表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第二章「領都ハンシューク:命を背負う歩み」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

98/267

第九十八話「キツネの魔獣」

「じゃあ今日の依頼に行くよ! 遅れたら置いてくからね!」


 ギルドで顔を合わせて、いきなりそれだった。

 クェルの笑顔は爽やかというよりも嵐の前触れに近い。


「で、どこまで行くんだ?」

「ジオル村よ。歩いて一日ってとこ? でも走るから三時間以内に着くよ!」

「三時間……」


 つまり、初っ端から全力疾走ってことか。


 依頼内容は、アカギツネの魔獣『ショア・レシーク』の討伐。

 被害は今のところ家畜三羽、家畜小屋が破損。人的被害はなし。


 ジオル村に着いた頃には、もうすっかり汗まみれだった。

 クェルはというと、全然平気な顔をしている。いや、ほんとにどうなってんだこの人。


「さてさてー、聞き取りしちゃおうか!」


 そう言って、村の人たちに軽快に声をかけていく。

 こういうときの対応も、妙に手慣れていて早い。


「火の玉を飛ばした? 家畜が燃やされた? 火の魔法を使うのかな? 被害にあったのは家畜と言っても鶏だから、それほど強力じゃなさそうね」

「狐火ってやつか」


 思わずつぶやくと、リラが反応した。


『なにそれー?』

「んー、俺のいた世界の、昔話に出てきた妖怪――魔獣の話? たぶん、架空の存在だったと思うけど」

『ふうん、でも似てるねー』

「で、どうやって探すんだ? 相手はキツネだろ? 警戒心も強いはずだし……」


 俺の疑問に、クェルは親指を立てながら言った。


「ひたすら走りながら探す!」

「……マジか」


 走って探すはいいけど、この間のマルモグラのときとは違って、対象が平原一帯。範囲が広すぎる。

 いくらなんでも、無茶ではないだろうか。


「家畜を狙ってくるんなら、畜舎で待機ってのは?」

「却下!」


 クェルは即答だった。ちょっとは考えてほしい。


「修行にならないし、時間もかかるし、ね?」

「……なるほど」


 でも、走り回ったって同じでは? というか、時間と体力のこと考えたら、待ち構えた方がいいような気がするが……。うん、修行も兼ねているんだし、聞き入れてもらえないだろうな。


 仕方ない。走るか。


『魔獣探すのは、私が手伝うよー』


 リラの声がありがたい。


「範囲が広いけど、大丈夫か?」

『任せといてー』


 ということで、修行モード開始。

 広い平原を、クェルを追いかけてひたすらに走り回る。

 地味にきつい。いや、地味じゃないな。普通にキツい。幸いなのは、明るいことくらいだ。


 体感一時間。かなりの広範囲を走り回ったが、魔獣は見つからない。

 まあ、ただ走りまわるだけで見つかるはずないってのは、わかってたことだ。


 ほどなくしてリラが言った。


『怪しいポイント、四つ見つけたよー!』

「マジで!?」

『マジマジー! なんか巣穴みたいな穴とか、微妙な焼け跡とかー』


 この子、ほんと頼りになる。

 

「クェル! リラが怪しいポイントを――」

「うんうん、聞こえてるよー! でも止まらないからね!」


 クェルは、全力疾走しながらニコニコしている。

 こっちが話してる間に、さらに加速していくのはやめてくれ。


「で、そのポイントはどこ?」

「このまま真っ直ぐの茂みの中! あとは左手の小高い丘! 右手の岩場っぽいところ! それと、真後ろの窪み! 全部、3キロくらい先の場所だ!」

「じゃ、私は真っすぐこっち行くね! あと、声を大きくするのも、肉体強化魔法でできるから、やってみて!」

「え? わかった!」

「じゃ!」


 クェルは爆風のような勢いで疾走していった。土塵と草の葉が舞い上がり、彼女の姿がすぐに見えなくなる。


 俺も自分の行き先――左手の小高い丘へと足を向けた。走りながら、言われたとおりに喉の筋肉と肺、腹に魔力を籠めるイメージをする。


「あー!! うおっ……声、出るな、これ……!」


 叫ぶと、肺の奥が軽くなったような感覚とともに、いつもより通る声が出た。なるほど、これは便利だ。

 だが、走っても、丘の周辺に魔獣らしき気配はない。焦げ跡も、獣の足跡も見当たらない。ただ風が吹いているだけだった。


 ――外れ、か。


 そのとき、遠くからクェルの声が飛んできた。


「多分こっちじゃなかったー! 後ろのポイント行くよー!」


 さすがに大声だ。魔法で喉を強化しただけあって、距離があるのにちゃんと届く。俺も負けじと腹と肺に力を込める。


「わかったー! よろしくー!」


 いつもよりも通る自分の声に、少しだけ嬉しくなる。ちゃんと通じたようで、クェルの姿が遠ざかっていくのが見えた。


『ケイスケ、急いでー! そっち行ったら、たぶん遭遇できるよー!』

「リラ、わかった!」


 俺は踵を返し、リラが怪しい言っていた岩場にと向けて走り出した。


 少しだけ体が軽く感じるのは、慣れてきた証拠か。それとも、戦いに向けて心が躍っているせいか。どちらにせよ、今は――修行だ。自分を鍛えるための戦い。


 そして岩場に向けて走っていると。


「うおっ!?」


 前方から火の玉が飛んできた。直径十センチほど、野球ボールくらいのサイズだ。慌てて身をよじり、地面に転がって回避する。しかし次の瞬間、間髪入れずに二発目、三発目が連続して飛来した。


「おいおい……!」


 避けながら、俺は呟く。速度はそこまででもない。見てから回避できる程度の速さだ。だが厄介なのはその数と頻度。まるで昔やったアクションゲームみたいだ。

 跳び、しゃがみ、転がりながら、俺は火の玉の雨を抜けていく。その向こう――確かに、いる。ショア・レシーク。アカギツネの魔獣。家畜を襲った、火を操る魔獣。

 チリッと、頭の横を火の玉がかすめる。熱気と共に、髪の毛が少し焦げた匂いが鼻をついた。


「痛いのはできるだけ避けたいっての!」


 俺は短剣を握り直し、ステップを踏む。魔獣のいる方向へ距離を詰める。そう遠くない、目算二十メートル先。

 いた。赤褐色の毛並みに、鋭い瞳。キツネの魔獣が、地を低く這いながらこちらを睨んでいる。


 ――ズッ!


 また火の玉。大きく右に跳ねて回避。正面からでは火球の嵐で近づけない。ならば横へ、回り込むように斜めに進む。

 火の玉は俺の動きに追従してこない。ただまっすぐ飛ぶだけ。予測射撃の精度も低い。だが、一発一発の間隔が短い。タイミングを誤れば、すぐに焼かれる。


 というか、クェルはそれほど強力じゃなさそうって言ってたが、どこがだ。普通にやばそうな相手だぞ?


 事前の予測とは違う相手に、俺は改めて警戒心を強くする。


「そこっ!」


 距離五メートル。一気に踏み込んで、短剣を振り抜く。が――。


「チッ!」


 魔獣が跳ねるように飛び退き、空振り。地面を蹴って、再び距離が開いた。


「ギュアアアア!」


 耳を劈くような、鋭い鳴き声。次の瞬間、足元に異変。周囲が、突然ボウッと燃え上がった。


「マジかっ!?」


 俺の周囲二メートル。炎の円が俺を包み込むように広がっていた。火柱の高さは胸元ほど。すり抜けようとすれば火傷は免れないだろう。


「やばっ……!」


 地を蹴って跳躍。回転しながら着地すると、背後で火が弾けた。そして、すかさず飛来する火の玉。前へ進もうとすれば、また足元から炎が噴き出す。


「この……詰ませにきてるな……!」


 火の玉で近寄れず、近寄れば範囲攻撃。完璧な迎撃布陣。考え無しの魔獣かと思っていたが、これほどまでに巧みに攻撃を使い分けるとは。

 このままでは埒が明かない。どう動く? いや、どこか隙があるはずだ。


 そう思った矢先――。


「はい、終わりー!」


 声と共に、爆風。


 目の前でショア・レシークの体が吹き飛んだ。赤毛の中に炎の粉が舞い、火の粉がきらめく。その中心に、剣を構えた一人の女がいた。


「クェル……!」


 俺は思わず呟いた。

 火の粉を軽く払いつつ、クェルは笑って俺の方を見た。髪が焦げた匂いも、服の煤も、気にしている様子はない。


「なかなか頑張ってたけど、ちょっと決め手に欠ける感じだったから、倒しちゃったよ!」

「いや、ほんと助かった……」


 彼女は片手でショア・レシークの死体を指差した。


「しかしまあ、けっこう粘ったね。あいつ、火の玉に範囲攻撃まで使いこなすとか、なかなか厄介そうだったよね」

「……ああ。ちょっと驚いたよ。魔獣ってだけで、そこまで知能が高いとは思ってなかった」

「そういうのもいるんだよ。特に狐系はねー。まあ、火を使うってだけで中級クラス扱いされることもあるし」

「そうなのか」


 クェルは一歩近づいてきて、ふいに俺の肩を軽く叩いた。


「でも、ちゃんと前に出て、攻めたのは偉い偉い。あの火の玉、初心者ならビビって足がすくむからねー。やっぱケイスケは根性あるよ」

「根性ってか……無謀って言うんじゃないか?」

「それもまた才能だって! ふふっ」


 楽しそうに笑うクェル。その明るさは、火傷よりも眩しい。


 その姿に俺は不思議な感情を覚えていた。憧れ、かもしれない。彼女のように、軽やかに、強く、真っ直ぐに。そんなふうに動けたら、どれほどいいだろう。


 ……くそ、もっと強くなりたいな。


 心の奥に火が灯った気がした。魔獣の火じゃない。自分の中に生まれた、意思の火だ。


「よし、とっとと報告行くよ! ジオル村の人たちに朗報を届けないとね?」

「……ああ、そうだな。行こう」


 その背中を追いかける。


「でも、というか、依頼は修行も兼ねてるんじゃなかったんだっけ……?」


 確かに魔獣とは戦ったが、最後はクェルが仕留めてしまった。


『別にこれが最後の依頼ってわけじゃないし、いいんじゃないのー?』

「……それもそうか」


 リラの言葉に納得しながら、俺は走るのだった。


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

お気に入り登録や評価をポチッといただけると、とても励みになります!

コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ