第八十八話「落ちてた仲間?」
「依頼達成。ご苦労様」
受付嬢のステラさんは、柔らかな笑顔でそう言ってくれた。
冒険者ギルドで、俺たち四人は報告を済ませた。前回は報酬を固辞してしまったが、今回はちゃんと四等分だ。……まあ、釈然としない部分がないわけじゃない。けど、また魔石をもらえるって聞いたときには、それでいいかと思えた。
今回の魔石は茶色。土属性のやつだ。
「よっしゃ、酒だな! 行こうぜバンゴ、ズート!」と、ダッジが陽気に手を叩きながら言う。
「おう!」とバンゴ。
「……」ズートは無言で頷くだけ。
三人はそのまま酒場へ向かっていった。俺も、一応という形で誘われはしたが、やんわりと断った。
時刻はまだ昼。酒を飲むには早すぎるし、それよりも俺にはやることがある。
『このあとどうするのー?』
リラが念話で話しかけてきたので、俺はひとりごちるように返す。
「依頼を探すついでに、仲間探し、かな」
そう答えながら、依頼掲示板へ向かう。石や鉄ランク用の板には、今日も雑用系の依頼が多い。
今回のマルモグラ退治みたいな魔獣系なら一人でこなせる実力はある。けど、等級が足りないせいで、その手の依頼を受ける資格すらないのが現状だ。
もちろん、ダッジたちと組めば可能だろう。でも、それじゃ意味がない。あいつらと組んでも、きっとまた嫌な思いをするだけだ。
「かといって、この間の掃除のときみたいな子もまた、なあ……」
真面目にやっていた俺を嘲笑うような態度、あれには正直うんざりした。
「どこかにいい仲間は落ちてないものか」
そんな独り言を漏らしたときだった。
『あ、落ちてるよー』
「……んん? 何が?」
『仲間ー?』
とぼけたように言うリラ。
『ほら、あそこ。部屋の隅ー』
ギルドの中を見渡す。リラの言う通り、部屋の隅に丸まってうずくまっている人影を見つけた。
「……ほんとだ」
誰かが、寝ているのか、倒れているのか、ギルドの壁際で身体を小さく丸めている。栗色の髪が長めなのはわかるけど、性別も年齢も分からない。誰も声をかけようとはしないが、視線を向ける人はいる。どうやら無視されているわけじゃない。
「あれ、人間、だよな?」
『そうだねー』
リラの肯定に背を押されて、俺は近づいた。どうにも気になる。
しゃがみ込んで観察する。呼吸はしている。死んではいない。汚れた顔に、そこそこいい装備。抱いている剣も、実際に使われてきたような傷がある。
「ホームレスか?」
そう呟きながら、指先でツンツンとつついてみた。
「わひゃっ!?」
突然、体をびくっと震わせる人影。
甲高い声。体格的に子供か女性、そしてその声は間違いなく女性のものだった。
「なになになに!?」
寝ぼけ眼で周囲を見渡し、やがて俺に視線を向けた。
女性だった。年の頃は……二十歳前後だろうか。肩までのミディアムショートに、すこしボーっとした表情を浮かべているのは寝起きだからか、それとも状況がわからないからか。けれど、どこか芯の強さを感じさせる目をしている。
「……君、誰?」
「えーと、しがない冒険者です?」
当たり障りのない返しをしたつもりだったが、彼女の目がジトっと細くなった。
「それで、そのしがない冒険者は、なんで私の睡眠を邪魔したのかな?」
ああ、これはちょっと怒ってるな。仕方ない、無遠慮に起こしたのは確かだ。
「その前に、貴方こそなんでこんなところで寝てたんです?」
少し無礼かなとは思ったが、こっちの疑問の方が先だろう。なにせ、人の往来が多いギルドの床で寝ていたのだから。
というかほんと、なんでなんだ?
「ん? こんなところって――」
辺りを見渡す彼女。ギルド内の視線に気づいた瞬間、彼女の顔色が変わった。
「あーーーーー!? まずい!? またこんなとこで寝てた!?」
目の前で叫んだ女を前に、俺はただ呆気に取られていた。ギルドの隅で倒れているように寝ていたその女が、突然起き上がって叫んだかと思えば、次の瞬間、あの声を聞きつけて駆け寄ってきたのは――。
「やっと起きましたね! ケイスケ君、お手柄よ!」
ギルドの受付嬢、ステラさんだった。
「ステラ!? ち、違うのよ、これはねっ!? ……えっと」
何かを言い訳しようとするその女の目が泳ぐ。だが、ステラさんはすでに容赦のない構えを見せていた。
「ずっと見てたから知ってます! なんなら、昨夜からここで寝込んでいたのは職員の共通認識になってますから」
「えええぇ!? ち、違うの!」
「何が違うっていうんですか?」
すごいなこの人……まさか一晩中ここで寝てたのか。そりゃあ目立つはずだし、ギルド職員にも気づかれて当然だろう。
あたふたと両手を振って弁明を試みる女は、突然俺に向き直って、肩をガシッと掴んだ。
「……は?」
ついその場所を凝視してしまう。
そして俺の肩を掴んだまま、彼女は続ける。
「そ、そう! この子! この子がね、ここで寝てもいいよーって! だから、私疲れてたから、そう言われたら断れないっていうか、ね!?」
「いや……そんな記憶は――うぐっ」
否定しようとした瞬間、肩に強い痛みが走った。こいつ、すげえ力だ……女っていうか、なんか……ゴリ……いや、やめよう。口に出したら命が危ない。
ステラさんは呆れたように、深くため息を吐いた。
「ハー……。そんなわけないでしょう? ケイスケ君は昨日から泊まりで依頼に出てて、ついさっき帰ってきて報告したんですから」
「えっ!? まさかそんな」
「まさかもなにも、事実です」
俺が頷くと、女は「裏切ったな!?」と捨て台詞を残した。いや、俺何もしてないからな?
「とにかく、貴方は早く報告をする! 降格されたいんですか!? いつものように別室で聞きますから、急いでください!」
「ハイ! します!」
ピシッと直立不動で返事する女。その反応だけ見れば、すごく素直に見える……が、実際はどうだか。
ステラさんがくるりと踵を返し、歩き出す。そのあとに女がついて行く……かと思いきや。
「えっ、おい?」
俺の手が、女にガッチリと掴まれていた。動こうとしてもびくともしない。
「なんで俺が掴まれてんの?」
「いいでしょ!?」
「何が!?」
意味がわからない。わからないが、そのままズルズルと俺は引きずられ、ステラさんのあとを追う形になった。周囲の冒険者たちの視線が痛い。あれはもう完全に、連行される家畜の目だ。
『……ドナドナだねー』
うるさいリラ、今それを言うんじゃない。
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