第九十三話「魔獣を見つける、手段」
「なるほどね。でも、もう大丈夫よ!」
クェルはまったく動じた様子もなく、村長の前で胸を張って言った。
「私がさっさと討伐してあげる! 村長は村人全員を安全な場所に集めて頂戴! そうね、教会とかいいんじゃないかしら!」
「……それは……。わかりました。よろしくお願いいたします……」
村長は、クェルのあまりに軽い口調に何かを言いかけたが、そのまま言葉を飲み込んだ。
クェルは、いつものように底抜けに明るく――というより能天気にも見える態度を崩さない。だが、だからこそ俺には逆にそれが妙に気になった。
彼女なりに、安心させようとしたんだろうか。
村長宅を出るとすぐに、クェルは空を見上げて言った。
「山にはもう誰も入ってないらしいし、早ければ今夜あたり、村を襲ってくるかもね」
「魔獣が、村に……?」
「そう。魔獣ってのは、一度人を襲い始めると止まらなくなるのよ」
クェルの目が細くなり、笑みが消える。
もともと、まだら熊は木陰や茂みに潜み、獲物を待つ“待ちの狩人”だという。だが、人間の味を覚え、なおかつ山から人の気配が消えると、今度は自ら獲物を探して“攻め”に転じるのだと。
「獣だったら、人の群れを恐れて近づかない。でも、魔獣は違う。恐れないし、場合によっては喜んで飛び込んでくる。殺すためにね」
淡々と語るクェルの横顔が、俺にはいつになく鋭く感じられた。
「とりあえず、まだ村の中に被害はないみたいだから、早ければ今夜かな? それとも、もうその辺に潜んでいるかもね?」
笑った。けれどその笑みは、まるで牙をむく獣のそれだった。
……やっぱり、この人、只者じゃない。
そんなことを考えながら、俺は脳内で別のことも整理していた。
まだら熊の魔獣――名前、長すぎないか? 進化したんだから名前くらい変えてもよさそうなもんだ。あの世界的に有名なモンスターを育てるゲームとか、そうだろ?
……まあ、それは帰ってから調べるとして。
以前、モンドから聞いた話では、この魔獣は「風景に溶け込むような擬態」をするらしい。つまり、光学迷彩のような機能を持っているということだ。
その原理が、もし「光の屈折」だとすれば……光魔法に属する。
つまり、あいつの出番だ。
「リラ」
俺は影に潜む存在に話しかけた。
「まだら熊が擬態魔法を使ってるとしたら、分かるか? あと、その魔法を解除したりできるか?」
『んー、魔法使ってるかどうかは分かるよー。あと、解除も多分できるー』
軽い調子だが、頼もしい答えだ。
「有効距離は?」
『直線で遮るものがなければ、けっこう遠くまで届くよー。解除も同じねー』
「じゃあ、解除した瞬間、魔獣には気づかれるか?」
『気づくと思うー。魔力の流れが変わるからねー』
「了解」
よし。なら、使いどころは慎重に見極める必要がある。
俺は前を歩くクェルに声をかけた。
「クェル、提案なんだが……」
「んにょ? なになに? なんか思いついた?」
振り向くクェルに俺は提案する。
「俺が……、俺達が魔獣を見つけて見せる。任せてくれないか?」
「んん? ケイスケが?」
俺だって、この村の現状を知って、何かしたいと思ったのだ。
きっと、クェルにとってはまだら熊の魔獣討伐に、俺の力は必要ないのだろう。何せ、俺が倒れる前提でここまで強行軍で走破したのだから。
普通の鉄級の冒険者なら、ここまで走りきることなんて無理だったはず。たとえ走り切ったとしても、鉄級冒険者の実力なんてたかが知れてる。
クェルの実力のほどはわからない。でも、彼女は一人で魔獣に挑むつもりだったはず。
俺がまだら熊の魔獣に敵うはずはない。でも、見つけることならできるはずだ。リラと一緒なら、きっと。
俺の目を見て、クェルは口を開いた。
「ケイスケ、あんたが魔獣を探すの? 本気で? ほんとに?」
クェルが半ば呆れたような、半ば驚いたような声をあげた。とはいえ、完全に否定するでもない。彼女の目は、真面目に考え込んでいる時のそれだった。
「ああ、そこは任せてほしい」
「うーん……」
クェルは腕を組んで唸った。
俺が無茶をしようとしているとでも思っているのだろう。まあ、無理もない。彼女から見れば、俺はたかだか鉄級の新人にすぎない。さっきまで村までの道を必死についてきて、やっと動けてるくらいの存在――少なくとも、そう見えていたはずだ。
「そもそも、俺は何で連れてこられたんだ? 来たからには、何か役に立ちたいんだ」
俺は自分でも意外なほど、真剣に言った。
「……そうね。正直に言うと、村に着いた時点であんたはもう動けないと思ってたんだよ。だから、ちょっと想定が外れたというか、なんというか」
「じゃあ俺は、もしかして安全な場所で寝てればいいってことだったのか?」
「う、うん。ぶっちゃけ、そう」
あっさりと言われた。まあ、納得ではある。普通だったら、そうなっていただろうから。
「というか、まだら熊の魔獣って、結構厄介なんだよ? 姿を隠す魔法を使うから、見つけるのはもっと厄介なの。わかる?」
「わかってるよ」
「じゃあ、どうやって見つけるの?」
「その前に、その厄介な魔獣を、クェルはどうやって斃すつもりだったんだ?」
俺は問い返した。クェルは少しきょとんとした後、にっと笑った。
「ん? そんなの、襲ってきたところを返り討ちだよ!」
……もっと策があるかと思ってたんだけど。
「さっき村長と話して、村人を教会に避難させるように言っておいたから、そこに来るはずだしね。待ち構えるだけだよ!」
意外と考えてはいたらしい。クェルのことだから、勢いだけで動くのかと思っていた。しかし物的被害はともかく、人的被害を最小限に抑えるように動いているのは彼女のスタイルなんだろう。
「なるほど。じゃあ俺が魔獣を見つけられれば、クェルももっと楽になるよな?」
「そうだね」
クェルは少し目を細めて俺を見た。だけど、そこに疑いはない。むしろ、「で、どうやって見つけるの?」という期待が混じっているように思えた。
俺はそれに答えるために、影に向かって呼びかけた。
「リラ、人前バージョンで姿を見せてくれ」
『はいよー』
いつもの軽い返事。次の瞬間、俺の肩に淡い光が立ち上がる。
普段は闇の精霊かと思える真っ暗な人型の姿は、今は淡く光っている――リラが現れた。
「およ!? 精霊!?」
リラの姿を見て、驚いたようにクェルが声をあげる。
『光の精霊のリラでーす』
リラは手をひらひら振りながら、気の抜けた自己紹介をした。
クェルはそんなリラをまじまじと見つめ、俺の顔を見て、またリラに戻す。そんなことを何度か繰り返して、彼女は大きな声をあげた。
「そっか、精霊なら魔獣を見つけられるね! やるじゃん、ケイスケ!」
「痛っ!?」
肩をバシンと叩かれる。全力だった。しかし笑顔のクェルがそこにいた。
「そういうことなら、任せるよ!」
俺は肩をさすりながら、ほっと息をついた。信頼されたのはありがたい。けれど、これからが本番だ。
クェルが親指を立てて笑う。無邪気なその顔の裏に、戦いに対する覚悟が確かにあった。
こうして、俺たちは夜を待つことにした。まだら熊の魔獣が、村に近づくその時を。
リラは俺の影に戻りながら、小さく呟く。
『ケイスケ、ちょっと楽しそうだねー』
「……否定はしない」
この世界に来て、できることが増えてきた。それがたとえ危険と隣り合わせでも、今の俺は役に立てる。
来てみろよ、まだら熊。お前の擬態なんて、光の前には無意味なんだ。
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