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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第二章「領都ハンシューク:命を背負う歩み」

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第八十五話「実験」

 草原を渡る風が心地いい。

 程よい疲労感を感じながら、草を分けながら依頼達成の帰り道を歩く。


 すると、不意に気配を感じた。


「……ん?」


 草むらがざわめき、小さな影が飛び出してきたのだ。

 前に遭遇したあれだ。穴ウサギの魔獣。

 前回は奇襲気味だったが、今回は違う。

 俺は即座に肉体強化魔法を展開し、両足に力を込めた。


「よっと!」


 跳びかかってきたウサギを、すばやく横にステップしてかわす。

 間髪入れず、拳に力を込め、カウンターで頭を小突く。

 ぽすん、と鈍い感触が手に伝わり、穴ウサギは草の上に転がった。


「……ふう、今回は楽勝だったな」


 一度戦った相手には慣れる。これが経験というものだろう。

 しっかり成長できている感じがする。


 ふと、倒れ伏した穴ウサギを見て思いつく。


「……そうだな。練習台には、最適かもしれないな」


 俺はつぶやくと、穴ウサギに近づいた。

 その小さな体は、まだかすかに震えている。生きている。

 少し気が引けたが、やるしかない。


『何するのー?』


 リラが俺の影の中から、何をするのかと声をかけてくる。


「俺の医学の発展のためだ。スマン」


 俺は自分に言い聞かせるように答えた。

 穴ウサギは何も言わない。ただ弱々しく身を震わせるだけだ。


「まずはちょっと、拘束させてもらうぞ」


 俺は手早く縄を取り出し、手足を軽く縛った。

 動けないようにしてから、まずは鎮痛の魔法を詠唱する。


『命の精霊たちよ、わが手に集い集いて痛苦を緩和させよ……ポヒアン』


 淡い光が穴ウサギを包み込む。

 体の震えが、わずかに収まった。


「効いてるっぽいな。よし、次だ」


 俺は短剣を取り出し、穴ウサギの足に向ける。

 じっとこっちを見てくる穴ウサギに俺は躊躇うも、心を鬼にして短剣で切る。すると穴ウサギの茶色の毛が血で赤黒く滲んでいった。

 鎮痛の魔法が効いているからか、僅かに身じろぎする穴ウサギ。

 そして俺は深く息を吸い、試作中の生命魔法を発動する。


『命の精霊たちよ、その力を以って、裂けた肉体を修復せよ……リペア』


 手のひらに宿った光を、穴ウサギの傷へとかざす。

 ビクン、と穴ウサギの体が跳ねた。


「おお……効いてる効いてる」

『おおー』


 傷口からジュクジュクと肉が盛り上がり、塞がっていく。

 見た目は少しグロテスクだったが、出血も止まったようだ。

 俺は手を止め、穴ウサギの様子を観察した。


 ピスピスと鼻を鳴らしながら、穴ウサギがこちらを見上げている。


「切り傷は治ったな……。ついでに実験だ」

『次は、なにやるのー』

「次は、完全な思いつき。大雑把に魔法を使ってみる」

『えー?』


 そして俺は唱える。


『命の精霊たちよ、その力を以て、このものの肉体を完璧に修復せよ……フル・リカバリー』


 すると、今までとは違う、強い光が俺の手から放たれた。


「おおぉ!?」


 ついでに、はっきりとわかる、魔力の流れ。今まで使ってきた魔法とは、明らかに違うものだった。

 光るというより、輝くといった表現の光に包まれる穴ウサギ。

 それは時間にして数秒のことだった。


「……えっと、どうなったんだ……?」

『……どうだろー?』


 目の前には変わらぬ姿の穴ウサギの魔獣の姿が。


「魔法は発動していたし、体は治ってるはずだけど」


 相変わらず身じろぎしない穴ウサギは縛られたままだ。

 俺は「動くなよー。自由になっても、襲ってくるなよー」と声をかけながら縄を解いた。

 すると解き放たれた穴ウサギは、一目散に草むらへと駆け込んでいった。

 あっという間に姿が見えなくなる。


 少し穴ウサギが逃げ去った方向を見て警戒していたが、その心配はなさそうだった。


「なんで魔獣って、人を襲ってくるんだ?」


 俺はリラに尋ねた。


『うーん、よくわかんないよー』


 リラはのんびりした調子で答える。

 意外だった。精霊なら何でも知っていると思っていたが、そうでもないらしい。


 ふと、惑いの森で出会ったドラゴンのことを思い出した。

 あの時、俺もゴンタも襲われなかった。


「魔獣でも、ドラゴンは別なのか?」

『ドラゴンは、魔獣じゃないよー?』

「えっ」


 目を見開く俺。

 ドラゴンは魔獣と同じカテゴリじゃない? 魔獣の頂点がドラゴンだと思ってたが、違うのか?

 確かに、ドラゴンは人間以上に知恵もあるらしいし、圧倒的な力もある。


「まあ、確かにドラゴンって、特別だもんな……」


 自分で呟いた言葉に、妙に納得してしまった。


 魔獣とは違う存在。

 だからこそ、俺たちは襲われなかったのかもしれない。


「それにしても、魔獣がなんで人間を襲うのか……」


 俺は草むらを見ながらつぶやいた。


 今度、誰か詳しい人に聞いてみよう。

 たとえば、ギルドのハンスさんとか。


 考えながら、俺は歩き出した。


「さて、帰るか。ギルドに依頼達成の報告もしないとな」

『はーい』


 リラが明るい声で返事をする。


 西の空は、夕焼け色に染まりつつあった。


 その時だった。

 がさり、と背後で草が揺れる音がした。


 振り向けば、さっき逃がした穴ウサギが、またこちらを見ていた。


「……襲って、こないな」


 俺は警戒しながらも立ち止まる。


『だねー?』


 リラも不思議そうに言った。


 穴ウサギは、ただじっとこちらを見ているだけだった。

 敵意もなければ、怯えもない。


 俺は小さく笑って、手を振った。


「じゃあな」


 そう言って背を向ける。

 穴ウサギはついてくることなく、そこにじっと立っていた。


 そのまま俺は、草原を後にした。


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

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コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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