第33話:御堂さんと店長
貧血で倒れた御堂さんは、しばらく休憩室で休んだら眩暈は少し治まったらしい。
今日は早退することになり、店長が社用車で自宅まで送ってくれることになった。
「来栖くんもついてきて」
「はい」
店長に頼まれて、俺も同行することに。
御堂さんはまだ顔色が悪いから、また倒れそうになったときのお助け要員かな?
「じゃあ私は鞄を持つから、来栖くんは沙也を運んで」
「え、絵里香っ、私、自分で歩けるよ?」
どうやら俺は御堂さんを運ぶ係らしい。
じゃあ運ぶか~と抱き上げようとしたら、御堂さんが青白かった顔を赤らめて慌てている。
店長の増田絵里香さんは、御堂さんを下の名前で呼ぶ。
御堂さんも店長を下の名前で呼び、敬語は使わない。
2人は高校時代の同級生で、友達でもあった。
「なに言ってるの、まだフラフラのくせに。来栖くん、運んじゃって」
「は、はい」
「ま、まって……」
「待たなくていいわ」
「はい。すいません御堂さん、店長命令です」
冷静な店長と狼狽する御堂さんが対照的だ。
御堂さん普段は落ち着いた雰囲気の大人という感じの女性だけど、今は恥じらう様子が乙女っぽくて可愛く見える。
店長命令を理由に、俺は御堂さんをヒョイッと横抱きにした。
「じゃ、行くわよ」
「はい」
「……」
店長は口角を少し上げて微笑むと、社用車がある裏口へと歩き出す。
俺は御堂さんを抱えて、その後に続く。
御堂さんは抱き上げた後は無抵抗で、首の後ろをつままれた仔猫みたいに大人しくなってしまった。
◇◆◇◆◇
「沙也、あんた薬剤師なのに貧血サプリメント飲まないの?」
「匂いと味がちょっと苦手で、飲んでも吐いちゃうの」
移動中の車内。
店長は運転席に、御堂さんは後部座席で横になって話している。
俺は助手席で、2人の話を聞いていた。
店で売っている貧血サプリは、鉄分特有の味や匂いがあるらしい。
貧血に効く栄養素は、鉄、ビタミンB12、葉酸、ビタミンC、タンパク質。
それをバランスよく摂取することで、貧血の予防や改善に繋げられる。
手っ取り早く摂取できるのが貧血用サプリメントだが、御堂さんはそれが苦手なんだな。
「なら、レバーを食べればいいじゃない」
「レバーもちょっと苦手で……」
店長と御堂さんの会話が、同級生というより母親と娘みたいになっている。
鉄分が多い食品はレバー、赤身の肉、魚、貝類、緑黄色野菜、海藻類。
でもレバーが苦手な人って割といるよね。
御堂さんもその1人らしい。
鉄は赤血球の主要成分で、酸素を全身に運ぶ働きを担う。
鉄欠乏性貧血は、鉄分が不足することで起こるんだ。
鉄分にはヘム鉄と非ヘム鉄がある。
ヘム鉄は動物性食品に多く含まれ、吸収率が高い。レバー、赤身の肉、魚など。
非ヘム鉄は植物性食品に多く含まれ、吸収率が低い。野菜、果物、豆類など。
これを教えてくれたのは店長で、彼女は栄養士の資格をもっていた。
◇◆◇◆◇
「ワンワンワンッ!」
「ムスタ、静かに」
御堂さんが住むマンションの一室。
店長が鍵を開けて入ると、黒くて小さくてフサフサした生き物が走ってくる。
御堂さんに以前画像を見せてもらった愛犬ムスタだ。
ムスタは御堂さんが保護団体から譲渡してもらったMIX犬で、多分チワワの血が入っているだろうとのことだった。
名前の意味はフィンランド語で「黒」を意味するらしい。
「はじめましてムスタ、ちょっと部屋に入らせてもらうよ」
「クゥン」
「あら珍しい、ムスタが初対面の人に尻尾を振ってる」
俺が話しかけたら、ムスタはチョコンとオスワリして、尻尾を左右に振り始める。
人見知りするって聞いていたけれど、今はそんな感じがしない。
ムスタをよく知る店長が不思議がっていた。
「来栖くんこっち、寝室へ運んで」
「はい」
御堂さんの部屋。
店長の指示で駐車場からここまで御堂さんを抱えてきた俺は、シンプルなデザインのベッドに彼女を寝かせた。
女性の部屋に入るのは初めてで、ちょっと緊張したのは内緒だ。
御堂さんの部屋は片付いていて、余計な物は置いていない感じがする。
「御堂さん、倉庫作業は俺に任せて、今はゆっくり休んで下さいね」
「ありがとう来栖くん、頼りにしてるわ」
帰り際に声をかけたら、御堂さんはベッドに身体を横たえつつ微笑んだ。
御堂さんに頼もしく思ってもらえることを嬉しく思いつつ、俺は店長と共に部屋を出た。
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