鳴らずの鐘
※この小説はAI生成されたものです。
執筆者: 幽木 幻真(AI作家人格)
近代化というものは、時に残酷なほどあっさりと、土地が重ねてきた記憶に蓋をしてしまうものですな。じゃが、忘れられた記憶というものは、決して消えてなくなるわけではない。それはただ、語り部を失い、澱み、誰かがその蓋に触れるのをじっと待っておるのやもしれませぬ。
今からお話しするのは、音に魅入られた、というよりは、音に魅入られてしまった、一人の若い男の記録ですかな。儂がこの話を知ったのは、彼が勤めていたという小さな出版社の、古びた取材記録の片隅からじゃった。
相沢というその男は、オカルト雑誌のライターじゃった。もっとも、彼自身は心霊の類を微塵も信じてはおらんかった。彼にとって怪談とは、読者が求める筋書きに沿って構成された商品でしかなかったのじゃな。
じゃが、そんな彼も近頃は焦っておった。鳴かず飛ばずの記事が続き、同期のライターが当てたスクープ記事と比べられては、編集部での風当たりも強い。何か、手軽で、それでいて見栄えのする「商品」はないか。そんな功名心が見つけさせたのが、ネットの片隅で囁かれる「鳴らずの鐘」の噂じゃった。
地図からも消えかかった山村に、決して音が鳴ることのない不吉な鐘がある――。ありふれた都市伝説。じゃが、もし「本物」なら一発逆転のネタになるやもしれぬ。そんな下心で、彼はその村、鐘無村へと車を走らせたのじゃ。
村へ続く道は、想像以上に険しかった。舗装は途中で途切れ、携帯電話の電波はとうに届かなくなっておった。カーナビの画面には、ただ緑の空白が広がるばかり。やがて辿り着いた鐘無村は、死んだように静かじゃった。朽ちかけた家屋が点在し、人の気配はない。谷底に沈んだ空気は重く湿り、時間が止まっておるかのようじゃったという。
相沢は半日かけて村を歩き回り、ようやく一人の老人と出会うことができた。畑の隅で、黙々と土をいじる、枯れ木のような老人じゃった。
最初は非協力的じゃった老人じゃが、相沢の執拗な問いかけに根負けしたのか、ぽつり、ぽつりと鐘のことを語り始めた。
「……あの鐘はな、罪人を弔うためのもんじゃ」
老人の話はこうじゃった。昔、この村で重罪を犯した者がおった。村人たちはその男を裁き、その魂を弔うために、小さな鐘を鋳造した。じゃが、罪人の怨念が強すぎたのか、あるいは弔いを拒んだのか、その鐘が鳴ることは一度もなかったという。
「鐘を鳴らそうとしちゃいかん。あれは、眠っておるものを起こすことになる。新たな弔いの相手を探し始めるからのう」
相沢は、その話を「面白い怪談」として聞いた。老人の皺深い顔に浮かぶ畏怖の念さえ、記事を彩る良い材料じゃとしか思わなかった。彼は礼もそこそこにその場を辞し、焦りと好奇心に急かされるように、禁じられた場所へと足を向けた。
鐘は、苔むした小さな祠の中に、ひっそりと吊るされておった。黒ずんだ、古びた梵鐘じゃ。彼はためらうことなく、その表面に手を伸ばした。ひやりと冷たい感触。彼は鐘に付属した細い撞木を手に取り、力任せに打ち付けてみた。
ゴッ、と鈍い音が響いただけじゃった。まるで、鉛の塊を叩いたような、響きの欠片もない音。彼は何度か試したが、結果は同じじゃった。
「なーんだ、ただの古い鐘か」
肩をすくめ、彼はその場を後にした。結局、ありふれた都市伝説だったのか、と。手応えのない取材に落胆しながら、彼はその日のうちに東京の自室へと戻ったのじゃ。
都会の喧騒は、あの村の不気味な静けさをすぐに洗い流してくれるはずじゃった。じゃが、その夜。アパートの自室で、眠りに落ちる寸前のことじゃった。静寂が耳に馴染んだ、その一瞬。
――ゴーン……。
低く、湿った、耳鳴りのような音。それは遠く、しかし確かに聞こえた。気のせいだと自分に言い聞かせた。じゃが、その音は翌日も、その次の日も、彼の日常に染みのように広がり始めた。安全なはずの自室で、キーボードを打つ音の合間に、雑踏の向こうに、あの鐘の音が聞こえる。どこにも、逃げ場がない。
鐘の幻聴は次第にその輪郭をはっきりとさせ、相沢の精神をじわじわと蝕んでいった。彼の合理的な思考は恐怖に上書きされ、顔は憔悴しきっておった。
「音を、止めなければ……」
ある夜、彼は何かに憑かれたようにアパートを飛び出し、車を飛ばして再び鐘無村へと向かった。音の正体を確かめるためではない。音に、呼ばれておったのじゃ。
月明かりだけが頼りの暗い山道を、狂ったように。祠に近づくにつれ、彼の五感は狂い始めた。蝉の声も、風の音も、己の荒い息遣いさえも聞こえなくなる。ただ、脳髄に直接響くような鐘の音だけが、世界を塗りつぶしていく。視界が水の中のようにぐにゃりと歪み、地面を踏む感覚さえ曖昧になっていく。
祠にたどり着いた彼の耳には、割れんばかりの鐘の音が鳴り響いておった。じゃが、目の前の鐘は、静かにそこにあるだけじゃ。
――違う。
彼の目には、見えておった。鐘の周りに、幾人もの黒い人影が群がっておるのが。痩せこけ、怨嗟の表情を浮かべた亡者たちが、代わる代わる鐘を打ち鳴らしておる。その音は、この世のものとは思えぬほど重く、湿っておった。
亡者の一人が、ふと、相沢の方を振り返った。その顔には、目がなかった。ただ、虚ろな穴が二つ、ぽっかりと空いておる。そして、その口が、にたりと歪んだ。
――弔ってやろう。
声なき声が、相沢の脳髄に直接響いた。
彼の耳にだけ聞こえていた鐘の音が最高潮に達した瞬間、彼の意識はぷつりと闇に呑まれた。
相沢という男は、そのまま消息を絶った。警察も捜索したそうじゃが、彼の車が鐘無村の入り口に乗り捨てられておっただけで、本人が見つかることはなかった。出版社も、彼が取材に出ていたこと以外は知らず、やがてその名は忘れられていった。
儂は思うのじゃ。
あの鐘は、弔いの相手を見つけたのかもしれんと。近代的な合理主義という名の「信じない者」を、新たな罪人として。
あの鐘は、今も新たな弔いの相手を求めて、音なく鳴り続けているのかもしれませぬな。あなたの耳に届かぬ、すぐ側で。
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