第90話:緊急依頼
卵採集を終えて、ついでに肉も手に入れた後。
セーヤと共に森の外へ向かって歩いていた俺は、上着の内ポケットに入れている通信用魔導具の振動に気付いた。
「あれ? セベル支部からだ」
「依頼かい?」
ポケットから取り出して文字盤を見ると、セベル支部の頭文字が赤く点滅している。
隣から、セーヤが興味津々で魔導具を眺める。
赤い点滅は、確か緊急依頼だった筈。
何か急ぎで運んでほしいものがあるのかな?
「今日はありがとう。仕事が入ったからここで失礼するよ」
「うん。またね」
俺はセーヤにお礼を言った後、異空間トンネルをセベル支部の受付前に繋げて移動した。
「クルスさん!」
「助けて下さい!」
「えっ?!」
商業ギルド、セベル支部の受付前。
異空間トンネルから出た俺を見て、叫ぶ2人がいた。
1人は、商業ギルドの受付嬢。
渡し屋登録の際に対応してくれた女性だ。
もう1人は、ロティエル様に仕える護衛騎士の中年男性。
腕や顔に獣の爪か牙で切り裂かれたような怪我をしている。
「大丈夫ですか?! これ回復薬代わりにどうぞ!」
「せ、世界樹の実?! わ、私はいいからロティエル様に!」
「まだいっぱいあるから遠慮しないで。ロティエル様も怪我をしてるんですか?!」
異空間倉庫から世界樹の実を取り出して手渡したら、騎士は慌てて返してくる。
俺は彼の言葉から、緊急依頼はロティエル様に関することだと察した。
「ロティエル様は、魔獣との戦闘中に崖から落ちてしまわれたんだ。頼む、渡し屋の力でロティエル様を助け出してくれ!」
「分かりました。とにかくその傷を治して、現場まで案内して下さい」
俺は騎士の口の中に世界樹の実を放り込む。
急いで咀嚼する騎士の裂傷が、瞬時に完治した。
「す、凄い……これならロティエル様も……ついて来てくれ!」
急いで駆け出す騎士に続いて外に出ると、全身に裂傷を負った軍馬がいた。
まさかこれに乗って現場に?
可哀想なので、俺は異空間倉庫から世界樹の実を取り出すと、掌に乗せて馬の口元に差し出す。
「お前もこれ食べて。怪我が治るよ」
すると、馬は俺の言葉を理解したように迷わず実を口にした。
咀嚼している間に傷が塞がり始め、ゴクンと飲み込んだ直後に全身の傷が跡形もなく治癒していった。
「す、すまない、希少な物を……」
「いえ、いっぱいあるから大丈夫ですよ」
恐縮する騎士に補助してもらいつつ、俺は馬の背中に飛び乗る。
元気になった馬は2人乗りをものともせず、力強く駆け出した。
◇◆◇◆◇
セベルの街近郊の山岳地帯。
騎士団と魔獣の大群とが、攻防を繰り返している。
魔獣は狼に似た姿とサイズ。
その牙は、ナイフのように鋭く大きかった。
1頭1頭の戦闘力が高く、何よりも数が多い。
騎士たちは必死で戦っていた。
「クルスさん!」
「ロティエル様を頼む!」
駆け付けた2人乗りの馬に気付いて、魔獣に矢を射掛ける弓兵たちが叫ぶ。
前衛の盾兵たちは話す余裕は無く、魔獣の牙による攻撃を大盾で懸命に防いでいる。
「ロティエル様はどこに?」
「あそこだ」
案内してきた中年騎士が指差すのは、戦場から近い渓谷。
断崖絶壁の途中、横向きに突き出るように生えた1本の木がある。
その木の幹に引っかかり、グッタリしている赤い軍服姿の人が見えた。
ロティエル様は気を失っているのか、ピクリとも動かない。
崖上からは遠すぎて、怪我の状態は分からなかった。
「頼む、空間移動で助けに行ってくれ。意識が戻って身動きでもしたら、落ちてしまわれるかもしれない……」
中年騎士が心配する通り、ロティエル様は微妙なバランスで木に引っかかっている。
お腹の辺りに木の幹が当たっているだけで、上半身も下半身もダランと下がっている状態だ。
ちょっとでも動いたらずり落ちそうな気がする。
「行きます」
俺は異空間トンネルを開き、ロティエル様のすぐ近くに繋げる。
出口から顔を出して様子を見ると、ロティエル様は目を閉じてグッタリしていた。
今は気絶しててくれた方がいい。
ロティエル様の腕を掴んだとき、木の根元からミシッという嫌な音が聞こえた。
バキッ! という音と共に、木の根が岩場から離れて落下する。
支える物が無くなったロティエル様の身体が、空中に投げ出された。
間一髪!
俺はロティエル様の腕を引っ張り、急いで異空間トンネル内に引き込んだ。
岩場から抜けた木が、深い谷底へと落ちていく。
もしも谷底まで落下していたら、ロティエル様の命は無かったかもしれない。
ホッと息を吐いて、俺は異空間トンネル内に横たわらせたロティエル様の容態を調べてみた。
スキル:バイタルチェック
名前 レティシア・ロティエル・ドゥ・セベル
状態 気絶・肋骨複雑骨折・内臓損傷
(わ……重傷だ……)
思ってたより酷い状態に焦る。
世界樹の実なら完璧に治せるけど、気絶してたら食べさせられないな。
今なら誰も見てないし、神力で治療しよう。
神力:月光の癒し
白金色の光が俺の身体から滲み出て、仰向けに横たわったままピクリとも動かない赤い軍服の女性を包む。
砕けた骨が本来あるべき位置へ戻って修復していき、骨が刺さっていた内臓の傷も癒えていく。
世界樹の実と同等またはそれより速いペースで、ロティエル様の容態は完治へと向かった。
(よし、騎士さんたちのところへ戻ろう)
完全に傷が治ったもののまだ意識が無いロティエル様を抱き上げて、俺は異空間トンネルの中を歩いていく。
トンネルから顔を出して外を見ると、騎士たちはまだ戦闘の真っ最中だった。
(苦戦してるな……。コッソリ強化魔法をかけてあげよう)
俺はロティエル様を抱えたまま、騎士たち全員に向けて魔法を放つ。
無属性魔法:攻撃速度上昇、ダメージ強化、防御力上昇、ダメージ返し付与
騎士たちの上から、キラキラと銀色の光の雨が降り注ぐ。
光は騎士たちの身体に吸い込まれて、普段の倍以上の戦闘力をもたらした。
「な、なんだこの光は?」
「急に力が湧いてきたぞ?!」
「誰かが強化魔法をかけてくれたのか?!」
「よし! 一気に片付けろ!」
勢いづいた騎士たちは、魔獣たちを圧倒し始める。
わずか2~3分で、騎士たちは魔獣の群れを全て倒し終えていた。
「勝ったぞ!」
「ロティエル様は?!」
騎士たちは敵の殲滅が終わると、すぐに渓谷の方を振り返る。
戦闘中もきっと気がかりだったに違いない。
「無事です!」
俺はロティエル様を抱えたまま異空間トンネルの外に出た。
騎士たちが一斉に駆け寄ってくる。
「急いで屋敷に帰りましょう。異空間トンネルを開くので、一緒に来て下さい」
「わ、分かった!」
「感謝する!」
俺は異空間トンネルを辺境伯邸の玄関前に繋ぎ、ロティエル様を抱いたまま玄関扉に向かう。
両手が塞がっている俺の代わりに、すぐ後ろをついてきた騎士が扉を開けてくれた。
「ロティエル様……?!」
「医者を呼んでくる!」
中にいた侍女たちが、グッタリしている主人を見て慌てる。
騎士の1人が、異空間トンネルから出てすぐ馬を走らせて街へ向かった。
◇◆◇◆◇
「気絶しておられますが、かすり傷ひとつ負ってはいないようです」
大急ぎで連れて来られた医師は、ロティエル様にバイタルチェックのスキルを使った後に告げた。
使用人たちも騎士たちも、ホッと安堵の溜息をつく。
骨も内臓も俺の神力で完治させたから、今は彼女の身体に異常は無い。
しばらく休めば、すぐ元気になると思う。
「無事で良かったです。じゃあ後はお任せして、俺はギルドに報告に行ってきますね」
「ありがとうクルスさん!」
ベッドの脇に佇んでいた俺は、皆に声をかけた。
依頼を出した中年騎士が、深々と頭を下げる。
他の人々もそれに合わせて頭を下げる中、俺は部屋を出て商業ギルドに向かった。
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