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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第二章「領都ハンシューク:命を背負う歩み」

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第八十六話「こいつ、息が切れないんだが?」

 ギルドの掲示板から離れようとしたとき、不意に背後から聞き慣れた声が飛び込んできた。


「よぉ、ケイスケ! また一緒に依頼、どうだ?」


 振り返ると、そこには少し軽薄そうな笑みを浮かべた小人族の青年――ダッジが手を振っていた。肩にかけた荷袋が小さな体に不釣り合いなくらい重たそうだが、本人はまったく気にしていない様子だ。その背後には、見上げるほどの巨漢であるバンゴと、長髪で無口なズートの姿もあった。この間一緒に依頼をこなした三人組。少し癖はあるが、悪い印象は別になかった。


「依頼? 内容はなんです?」

「今回は、泊まりでモグラ退治だ!」


 ダッジが声を弾ませながら地図を取り出す。広げられた羊皮紙の上に指を滑らせていくと、小さな村の名前が目に留まった。


「モグラ……退治?」

「そうそう。東のカント村にな、でっけえ魔獣のモグラが現れたって話だ。畑が穴だらけで、作物が全滅しかけてんだと。村人が困ってるらしい」


 地図を眺めれば、確かにギルドから半日ほどの距離だ。往復するには宿泊が必要だろう。簡単な討伐とはいえ、準備を怠るわけにもいかない。


「まあ心配すんなよ。モグラの魔獣退治なんて、大したことねえからよ。な?」


 ダッジが胸を張ってみせる。すると、バンゴが無言で頷き、ズートは目を細めただけだったが、三人ともどこか余裕のある表情を浮かべている。

 俺は少し迷ったが、すぐにうなずいた。


「わかりました。ご一緒させてもらいます」


 せっかくのお誘いだし、断る理由もなかった。彼らとは一度一緒に行動しているし、少なくとも信頼はできる相手だ。なにより、俺自身にも経験が必要だった。どんな依頼でも、現場に出て学ぶことは多い。

 翌朝、俺たちはまだ日が昇りきる前にギルド前で集合し、カント村へと向かった。村までの道は舗装されておらず、緩やかな起伏の続く草地と、小道を縫うようなルートだった。馬車を借りるほどの距離でもなく、俺たちは徒歩で進むことになった。


「皆、小走りで行くぞ。疲れたら休憩だ。……おい、ケイスケ。肉体強化魔法、使ったことあるか?」


 先頭を進みながら、ダッジが振り返って尋ねてくる。


「ええと、一応あります」

「なら使え。あれ使うと、疲れにくくて身体が軽くなる。魔力が続く限りな」

「なるほど。やってみます」


 俺は立ち止まり、意識を集中させて肉体強化の魔法を発動した。魔力が体内を巡る感覚があり、脚がぐっと軽くなる。まるで重りが外れたかのような錯覚だ。


「おお、たしかにこれは……軽い!」

『へー、肉体強化の使い方も上手くなってきたねー』


 影から、リラの念話がふわりと届く。少し得意げになっている俺を見透かすように、彼女はすぐに釘を刺してきた。


『だからって調子に乗って魔力枯渇だけは気をつけなよー? 意識してないと、いつの間にか魔力切れになるからねー』


 まだその魔力切れになったことがないんだよな。と、俺は苦笑しつつも、助言を心に留める。

 それからしばらく、俺たちは小走りで草原を駆けた。通常ならば息が切れてもおかしくない距離だが、肉体強化の効果か、体はまだ軽く、汗もほとんどかいていない。


 ふと、ダッジたちに目をやると――その様子が少しおかしかった。


 ダッジの額には玉のような汗が浮かび、呼吸も乱れている。バンゴは無言で歯を食いしばりながら走っており、ズートも苦しげに肩を上下させていた。


「……そろそろ、休憩、するぞ……」


 ダッジが言い終えるか終えないかのうちに、バンゴとズートがほとんど同時に草の上に腰を下ろした。


「……やっとかよ」


 バンゴが呻くように言い、ズートは無言のまま天を仰いだ。

 俺も隣に腰を下ろし、深呼吸をひとつ。吹き抜ける風が心地よい。思わず口元が緩む。


「いやー、教えてもらったおかげで、すごい楽でした! ありがとうございます」


 素直な気持ちを言葉にしたのだが――三人の視線が一斉に俺へと向き、そのまま数秒の沈黙が流れた。気まずさを感じるほどの間。やがて、そっと目を逸らされる。


『うわー、なんか気まずい空気になってるー』


 リラの声が、半ば楽しげに脳内へ響いた。いや、俺としては礼を言ったつもりなんだけど……。


「……お前、魔力、多いのな……」


 ダッジがぽつりと呟く。


「え、そうかな?」

「肉体強化を長時間続けて、全然息が乱れてねぇ……普通じゃねぇぞ。お前、魔法も使えるのか?」

「ええ、まあ」

「……そんなん、聞いてねえぞ……」

「……だから、か」


 バンゴとズートもぼそっと呟く。


「別に隠してたわけじゃないですけど……」


 俺が魔法を使えることが、それほど珍しいことなのか? 以前、モンドから聞いた話が脳裏をよぎる。


 この世界では、魔法適性のある子供は非常に貴重とされている。適性が判明した時点で魔法の教育が始められたり、貴族の養子となったりして、一般社会とは隔絶された教育を受けることが多い。そうした子供が、冒険者などという危険な生き方を選ぶのは、かなり珍しいことなのだ。


「……どんな魔法が使えるんだ?」


 ダッジの声が少しだけ慎重な響きを帯びていた。


「光の魔法ですよ」

「光って……マジかよ」


 思わず目を見開くダッジ。驚きが隠しきれていない。


「すげえな。将来の司祭候補じゃねえか」


 バンゴが感心したように頷く。


「とりあえず安定して使えるのは、光球と、防壁と、治癒くらいですかね」

「三つも使えるのか? やばいな、お前。なんで冒険者なんてやってんだよ。神学校行くか、どっかの家に仕えるかすりゃ、余裕で生きてけるだろ」

「まあ、いろいろあるんですよ」


 軽く肩をすくめて誤魔化す。まさかさすがに異世界から転移してきて、若返りましたなんて話をしても信じてもらえる気がしない。


『あははは! ほんとのことは言えないよねー』


 リラのからかうような念話に、つい苦笑が漏れた。


 俺たちは再び歩き出した。空は高く澄み、道の脇には小さな花が揺れている。ときおり風に乗って、草の匂いが鼻をくすぐった。

 あれこれ話しながら歩いていくうちに、遠くに屋根の並ぶ景色が見えてきた。カント村が、ついに視界に入ったのだ。

 のどかな農村。けれど、その地下には魔獣が潜んでいるという。どんな相手が待っているのかは分からない。しかし、不思議と怖さはなかった。


 ――大丈夫。今の俺なら、きっと対応できる。


 そう思えるほどに、自分自身が変わってきたことを、俺は静かに実感していた。


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

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コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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