第九十九話「爆足」
あの初撃さえ当たっていれば――。
「戦い見てたけど、惜しかったよね」
そう言って、隣を走るクェルが笑った。
『ほんとにねー』
リラの声が、頭の中に響く。
確かに。あの初撃が当たっていたら、もっと楽に決着がついていた。だが現実はそう甘くない。今はこうして村へ向かって走りながら、軽く反省会をしているところだ。
「村長、驚いてたね」
「討伐があまりに早すぎたからな」
俺たちの討伐は思いのほかスムーズに終わった。アカキツネの魔獣――それなりに手ごわい相手だったはずだが、クェルがすごいのか。いずれにせよ、討伐証明の魔石を提示したら、村長は目を丸くしていた。
「毛皮も肉も全部置いてきちゃったけど、よかったのか?」
「いいのいいの。荷物になるし、村の人たちも助かるしね!」
本来なら、倒した魔獣の素材は俺たち討伐者のものだ。でもクェルはそれにこだわらないらしい。あっさりと、村に譲ってしまった。こういうところ、本当にさっぱりしている。
「ところでさ、ケイスケ」
「ん?」
「武器って、それしか持ってないの?」
「うん。これだけだな」
腰の短剣を軽く叩く。モンドさんが餞別としてくれた、俺の唯一の武器だ。
クェルは目を細めて、俺を見つめた。
「じゃあ、ちゃんとしたのを持たないとね!」
その言葉に、俺は視線を短剣に落とす。
あの初撃。確かに剣が長ければ当たってかもな……。
「まあ、帰ったら武器屋にでも……でも、手持ちがなあ」
冒険者ギルドに行くたび、他の冒険者たちの装備を見ては羨ましく思っていた。だけど剣、高いんだよな。ピンキリとはいえ、俺の今の所持金では、ちょっと厳しい。
できれば納得のいくものを買いたいし……。それは贅沢なんだとわかってるが、やはり妥協はあまりしたくないと思ってしまうのだ。
思い悩む俺に、クェルは言った。
「そっか。じゃあ、私のお古をあげようか?」
「……え、いいのか?」
「もちろん! 家に置きっぱなしでさ、もう使ってないの」
クェルの言葉に、思わず彼女が女神に見えた。冗談じゃなく。
「いや、それでもありがたいよ。ありがとう」
「うん、じゃあギルドに報告したら、私の家に行こっか!」
彼女の明るさにつられて、俺の足も自然と速くなる。
「お? ちょっと早くなったねー!」
クェルも軽く笑って、俺の速度に合わせてくる。
走りながら、クェルがふと話題を変えた。
「そういえばさ」
「うん?」
「ケイスケの肉体強化魔法って、どこで習ったの?」
「ミネラ村の元冒険者だよ。知り合いで」
「へえー……なんというか、ちょっと中途半端だよね」
「え?」
ずいぶんストレートな言い方だが、クェルに悪気がないのはわかっている。
「中途半端? どこら辺が?」
「だからさ、私が教えてあげるから、覚えてね!」
クェルに教わる? それは嬉しい。特に、あの『爆足』の所以であるだろう踏み込みは、ぜひ盗みたい技術だ。
「クェルの踏み込み、教えてもらえるのか?」
「うん、もちろん! こうやってね、足をグッと力込めて、バッと地面を蹴るの!」
クェルの足元で小さな爆発が起き、その姿はロケットのように加速する。
……まあ、予想通りだ。
こいつ、絶対脳筋だと思っていたが、言語化できない感覚派。
いや、諦めるのはまだ早い。冒険者ギルドにはきっと理論派もいる、はず。今は俺の知り合いが脳筋タイプばかりというだけで――。
「って、走りながらとか難易度高いんだけど!?」
すでに俺は肉体強化魔法を使って走っている。この状態にさらに“爆足”を上乗せするなんて……。技術的には、かなりきつい。
「んー、大丈夫大丈夫! 最初はちょっと力を込める感じで踏み込んでみなって!」
「簡単に言ってくれるなよ……」
「騙されたと思ってやってみなって! ほらほら!」
言われるがまま、タイミングを見計らって――。
「――お?」
スピードが、グンッと一瞬だけ跳ね上がった。風を切る感覚が違う。
『できたねー!』
「そうそう、その感じ!」
リラとクェルの声が重なって、俺は思わず笑った。
「なんか、普通にできたな……」
感覚はつかめた気がする。思ってたより、ずっとシンプルだ。
それからも俺は走りながら何度か試して、ようやく領都ハンシュークに到着。城壁の外には、入場待ちの列ができていた。
「うーん、クェルみたいにはいかないな……」
もっと練習する必要がある。だけどこの列から抜けてまですることじゃないしな。
なんとなく掴んだ感覚で、もっとうまく爆足の技術を磨きたい。俺はそんな思いが強くなっていた。
俺の呟きに、隣でクェルがぽつりと口を開いた。
「見てたけどさ、ケイスケって魔力量はすごく多そうなのに、一気にドカンって出すのが苦手だよね」
「一気に、か」
「うん。走ってる時はずーっとちょっとずつ出してる感じだけど、踏み込みとか一瞬で出すとこが弱いなって」
なるほど。確かにそうかもしれない。魔力量はあるのに、使い方が下手――そういうことか。
「それって、どうやって練習すればいいんだ?」
「え? どうって、気合?」
……はい、きた。
まあ、そういう返事が返ってくるだろうとは思ってたよ。
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