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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第二章「領都ハンシューク:命を背負う歩み」

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第九十一話「闇夜の疾走、休みなし!」

 こっちが困惑していると、クェルはむしろ「何言ってんの?」という顔をして返してくる。いや本気で言ってるのか、それ?


「クェルだって、一旦帰って休んだほうがいいんじゃないか? というか、俺はそうなんだけど?」

「私は大丈夫! 家って言っても借家でこの一か月は帰ってないし、全然問題ないよ」

「いや、だけど――」

「はい、うだうだ言ってないで、さっさと行って戻ってきなさいよ。その間に私が依頼を見繕っておいてあげるから」


 有無を言わせない勢いで言われ、俺は結局頷くしかなかった。

 ため息を吐きつつ、リーム家へ戻ると、リームさんは外出していた。代わりにイテルさんがいたので、簡単に事情を説明する。


「クェルって人と、ちょっとこのまままた一泊の依頼に行くことになって」


 銀級の冒険者と一緒に行動するという話を聞いて、イテルさんは少しだけ心配そうな顔をしたが、最後には「気をつけてね」と送り出してくれた。


『なんだか忙しいねー』

「本当にな……」


 やる気が出なくてだらだらとまたギルドに向かっていると、リラの軽い声が頭に響いた。


 再びギルドに戻ると、クェルは腕を組んで外で待っていた。日は傾き始め、あたりはオレンジ色に染まり始めている。

 俺に気づいたクェルが、のしのしと歩いてくる。


「やっと来たわね」

「これでも無駄なことはせずに行ってきたんだけど」

「別に怒ったりしてないじゃない。じゃあ行くよ!」


 そう言って歩き出そうとするクェルだが、俺はその隣で足を止めた。

 とても気になるものがあったからだ。


「……この周りの人たちはどうしたんですか?」


 そこには、倒れたまま白目をむいている冒険者たちが五人。全員、どう見ても屈強な男たちだ。

 それを見て、クェルがなんでもないというふうに答えた。


「ああ、これ? 気にしないでいいわ。ただちょっとぶっ飛ばしただけだから」

「ぶっ飛ばしたって、えぇ……?」

『見事に気を失ってるねー』


 いったい何がどうなって、こうなっているのか? そしてリラの声が妙に楽しそうなのはなんでだ?


「気にしない気にしない、さっさと行くわよー!」


 全然気になるんだけど。と思いながらも、俺はその場を離れ、慌ててクェルと歩き出した。


「えっと、どこへ行くんです?」

「別に敬語なんて使わなくていいわよ。私も使えないし」

「……わかった。クェル。これでいいか?」

「うん、いいわ!」


 にっこりと笑う彼女を見て、なんだか悪い人じゃないんだろうなと思えてしまうのが不思議だ。


「で、行き先だけど、ターランス山地よ」

「……遠くない?」


 ターランス山地と言えば、王都との間にある大きな山地で、ここからは丸二日かかる場所だ。


「あっけらかんとそんな……」

「別に大したことないわ!」

「いやいやいや、そんな旅の準備もしてないし……」

「そんなにかからないから、大丈夫よ!」

「いや、でも二日……」

「走っていけば大丈夫!」

「ええぇ……」

「さ、走るわよ! 依頼内容は、ターランス山地に出たまだら熊の魔獣退治よ!」

「え、まだら熊って。しかも魔獣?」


 その名を聞いて、俺の中で警報が鳴った。

 あのミネラ村で戦ったまだら熊と同じ種類、しかも魔獣化してる? それって、俺が出ていい依頼じゃないのでは。


「それって本当に、俺が受けていいやつ?」

「……あっ! …………大丈夫よ!」


 目を逸らした。絶対大丈夫じゃないやつだ!?


「ダメだろ!」

「大丈夫よ!」

「ステラさんに怒られるぞ」

「だ、大丈夫よ!」

「俺、危なくなったら逃げるからな?」

「あ、それは本当に大丈夫よ。まだら熊なんかに負けないから」


 その言葉には、妙に揺るぎない自信があった。

 見れば、クェルの目は真っ直ぐだった。


「……まあ、そう言うなら、とりあえずついていくよ」

「うんうん。私に任せておきなさい! さあ、走るわよ!」


 空が赤く染まり始める中、クェルは軽やかに駆け出す。

 俺も、深く息を吸い込んでから、その背中を追いかけた。


『あはは、なんか面白くなってきたわねー』

「頼むから笑ってないで、少しは警告してくれよ……」


 そうぼやきながら、俺は迫りくるトラブルの気配に、腹を括るしかなかった。


 それから夜になるのは、本当にあっという間だった。

 月の出ない夜というのは本当に暗い。あたりは完全に闇に包まれ、目を凝らしても何も見えない。


 光球の魔法を出して辺りを照らしながら走ればいいかと思ったが、クェルには灯りの類を使うことは禁止された。

 なんでも、その光に厄介な虫やら獣やらが寄ってくるから、だとか。

 別にその程度ならクェルの敵ではないらしいのだが、ただ単に相手をするのが面倒だとのこと。


「でも流石に危ないんじゃないか?」


 俺がそう言うと、隣を走るクェルはにかっと笑った。


「大丈夫よ! 肉体強化魔法で視力を強化すればいけるわ」

「そんなことできるのか?」

「できないの? 目に魔力を集中して、見えろーってやればできるわよ!」


 ……ずいぶん雑な説明だなと思いつつも、試してみることにした。目に魔力を集中して、心の中で「見えろ」と念じる。すると、さっきまで真っ暗だった視界に、ぼんやりとだが輪郭が浮かび上がってきた。


「おお……確かに、見えるようになった」

「でしょ? あとは魔力波で地形を捉えれば転ぶことはないわよ」


 魔力波、というのは昨日マルモグラと戦ったときに使ったやつだ。感覚を広げて、空間の密度の違いや動きを読み取る。

 それを走りながらやれって、言うのは簡単だが、相当な処理能力がいる。


 クェルは俺の足に合わせてくれているのか、速度はそれほど速くない。だけど領都を出てから、もう三時間はずっと走り続けている。俺の方もまだ余裕はあるが、さすがにいつまで続くんだと思い始めた頃――。


「とりあえずは、ターランス山地の麓のデンズ村までかな! そこで情報収集もしたいから!」

「デンズ村……。麓って、もうそれターランス山地じゃ?」

「そうともいう!」

「マジか」

「マジ!」


 クェルは明るく笑うが、暗いし初めての場所だし、今どこをどう進んでいるのかさっぱりわからん。いや、マジで。


「大丈夫!」

「絶対それ大丈夫じゃないだろ!?」


 クェルがめちゃくちゃな女だってことだけは、よくわかった。


「飯はどうするんだよ?」

「あ、私がパン持ってるから分けてあげるよ!」

「いつ食べるんだ?」

「え? 走りながら」

「おいおいおい!」


 冗談かと思ったが、クェルは本気らしい。


「っていうかあんた、まだまだ余裕そうだね? 速度上げる?」

「はあ!?」


 返事も待たずに、クェルはすっと速度を上げた。まるで風のような身のこなしで、闇の中を駆け抜けていく。


「はや!?」

『ケイスケ、離されちゃうよー』


 リラの念話が耳に届く。


「っ! ……だな!」


 俺もあわてて速度を上げて、クェルを追いかけた。


「お、やるね! ついてこれるんだ?」

「な、なんとか!」


 クェルはにやっと笑い、さらにペースを落とさず走り続ける。

 しかし俺はというと、スピードが上がった分、地形の把握も格段に難しくなってきた。目に魔力を集中し、さらに広範囲を探るように意識を拡げる。

 ただ走るだけなのに、ものすごい集中力がいる。息はまだ切れていないけど、意識がすり減っていく感じだ。


『ケイスケ、前方に大きめの岩があるよー! あと、その先には沼もー!』


 リラの声が俺を救う。

 前にある岩を飛び越え、ぬかるみを避け、また走る。枝が顔にかかりそうになったら屈み、木の根を飛び越える。


 走って、避けて、跳んで、また走って――。


「……っ!? ――!?」


 もう余計なことを考えている余裕はなかった。

 完全に目の前の地形と、リラの声とクェルの背中だけに集中する。


 彼女の動きは、まるで踊っているようだった。軽快で、無駄がなく、どこにも衝突や引っ掛かりがない。あんな暗がりでも余裕なのか。


「よっ! ほっ! はっ!」


 軽い掛け声まで出してるあたり、まだ全然余力があるのか……。

 俺も、俺なりに必死に食らいついているつもりだったけど、差は歴然だった。


 銀級冒険者――。

 この世界で、命を懸けて最前線に立つ者たちの実力。

 俺はまだその背中を追いかけているだけで、並ぶには程遠い。


「……くっ」


 自分の息づかいが、少しずつ荒くなっていくのを感じながら、俺はその差をひしひしと実感していた。


 でも。


 それでも。


 俺は――足を止めなかった。

 止めてなるものかと、歯を食いしばりながら。


 夜の闇は深く、月も星も出ていない。

 だけど、不思議と怖くはなかった。


『大丈夫、ちゃんと見えてるよー。その調子、その調子ー!』


 リラの言葉に、ほんの少しだけ、背中を押された気がした。


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

お気に入り登録や評価をポチッといただけると、とても励みになります!

コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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