第九話「雨上がりの旅立ち」
それから二日が経ち、ようやく雨は上がった。太陽の光が森を照らしている。
「やっと晴れたな……」
俺は腕を大きく広げ、久々に浴びる太陽の温かさを全身で感じた。長く続いた雨のせいで体も心も湿っぽくなっていたが、今は自然と笑顔になれる。
ゴンタも同じように両手を広げて、気持ちよさそうに伸びをしていた。
「アサヒ、キモチイイ」
「本当にな」
振り返ると、ここ何日も過ごした岩場には、俺たちの生活のあとが残っている。
ここで過ごすことはもう二度とないのだと思うと、こみ上げてくるものがある。
でも、雨は上がった。
青い空を見上げて、口にする。
「……よく言うよな。『止まない雨はない』って」
「ソレ、イイコトバ」
使い古されたような、日本だったら誰もが知っている言葉だ。
だけど、現実に使うような人はいない……少なくとも、俺の周りではいなかった。
聞くのはドラマとか映画の中だけ。
それをまさか、自分で口にするとは。
ゴンタの言葉になんだか気恥ずかしくなって、頬を人差し指で掻く。
旅支度はもう終わっている。
長雨の中、蔦で籠を編み、石と石を打ち合わせて削り、ナイフや斧のようなものを作った。
森は雨の中でも、多くのものを恵んでくれたのだ。
それらを身に着けている俺とゴンタ。
「じゃあ、行こうか」
俺の言葉に、ゴンタが頷く。
俺たちは森の中をゆっくりと歩き出した。これからの旅の始まりだ。
ふと空を見上げると、遠くにあの黒い影が見えた。
「……久しぶりに見たな」
空を悠々と飛ぶドラゴン。
「ゴンタ、あれってやっぱりドラゴンなのか?」
「アレ、リュウ」
「竜? 龍か? どっちだろう……まあ、どっちでもいいか」
ドラゴンという名称ではなく、リュウか。
異世界に来てから、俺が思い描いていたようなドラゴンの姿を初めて見たときは興奮したものだ。けれど、今はもうその存在に驚くことはない。むしろ、そこにいるのが当たり前のように感じられる。
木々の間にドラゴンが見えなくなって、前を向く。
周囲には、折れて倒れた木々に、湿った地面。ぬかるんでいる場所も多い。
そんな中を、足場を確認しながら進む。
先導するゴンタの足取りは迷うことはない。
「ところでゴンタ。俺たち、どこへ向かうんだ?」
「アッチ」
ゴンタが指を差したのは東の方向だった。
「ニンゲン、イッパイ」
「人間……?」
俺と同じ存在がいるのか。
この世界に来てから、ゴブリンたちとしか接してこなかった。異世界の人間がどんな姿をしているのか、どんな文化を持っているのか。期待と不安が入り混じる。
でも、その前に……。
「メイコ……」
自然と彼女の顔が頭に浮かんだ。
旅立つ前に、もう一度会っておきたかった。でも、今のメイコたちにはそれどころではない。集落を再建するために、彼女たちは必死に動いているはずだ。俺がそこに行ったところで、足手まといになるだけかもしれない。
後ろ髪を引かれる思いで、俺は首を振った。
人間。
ゴンタは明確にそれを自分たちとは違う種族として認識している。
やはり、ゴンタたちは俺とは違う人種である、ゴブリンだということだ。
「なあ、ゴンタ。ひとつ聞きたいことがある」
「ナニ?」
「なんで、お前らは俺を受け入れてくれたんだ? それに、なんであんなに平伏してたんだ?」
俺は思い出した。集落には丸い石が祭られていて、ゴブリンたちはそれに平伏していた。そして、俺にも同じように。
人間である、俺に。
「ケイスケ、カミサマ」
「……神様?」
ゴンタの答えは、俺の想像の斜め上だった。
「ソウ、カミサマ。メイコ、イッタ」
メイコが?
確かに俺は、彼らに道具の作り方を教え、火を起こす方法を伝えた。でも……。
「俺は人間だ。神様なんかじゃないよ」
むしろ助けてもらってばかりだ。俺のほうが、ゴンタたちに感謝しなきゃいけないくらいなのに。
しかし、ゴンタは笑って首を振った。
「ケイスケ、カミサマ。タスケル、ホコラシイ」
どうやら、俺=神様という考えを改めるつもりはないようだ。
メイコは何故俺なんかを神様だとゴンタたちに伝えたのだろう?
メイコには、何がわかっていたのだろう。
もう、その理由を彼女に聞くことはできない。
神様なのに、そんなこともわからないんだ。
「……とんだ神様もあったもんだ」
俺は苦笑した。
「ケイスケ、カミサマ」
「もう、わかったって」
ゴンタの考えを変えることなんてできないだろう。
ならそうだ、どうせなら神様らしく言ってみよう。
「じゃあ、神様らしく言うか。――ゴンタよ、我を人間たちのもとへ案内するがよい!」
「ハハー!」
俺の意を汲んで、ゴンタはわざとらしく平伏した。
俺たちは笑い合い、再び歩き出す。
晴れ渡った空には、もう雲一つ浮かんでなかった。
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