言いに来ないものか」
「唐突にやってきてそんな事を言うサキュバスなんて……いえ、人間の女だって遺産や名声目当てですよ」
「だからいいんじゃないか。後腐れなくて」
西方の大賢者はそう言うと大きくため息をついた。
大賢者の弟子は察して背を向ける。
「コーヒーでも入れましょうか」
「あぁ、頼む」
お湯を沸かす弟子の背に大賢者は言った。
「……すまない」
自分の背を見ているであろうことを弟子は察しながら首を振る。
「いいえ。私こそごめんなさい。もっと早く生まれなくて」
コーヒーの香りが部屋を包む。
温かな湯気が仄かに揺れた。
「師匠」
「なんだい?」
「私。あなたのことを愛しています」
「私もだ」
「ありがとうございます」
大賢者の弟子は踵を返し、二人分のコーヒーをテーブルに置いた。
「温かいな」
「少し苦いですけれどね」
西方の大賢者の言葉に弟子は笑って返した。
いつものように。
そして、いつまでも。




