番外編:休憩室での雑談「現代の裏切り者たち」
(収録が終わり、4人は控室として用意された現代的な休憩室に案内される。大型テレビ、ソファ、自動販売機など、彼らにとって見慣れない設備が並んでいる)
呂布:「なんだ、この箱は?」(自動販売機を叩く)「金属の箱に飲み物が入っているのか?」
アーノルド:「ああ、これは自動販売機というものらしい。私の時代から200年以上経っているが、便利になったものだ」
光秀:「この『テレビジョン』というのも不思議ですな。遠くの出来事が、まるで目の前で起きているように見える」
ブルータス:「ローマの劇場より、はるかに精巧だ。これが現代の娯楽か」
(アーノルドがリモコンを操作し、ニュース番組に切り替える)
アナウンサーの声:『続いてのニュースです。大手商社の経理部長が、10年にわたる横領の事実を内部通報により告発されました。告発したのは部下の社員でしたが、社内では「裏切り者」「密告者」と批判する声も上がっています...』
呂布:「はっ!現代にも裏切り者がいるじゃないか!」(大笑い)
光秀:「しかし、これは我々とは少し違うのでは?横領という不正を告発したのでしょう?」
ブルータス:「興味深い。不正を告発する者が『裏切り者』と呼ばれる。これは道理に合わない」
アーノルド:「いや、組織の論理では理解できる。仲間を売った、という見方だろう」
(4人はソファに座り、缶コーヒーを飲みながらニュースの続きを見る)
アナウンサーの声:『告発した社員は匿名を条件に取材に応じ、「会社のためを思って告発した。これ以上、不正を見過ごせなかった」と語っています。一方、同僚からは「なぜ内部で解決しなかったのか」「会社の恥を外に晒した」という批判も...』
光秀:「これは...私の状況に似ているかもしれません」(缶コーヒーを見つめながら)「組織の中で不正を見つけた時、内部で解決すべきか、外部に訴えるべきか」
ブルータス:「しかし、この場合は明らかに横領が悪いのでは?」
呂布:「そんなの関係ない。組織にいる以上、組織のルールに従うべきだ。それが嫌なら出ていけばいい」
アーノルド:「呂布将軍、それはあなたがやったことでしょう」
呂布:「そうだ。俺は気に入らなければ組織を変えた。こいつは組織にしがみつきながら、上司を売った。それは卑怯だ」
光秀:「しかし、簡単に組織を離れられない事情もあるでしょう。家族を養わなければならない、他に仕事がない...」
アナウンサーの声:『経営陣は「遺憾である」とコメントを発表。しかし、内部通報制度自体は「健全な経営に必要」として、告発者の保護を約束しています...』
ブルータス:「告発者の保護...これは重要だ。ローマでも、不正を告発する者は報復を恐れていた」
アーノルド:「建前だろう。実際には、この告発者は出世の道を断たれた。会社には残れても、『裏切り者』のレッテルは消えない」
光秀:「その通りですな。私も、もし本能寺の変が失敗していたら...いや、成功しても結局は」
呂布:「だから言っただろう。中途半端が一番悪い。やるなら徹底的にやれ」
(テレビ画面に、告発された経理部長の過去の功績が映し出される)
アナウンサーの声:『この経理部長は、30年間会社に勤め、業績向上に大きく貢献してきました。同僚は「仕事熱心で、部下思いの上司だった」と...』
光秀:「これも...信長様と同じだ。功績があっても、罪は罪」
ブルータス:「カエサルも同じでした。ガリアを征服し、ローマに富をもたらした。しかし、だからといって独裁が許されるわけではない」
アーノルド:「でも、10年間も誰も気づかなかった、あるいは見て見ぬふりをしていたんだろう?」
呂布:「そりゃそうだ。自分に火の粉が降りかからなければ、誰も動かない」
光秀:「それが問題なのです。皆が見て見ぬふりをする中で、一人が立ち上がった。それを『裏切り』と呼ぶのは...」
ブルータス:「勇気ある行動だと思います」
呂布:「勇気?バカだろう。自分が損するだけだ」
アーノルド:「しかし、呂布将軍、あなたも最終的には『正義』を主張していたではないか」
呂布:「俺は自分のためだ。こいつは会社のためとか言っている。偽善だ」
(コマーシャルに切り替わり、4人は缶コーヒーを飲み直す)
光秀:「現代では『内部通報』という制度があるのですね。私の時代にはなかった」
ブルータス:「制度があっても、使う者が『裏切り者』と呼ばれるなら、意味がない」
アーノルド:「そこが問題だ。システムと人間の感情は別物だから」
呂布:「だいたい、『会社のため』なんて誰が信じる?自分の恨みを晴らしたかっただけだろう」
光秀:「呂布殿、それは偏見では...」
呂布:「偏見?現実だ。人間は自分のためにしか動かない」
ブルータス:「私は同意できません。公共の利益のために行動する人間もいます」
呂布:「はっ!お前がそれを言うか?カエサルを殺して、ローマは良くなったか?」
ブルータス:(沈黙してから)「...結果は思わしくなかった。しかし、動機は純粋だった」
アーノルド:「動機と結果、どちらが重要なんだろうな」
(ニュースが再開される)
アナウンサーの声:『企業倫理の専門家は「内部通報は組織の自浄作用として重要。しかし、日本の企業文化では『和』を乱す者として否定的に見られがち」とコメントしています...』
光秀:「『和』か...確かに日本では重要視されますな」
呂布:「和?それは弱者の言い訳だ。強い者に従っているだけだろう」
光秀:「いや、それは違う。和とは、皆が協力して一つの目的に向かうこと」
アーノルド:「しかし、その『和』が不正を隠蔽する口実にもなる」
ブルータス:「ローマでも似た概念があった。『協調』は美徳だが、不正への沈黙は共犯だ」
(画面に内部通報者の支援団体の代表が登場)
支援団体代表の声:『告発者は英雄です。組織の圧力に負けず、正義を貫いた。私たちは全面的に支援します...』
呂布:「英雄だと?笑わせる。英雄ってのは、正面から戦う者のことだ」
光秀:「しかし、現代では暴力は許されない。法律という武器で戦うしかない」
アーノルド:「それも一つの戦い方だ。私も、もし現代にいたら、法的手段で大陸会議を訴えていたかもしれない」
ブルータス:「法の支配...それこそが文明の証だ」
呂布:「つまらん時代だな。剣で決着をつけられない」
(ニュースは別の内部告発の事例を紹介し始める)
アナウンサーの声:『食品偽装、データ改ざん、パワハラ...近年、内部通報による不正の発覚が相次いでいます。しかし、告発者の多くが退職を余儀なくされ...』
光秀:「退職...現代の『追放』ですな」
アーノルド:「私と同じだ。どちらの陣営からも拒絶される」
ブルータス:「しかし、誰かがやらなければならない」
呂布:「なぜ『誰か』が自分でなければならない?損な役回りだ」
光秀:「それを言ったら、私も本能寺の変を起こす必要はなかった」
呂布:「だから失敗したんだ」
アーノルド:「いや、失敗したから『失敗』なのであって、成功していれば『改革』と呼ばれた」
ブルータス:「歴史の皮肉ですね」
(4人はしばらく黙ってテレビを見る)
光秀:「この内部通報者は、きっと悩んだでしょうね。告発すべきか、黙っているべきか」
ブルータス:「その葛藤、よく分かります」
アーノルド:「でも、この人は家族のことを考えたのだろうか?」
呂布:「考えてないだろう。考えていたら、こんなことはしない」
光秀:「いや、家族のためにこそ、不正を許せなかったのかもしれない。子供に恥じない生き方をしたいと」
アナウンサーの声:『一方、告発された企業の株価は大幅に下落。従業員からは「会社の評判を落とした」と告発者への批判も...』
呂布:「ほら見ろ。結局、皆が迷惑している」
ブルータス:「短期的にはそうかもしれない。しかし、長期的には組織の健全化につながる」
アーノルド:「それを信じられるか?俺たちも『長期的には正しい』と信じて行動した」
光秀:「結果は...」
(4人は顔を見合わせて苦笑する)
呂布:「でも、一つ違うところがある」
アーノルド:「何が?」
呂布:「こいつは生きている。俺たちと違って」
光秀:「確かに...現代では、殺されることはない」
ブルータス:「社会的に殺される、という表現があるらしいですが」
アーノルド:「それも一種の死かもしれない」
(テレビでは、次のニュースに移っている)
光秀:「しかし、考えてみれば、我々も一種の『内部告発者』だったのかもしれません」
ブルータス:「どういう意味です?」
光秀:「権力の不正を、実力で告発した。ただし、方法が...」
呂布:「告発じゃない。俺たちは実行した。こいつらは他人に任せている」
アーノルド:「それは時代の違いだ。現代では個人が権力者を物理的に排除することは許されない」
ブルータス:「民主主義では、選挙という方法がある」
呂布:「選挙?多数決か。弱者の集まりが強者を引きずり下ろす仕組みだな」
光秀:「それを『民主主義』と呼ぶのです」
呂布:「つまらん」
(自動販売機から新しい飲み物を取り出しながら)
アーノルド:「でも、この内部通報者と我々の最大の違いは何だと思う?」
光秀:「何でしょう?」
アーノルド:「こいつは『正義』を主張できる。我々は『裏切り者』としか呼ばれない」
ブルータス:「時代の価値観の違いでしょうか」
光秀:「いや、方法の違いかもしれません。暴力を使ったか、使わなかったか」
呂布:「暴力の何が悪い?時には必要だ」
ブルータス:「しかし、暴力は更なる暴力を生む」
アーノルド:「この内部通報も、ある意味では暴力だ。組織への暴力」
光秀:「言葉の暴力、ということですか」
呂布:「へっ、どっちにしろ、誰かを傷つけることに変わりはない」
(ニュースが終わり、4人は顔を見合わせる)
光秀:「現代も、我々の時代も、本質は変わらないのかもしれませんね」
ブルータス:「正義と忠誠の間で、人は常に揺れ動く」
アーノルド:「そして、どちらを選んでも批判される」
呂布:「だから俺は言っている。自分のために生きればいい」
光秀:「それができれば、苦労はしません」
ブルータス:「人間は社会的動物ですから」
アーノルド:「この内部通報者も、今頃後悔しているかもしれない」
呂布:「後悔しても遅い。やったことは消えない」
光秀:「我々と同じですね」
(4人は静かに缶コーヒーを飲み干す)
ブルータス:「しかし、誰かがやらなければならないことも、確かにある」
アーノルド:「問題は、その『誰か』になる覚悟があるかどうかだ」
呂布:「覚悟なんて大げさだ。運が悪かっただけだ」
光秀:「運...それもあるかもしれません」
ブルータス:「でも、この現代の『裏切り者』は、少なくとも歴史に名を残すことはないでしょう」
アーノルド:「それは幸せなことかもしれない」
呂布:「忘れられるのは、死ぬより辛い」
光秀:「どちらが良いのでしょうね」
(休憩室のドアがノックされる)
スタッフの声:「そろそろお時間です」
光秀:「おっと、そろそろ戻らねば」
ブルータス:「現代の裏切り者について語り合えて、興味深かった」
アーノルド:「時代は変わっても、人間の本質は変わらない」
呂布:「まあ、俺たちよりはマシな立場だ。命は取られない」
光秀:「しかし、生きながらの苦しみもある」
ブルータス:「どちらにせよ、『裏切り』のレッテルは重い」
アーノルド:「この内部通報者に、一つアドバイスがあるとすれば...」
呂布:「何だ?」
アーノルド:「後悔しても、前を向け。過去は変えられないが、未来はまだある」
光秀:「我々にはなかった、未来が」
ブルータス:「そうですね。生きている限り、可能性はある」
呂布:「ちっ、甘いな。まあいい」
(4人は立ち上がり、休憩室を後にする)
光秀:「それにしても、現代は複雑ですな」
ブルータス:「複雑だからこそ、単純な答えがない」
アーノルド:「我々の時代も、十分複雑だったが」
呂布:「俺には単純だった。強いか弱いか、それだけだ」
光秀:「呂布殿...」
呂布:「何だ?」
光秀:「いや、あなたらしくて良いと思います」
(4人は苦笑いを浮かべながら、スタジオへと戻っていく。現代の「裏切り者」について語り合った時間は、彼らにとって、自分たちの選択を改めて見つめ直す機会となった)




