表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第二章「領都ハンシューク:命を背負う歩み」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

95/234

第九十五話「一方的な戦い」

 リラの声と俺の動きが同時だった。スマホを慌ててしまう。

 通知の内容も気になるが、今はそれどころじゃない。リラが指したのは東北東の方向。

 目を凝らす。……けど、わからない。

 だが、リラが言うのなら、きっと間違いない。


「クェル! 来たぞ!」


 大声で呼びかけると――。


「おっ! 来たんだね!」


 クェルがパチッと目を開け、瞬時に立ち上がった。その動作に、ちょっと感動すら覚える。やっぱりプロなんだな、あの人。


「で、どこどこ?」

『あっちだよー! 距離はまだまだ遠いけど、間違いないよー』


 リラが示した方向を、クェルが目を細めて見やる。その様子を見て、俺も肉体強化魔法で視力を高めてみた。


 ……あった。木々の切れ間に、妙な揺れがある。風もないのに、特定の茂みだけが不自然に動いている。


 それは、透明な何かが、ゆっくりとこちらに向かってきている証拠だった。


「……見えた。確かにいるな」

『でしょでしょー』


 リラが得意げに言う。俺は思わず口元が緩んだが、隣のクェルから意外な言葉が飛んできた。


「え? 本当? 私全然わからないよ! すごいじゃん、ケイスケ!」

「……見えてなかったのかよ!?」


 思わずツッコむ。

 いや、てっきりクェルの方が先に気づいてたもんだと思ってた。何なら、さっき視線を向けていたのも「もう見えたよ」ってサインかと。

 クェルはケラケラ笑って、言った。


「いやー、油断してた! でも平気平気、ケイスケがいるから!」

「お前……」


 本気で笑ってる。なんなんだこの人は。

 でも、その軽さの裏には――不思議と安心感がある。底抜けに明るくて、どこか抜けてるけど、絶対に外さない何かがある。


「さーてと、そろそろ迎えに行こっか!」

「ん。頼んだ」

「任せて! じゃあケイスケは上で見ててね! あとでお礼のキスくらいしてあげるから!」

「いらん!」


 また笑いながら、クェルが屋根を飛び降りた。


「まったく……」


 でもまあ、これなら大丈夫かもしれない。俺はもう一度、東の森を睨んだ。

 見えない魔獣の輪郭が、少しずつ、闇の中から浮かび上がってくる。


 さあ、来い――。


 そして終わったら、俺は、寝る。


『あの魔獣、結構強そうだけど、あの子大丈夫かなー?』

「大丈夫だろ、きっと」


 森の空気が、少しずつ張り詰めていくのがわかる。


 この緊張感は、敵が近い証拠。

 雲間から漏れる月明かりすら、どこか頼りない。


「距離、百メートルを切った。……リラ、頼む」

『わかったー』


 リラの明るい声が頭の中に響いた瞬間、魔獣の気配が明確になる。

 同時に、俺は魔法を詠唱し、光の魔法を発動させた。


『輝ける精霊たちよ、集い集いてかのものに追従し、白き煌めきを……フォティノ』


 白く輝く光球が、宙へ飛ぶ。

 そして――クェルの背後、彼女を中心に森全体が照らされた。


『いくよー』


 リラの声。瞬間、何もなかった空間に“それ”が浮かび上がる。

 巨大な影が、ぬるりと輪郭をあらわにした。


「グオ……?」


 不意に迷彩が解けたことに戸惑っているのか、魔獣が低く唸る。

 姿を現したそれは、かつて見たまだら熊など比較にならない。

 体長はおそらく五メートル以上。全身を覆う灰と黒の迷彩柄の毛皮。

 刃物のように鋭利な爪。あんなものが振り下ろされたら、バラバラになるどころか、跡形も残らないかもしれない。


 その巨体の前に、クェルがひとり立っている。


 剣を手に、肩の力を抜いた姿勢で、まるで森の散歩中にばったり出くわしたかのような余裕っぷりだ。

 いや、違う。あれは余裕なんかじゃない。彼女は真剣に戦うつもりなんだ。だからこそ――微塵も力んでいない。


「……グルルルッ!!」


 魔獣が吠えた。

 自分の魔法が解けたことに対する怒りか、目の前の小さな人間を軽視した結果か。

 だが次の瞬間、魔獣はそれすらもどうでもよくなったらしい。前脚を大地に叩きつけ、突進の構えを取る。


『うわー、おっきいねー』


 リラの声は心配そうだが、音色に緊迫感はない。

 いや、俺たちの中では彼女が一番冷静なのかもしれない。


「だな」


 俺の返事もつられてどこか気の抜けたものになった。

 というより、もう何が起こるかわかっていないのかもしれない。

 クェルはまだ、ぴくりとも動かない。


 ――そして、それは突然だった。


 クェルの姿が“ぶれた”ように見えた、その瞬間。


 森の中で、小さな爆発音が鳴った。


「グオオオオオオッ!?」


 魔獣の絶叫。

 視線を戻すと、クェルはすでに魔獣の懐へと踏み込んでいた。

 そして、右前脚から赤い飛沫が舞い上がる。


「……見えなかった」


 思わず口をついて出た呟きに、自分でも驚いた。

 いや、冗談ではない。本当に、まるで見えなかったのだ。

 さっきまでそこにいた彼女が、気付いたら魔獣の懐にいて、そしてもう斬っていた。


 魔獣は怒りに満ちた咆哮を上げ、爪を振るった。

 だがその攻撃は、虚空を裂くだけ。

 次の瞬間、また爆発音。そして左腕に新たな傷が刻まれる。


 その後も連続する攻撃――というより、連続する被害。

 右腕、左腕、また右、左。

 すべてが見えないまま、傷だけが増えていく。


 そして、不意に大木が揺れた。


 地面ではない、上。

 そう、クェルは木の枝すら足場にして跳躍し、斬撃を加えていたのだ。


 動きが速すぎて、攻撃があってから木が揺れる。

 逆だろ? 普通、踏み込んだら揺れるもんだろ?

 俺の常識がどんどん崩れていく。


 そして、ついに決定的な瞬間が訪れる。


 鋭い音とともに、魔獣の右腕が、根元から切断された。

 あの巨体に比例するような腕が、宙を舞う。

 その重量が地面を揺らす。血が噴水のように噴き出した。


 間髪入れず、反対側も斬り飛ばされる。


『すごいねー』

「それな……」


 頭がついていかない。

 俺の語彙は完全に死んでいた。


 戦いの全貌が見えない。どこを見ていいかもわからない。

 ただただクェルが、圧倒的な何かであることだけが理解できた。


 両腕を失った魔獣は、バランスを崩し、のたうち回る。

 それでもなお、クェルの斬撃は止まらない。

 いや、むしろとどめのために一段と鋭さを増していた。


 そして、次の瞬間――。


 ズシンッ!!


 重く鈍い音が森に響く。


 魔獣の巨体が、ついに地に沈んだ。

 その首が、ゴロンと地面に転がっている。


 まさか、首まで落とすとは。

 この巨体相手に、真正面から一人で戦って、あっさり勝ってしまうなんて――。


 その場で剣を軽く振り、付着した血を飛ばすクェル。


 そしてこちらを見て、にっこりと笑った。


 その笑顔は、血飛沫まみれの戦士のものじゃなかった。

 まるで、ちょっと運動してきましたーみたいな顔だ。


「……すごすぎてわからん……」


 そう呟いたのは、俺の素直な感想だった。


 そしてもう一つ、頭に浮かんだこと。


「……やっと、寝れる……」


 眠気と安堵が一気に押し寄せて、俺はその場にへたり込みそうになった。


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

お気に入り登録や評価をポチッといただけると、とても励みになります!

コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ