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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第二章「領都ハンシューク:命を背負う歩み」

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第九十四話「鐘楼の見張りと眠れる獣」

 教会の扉をくぐった瞬間、むっとした熱気が肌を包んだ。

 中は人でぎゅうぎゅう詰めだった。焚き出しの匂いと、微かに混じる不安の空気。村人たちは各自持ち寄った鍋や壺で湯を沸かし、簡素な料理を作っていたが、その顔には一様に笑顔がなかった。

 そこはまるで、葬式の会場のようだった。


 女や子供が多いのが目に見えてわかる。男たちは……。


「なんで、俺たちも避難しなきゃなんねえんだ!」

「俺たちだって戦えるぞ!」

「魔獣がなんだってんだ!」

「村を守るのは、俺たちの役目だ!」


 教会の片隅で、血の気の多い若い男たちが、村長に食ってかかっていた。手には農具や古びた剣や斧。見た目は物騒だが、実戦で役に立つかと言われれば心許ない。


「そうは言うがお前たち、自警団だって、冒険者だってやられたんだ。お前たちじゃ相手にならんよ」


 村長が懸命になだめるも、若者たちは耳を貸さない。おまけに、声はますます大きくなるばかり。

 そこに、軽い足音が響いた。


「へー? そんなに自信があるんだ!」


 場の空気を割るような明るい声。振り返ると、そこにはクェルがいた。あいかわらず笑顔全開だが、俺はその裏に隠された何かを察して身構える。

 小柄な彼女の姿を見た若者たちは、すぐさま表情を変えた。侮蔑と、見下しと――ちょっとした哀れみ。


「なんだよ、冒険者さん」

「あんたみたいな小さい女に頼らなくたって、魔獣くらい倒せるんだ」

「そうだ、魔獣だって狩ったことくらいある!」


 口々にそんなことを言い出す。

 やばいな……と、俺は思う。クェルの性格を考えれば、これ、ろくなことにならない。


「へー! へー! へー! それはすごいね! じゃあみんな、小さい女の私に勝てるんだ?」


 にっこり笑ったその顔には、見事なまでに黒いオーラが乗っていた……気がした。

 若者たちは、まんまとその挑発に乗ってしまった。


「勝てるに決まってるだろ!」


 一番体格のいい青年が言い放った。それに他の連中も続く。

 クェルは両手を腰に当てたまま、さらに挑発を重ねた。


「じゃあさ、君たちみんなでかかってきなよ! その手に持ってるモノを使ってもいいよ! 私は素手だけどね!」


 手をぶらぶらを見せつけるように揺らすクェル。

 いきり立つ青年たち。


「なんだと!?」

「ばかにしてるのか!?」

「お前なんかに負けねえよ!」


 どれもこれもテンプレみたいなセリフだが、言った本人たちは本気らしい。


 ――結果。


「なーんだ。全然弱っちいじゃん」


 次の瞬間、教会の床には、若者たちが山となって積み重なっていた。全員白目。全員ダウン。

 それはもう、美しいくらいに「山」だった。


 ……既視感がある。


 俺がそう思っていると、リラが念話で軽くつぶやいた。


『昨日の、ギルド前と一緒だねー』

「ああ、確かに……」


 あれもこれも、やっぱりクェルの仕業。昨日は冒険者たちが、今日は村の若者たちが、彼女の手で「無力化」された。


 彼女は軽い掛け声――「よっ!」「はっ!」と、まるで遊んでいるかのような調子で、男たちを一撃で沈めていった。


 圧倒的だ。あれはもう、力の差がどうとかの話じゃない。


「村長、この子たちもちゃんと避難所に入れといてね!」


 クェルが白目をむいた若者たちを親指で指しながら、にこやかに言った。村長は慌てて男たちに指示し、運ばれていく若者たちを見送る。

 そして、クェルの視線が俺に向けられた。


「準備はいい?」


 さっきまでとは違う、少しだけ真剣な眼差し。でも、笑顔はそのまま。


 俺も応える。


「もちろん」


 村を襲う魔獣。その脅威が、もうすぐここにやってくる。


 けれど、不思議と怖くなかった。


 クェルと、リラと、俺がいる。何とかなる――いや、何とかしてみせる。


 そう、心から思えた。




「――といっても、俺が直接戦うわけでもないんだよな……」

『まあまあー』


 リラの気の抜けたような声が脳内に響く。俺は今、デンズ村で一番高い建物――教会の屋根の上に座り、あたりを見下ろしていた。

 時間は経ち日が傾いて、空は藍色に染まり始めている。そろそろ夜だ。空には三つの月が浮かんでいて、幻想的というよりは、もう見慣れてしまった異世界の風景だ。

 今のところ、何も起きていない。静かすぎるくらいだ。


 そして、クェルはというと。


「クフー……クフー……」


 教会の塔、鐘の下で寝ている。規則正しい寝息を立てながら、ぐっすりと。

 いや、わかる。わかるよ。これからクェルが主戦力として、並の冒険者じゃ太刀打ちできないような魔獣を相手にするんだ。体力を温存したいのも当然だ。


「わかるんだけど、なあ……」


 無防備に寝ているクェルを見て、ちょっと心配になる。本当に魔獣が来たら、ちゃんと起きられるんだろうか。

 空を見上げると、三つの月がじっと俺たちを見下ろしているように感じた。これにも慣れたってのが、なんだかおかしい。


「俺だって、寝たいんだけどな……」

『人間は寝ないと大変だものねー』

「うん。最悪、死んじゃう」

『ええー!? 死んじゃうの!?』

「うん。まじで」

『ケイスケー! 死なないでー!』


 ちょっとリラ、焦りすぎだ。


「まあ、一晩や二晩寝ないくらいじゃ死なないけど。ストレス溜め続けたらマジで死ぬからなあ……」

『じゃあ、ケイスケは死なないの?』

「うん。今のところは。この魔獣退治が終われば、ぐっすり寝れると思うよ」


 ああ、ベッドが恋しい。マジで。


『じゃあ、早く魔獣に来てもらわないとだねー!』

「それな……」


 もうリラへの返答もだんだん雑になってる気がする。眠気がピークに近い。まぶたが重い。


『私、ケイスケが早く寝れるよう頑張るねー! むむむむむ……!』

「おう、頼んだー……」


 適当に返事して、またあたりを見回す。太陽はもう完全に西の森の向こうに沈んでいた。辺りが急激に暗くなっていく。


 ふと、スマホを手に取る。時刻は午後七時ちょうど。そろそろ……と思った瞬間、画面に通知が出ていた。


「……あれ? 通知がある? 通知って……通知!?」


 一気に目が覚める。スマホの通知って、アップデートじゃ――。


『あっ! 来た来た、来たよー!』

「はあ!?」


 なんとも間の悪いタイミングで、魔獣が現れたようだ。

最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

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コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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