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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第二章「領都ハンシューク:命を背負う歩み」

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第八十九話「銀級の冒険者」

 ギルドの奥、応接室のような部屋に通され、俺は無理やり座らされた。


「なんでケイスケ君がここに?」

「それはマジで俺が聞きたいです」


 正直、意味がわからない。なんで俺まで同席してるんだ。


「……てへ」


 隣でペロリと舌を出す女。その仕草は可愛いっちゃ可愛いが、許せるかどうかは別問題だ。

 ため息をつくステラさん。その表情に疲労の色が濃く浮かんでいる。


「クェルさん、貴方また……。いくら怒られるのが嫌だからって、子供じゃないんですからね」

「だ、だってステラ、絶対に怒るじゃん! そういう顔してるじゃん!」

「だってじゃありません!」


 ステラさんと、その女――いや、今名前が出たな。クェル、というらしい――が口論を始める。いや、これはもう日常風景なのかもしれない。どこか漫才のようなやりとりに、妙な既視感を覚える。

 俺の腕はまだ、クェルにしっかりと掴まれていた。逃げるつもりはないが、こうもしがみつかれていると、むしろ逃げたいという気持ちが沸き出てくる。


「ステラ、ため息はいてると、幸せが逃げちゃうよ?」

「誰のせいですか!?」


 本当に仲良さそうだな、この二人。

 俺はそんな様子を見ながら、目の前にいるこの小柄な女、クェルという人物がどういう存在なのか、少しずつ理解していく。まず、筋金入りのお調子者だ。そして、かなりの問題児でもある。

 だが、腕っぷしの強さは本物だ。見た目からは想像もできないほどの力強さを掴まれた腕からひしひしと感じる。


『ねえねえ、あの子、ちょっと面白そうー?』

「面白いっていうか……面倒そうの間違いじゃ」

『まあまあ、仲間探してたんでしょー? 見つかったんじゃない? 落ちてたやつー』

「いや、だからそれは……」


 そう、リラの言う通り、俺は仲間を探していた。今はもう、ダッジたちとは距離をとるつもりだし、かといって雑用を笑うようなやつとは関わりたくないと思っている。

 だがこのクェルという女……確かに笑ってはいた。でもそれは、ただバカをやって笑っているだけで、誰かを貶めるようなものじゃない。そんな気がした。


「あんた、ケイスケって言うんだ?」


 急にクェルが話しかけてきた。掴んだ腕を離し、身を乗り出してくる。


「なんかさ、あんた、地味なのに意外と強そうなんだよねー。なんで?」

「……どこに地味って要素があったのか、詳しく」

「顔?」

「……お前、正直すぎだろ」

「ふふー、まあいいや! ねえ、今度一緒に組んでみない? なんか面白そうじゃん、あんた!」


 勢いよく、手を差し出してくるクェル。


 俺はその手を見て、しばらく黙っていた。けれど――。


「……まあ、試しになら、いいかもな」


 そう言って、差し出された手を取った。

 新しい仲間が、転がってきた。少なくとも、今はそう思っておこう。


「話がわかるねー! いいじゃんいいじゃん! いいよあんた!」


 手をがしっと掴まれて、ぶんぶんと上下に振られる。嬉しそうに笑う彼女の顔は、まるで子供のようだ。……いや、見た目は明らかに成人女性なんだけどな。


「……あんたじゃなくて、ケイスケだ」

「ケイスケ!」


 今度は左右に振り出した。いや、笑顔なのはいいが、普通に痛い。


「いい加減、手を離せ! 振り回されると痛いんだが!?」

「でもケイスケ君、本当にいいんですか? この子、こんなですよ?」


 ステラさんが何気にひどいことを言った。でも、その「こんな」に該当する張本人――クェルは、まったく気にしていない。

 この感じ、他人の感情の機微に鈍いタイプか?


「えー? でも私銀級だよ! 強いよー」

「……え?」


 一瞬、耳を疑った。俺の目が自然と受付カウンターのステラさんへ向く。彼女は静かに頷いた。


「マジか……」


 俺の口から、素の感想が漏れる。目の前で手を振っていたお調子者――クェルは、まさかの銀級冒険者だった。

 銀級っていったら、もう中堅どころかベテラン扱いだ。新人の俺が一緒に組んでいいような存在じゃないはず。


「っていうか、俺まだ石級のペーペーなんですけど。銀級と組んでも問題ないんですか?」

「別にそんな規則はないですよ。それに……」

「それに、なんです?」


 やっぱり何かあるのか。罰則とか、冒険者ランクの差による制限とか。


「ケイスケ君はもう鉄級に昇格です。デメリットがあるのは、むしろクェルさんのほうですよ」

「そうそう、流石に鉄級と組むとなると、依頼の等級は下がっちゃうからねー。っていうか、ケイスケって石だったの?」


 クェルがあっけらかんと言う。銀級の冒険者が鉄級と組むと、依頼内容の等級は下がってしまう。つまり、実力的には問題なくても、効率としては悪くなるってわけか。


「銅級くらいまでなら依頼等級は上に合わせることになるんですが、銀級となるとそうもいかないんです」


 ステラさんが説明を補足する。


「そういうものなんですね……」

「そうそう! そうなんだよ! だから、私と組めることを感謝しなさいね!」

「……ウザ」

「えっ!? ひどくない!? ねえあんた、ひどくない!? 私銀級だよ!? あんたが簡単に組める相手じゃないよ!? 会えるだけでもレアなんだよ!?」


 うるさい。ぎゃーぎゃー騒ぎ出すクェルを横目に、俺はステラさんに視線を向けた。

 そもそも、だ。


「……あの、クェルの依頼達成の報告ですよね? 早く終わらせちゃいませんか?」


 俺の一言に、ふたりの動きが止まった。


「そ、そうね。早くやってしまいましょう」

「そ、そうだね! 私もお腹減ったしね。ステラ、早く!」

「誰のせいでこうなってると! まったく……。いいわ、早く報告してください!」


 ステラさんがぱさぱさと書類を広げ、クェルが報告に入る。今回の依頼は、南方のラプトワ大河に現れた『海豚魔獣』の討伐らしい。

 ラプトワ大河……確か、リームさんに教わったことがある。広大な川で、ビサワとの国境にもなっていて、川を渡るには船しかないって話だった。


「……海豚の魔獣って、どんなのだったんです?」


 興味本位でクェルに尋ねてみた。


「おや? 聞いちゃう? 聞いちゃう?」


 ニヤニヤと得意げに口をとがらせるクェル。絶対もったいぶるタイプだ。面倒なので――。


「ステラさん、教えてください」

「って、なんでよ!?」


 すかさず反応するクェル。この反応速度、嫌いではない。


「もちろんいいですよ。海豚の魔獣は、報告によれば白頭海豚の魔獣とのことです。大河にいるものとは別種で、恐らく海から上がってきた個体だったのでしょう。今回の個体は体長およそ十五マルト。通常の白頭海豚の三倍ほどの大きさだったとか」

「十五マルト……鯨くらいの大きさじゃ?」

「そうですね。鯨ほどの大きさだったと聞いています」

「……それを、討伐したんですか?」


 俺の視線が、自然とクェルに向いた。


 ……この女が?


「なによー? ……あっ! もしかして見直した? 私の功績を聞いて、見直したんだ?」


 いや、むしろ不安が増した。

 リラが俺の影の中で、くつくつと笑っている。


『なかなか面白い子だねー。うっかり気を抜くと、えらいことになるかもねー?』


 ……それはどっちの意味だ?


 とにかく、組んでみるとは言ったものの、俺はこのウザい銀級冒険者と、本当にうまくやれるんだろうか。


 正直、不安でしかない。


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

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コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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フ、僕の目に狂いはなかったぜ。 最近誤字が減っていてうれしいです
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