第八十三話「エステレル」
ティマに光の精霊がついている。
信じられないという表情だったが、実際に光の精霊と契約している俺の言葉だ。完全には否定できないらしく、マデレイネ様は半信半疑という顔でティマを見つめていた。
ティマの周囲には、淡い光の粒が漂っていた。それは俺にしか見えていないようだったが、リラが言うには――。
『ティマちゃんだっけ? 多分貴方になら見えると思うんだけど、どうー?』
「……え、えと。は、はい。……言われてみれば、なんとなく……?」
ティマが戸惑いがちに答える。
『語りかけてみれば、応えてくれるよー』
「……話し、かける……」
リラの促しに、ティマはそっと胸に手を当てて、目を閉じた。
「……光の精霊様、もし本当にいるのなら、その姿を私に見せてください……」
その言葉に応えるように、ティマの周囲に漂っていた光の粒が集まり、ひとつの形を成していく。
やがて現れたのは、人の形をした淡い光の精霊だった。
リラとは少し違う、優しい光り方をしている。リラは普段、闇の精霊かと思うような感じだけど、今のピカピカモードと比べても、ティマの光の精霊は穏やかだった。
「……本、当、に?」
ティマが呟いた声には、驚きと、どこか喜びが混じっていた。
『だから言ったでしょー』
リラが胸を張ってふふんと笑う。ちょっと得意げなのが可愛い。
「でも、喋らないのな?」
俺が首をかしげると、リラが答えた。
『んー、そうだね。でも多分、名前を付けて契約すれば、意思のやり取りは出来ると思うよー?』
「そういうもんか?」
『うん。でも私みたいに他の人に聞こえるくらい声が大きいのって、特別かもー』
リラがそんなこと言うが、声が大きいって、そんなに自慢することなのか?
ともかく、ティマが契約するには、することがある。
「ティマ。名前をつけてあげるんだ」
「……うん。考えてみる」
『頑張って、いい名前つけてあげてねー』
小さく頷いたティマの目は、どこか希望を宿していた。
そのやり取りを静かに見ていたマデレイネ様が、ぽつりと呟く。
「……こんなにもはっきりと喋る精霊は、歴史の中でも数えるほどしかいないはずですよ?」
「いやいや、まさか」
「マジですよ」
今度は先に言われてしまった。
「……マジですか」
なんだか、言外に「規格外」と言われているようで落ち着かない。
すると、リラがふと思い出したように言った。
『そういえば、ケイスケは目立ちたくないのー?』
「そうだな。俺は無駄に目立ちたくはないかなあ」
『なんでー?』
「え? だって目立つのって、恥ずかしいじゃないか。注目されることに慣れてないんだよ、俺は」
『それだけー?』
「それだけって……まあそうだけど、そもそも目立ってもいいことなんてなくないか? 面倒なことばかり増えるイメージだな。目立つって」
すると今度はマデレイネ様が、静かに語りかけてきた。
「ケイスケ君、しかし能力が有る者はやはり人の目にとまることは必然です。能力があり目立つということは、人々の目印になり、目指すべき目標になるということでもあります。迷える人々を照らし、その光で導く者。それこそが力を与えられた者の天命なのだと思います」
それは、教会の教えなのだろう。言っていることは理解できる。けれど。
「言っていることは理解できますが……」
やっぱり、目立ちたくはない。
リラじゃないが、目立つというのはピカピカモードになって、それらしく振る舞わなきゃいけないということだ。
あれ? そう考えると、俺とリラって、案外似てるのかもしれないな。
「今すぐにそういった覚悟を持てという話でもないんです。ケイスケ君ならきっと、時が経てば自然と理解できると思います」
マデレイネ様のフォローが、妙に優しくて救われる。
そんな会話の合間を縫うようにして、ティマがぽつりと声を発した。
「……決めました」
その声音は、決意のこもった、凛とした響きを持っていた。
ティマはそっと、その名を口にした。
「……エステレル」
それはまるで大事な宝物を抱きしめるかのような、優しくも決意のこもった声だった。その瞬間、彼女の傍に浮かんでいた光の塊が、一際強く輝いた。
まばゆい光が部屋中に広がり、思わず目を細める。
そして――。
光が徐々に収まり、そこに現れたのは、約五十センチほどの柔らかな光を放つ、リラよりも幾分小さな存在だった。ふんわりと宙に浮かびながら、まるで嬉しそうにティマのまわりを漂っている。
「……エステレルですか。星を意味する、いい名前ですね」
マデレイネ様が、微笑みながらその名を口にした。彼女の声は相変わらず穏やかで、しかし芯のある強さも感じられる。ティマは小さく頷きながら、俯き加減に「……ありがとう、ございます」と返した。
エステレル――その名を得た光の精霊は、ティマの肩のあたりでふわりと光を揺らし、また嬉しそうに漂いはじめる。その姿はどこか愛らしく、そして神聖な雰囲気をまとっていた。
精霊との契約。
それはこの世界において、ただのファンタジーでは済まされない力を意味するらしい。
聞けば魔法の威力を引き上げ、同時に消費する魔力を軽減してくれるとのことだ。過去にも幾人か、精霊と契約した者たちが存在し、彼らは例外なく優れた術者として名を残している。
つまり、ティマはその一歩を踏み出したのだ。
心から、おめでとうと言いたくなった。
それから俺たちは、マデレイネ様から生命魔法の一部を教わることになった。
ひとつは、傷口から異物を取り除く魔法。そしてもうひとつは、体内の毒を排出する魔法だ。
イテルさんの出産には、あまり必要ないかもしれない。それでも、ビサワへの旅路は長い。万が一の事態に備えて、応急処置用の魔法を知っておくに越したことはなかった。
「ティマ、ケイスケ君。あなた達は、必ず神学校に行ってくださいね」
マデレイネ様の声は、どこまでも柔らかいのに、なぜか逆らえない強さがあった。
「……はい!」
ティマがきっぱりと答える。その瞳は真っすぐで、決意に満ちていた。
「ははは……。まあ、行こうとは思ってます」
俺も答えるが、心の中は少し複雑だった。正直、行く気はある。あるのだが、こうして真っすぐに期待を寄せられると、妙にプレッシャーを感じてしまう。
でも俺は俺の目的のために、行く。それでいいだろう。
ティマにしても、光の精霊と契約した今なら、変にいじめられたりすることもないだろうしな。
「それじゃあ、また」
教会の前でマデレイネ様と別れを告げる。
「また、いつでも来てくださいね」
「……また、ね」
「はい、また来ます」
まだまだ魔法について聞きたいことは多いし、できれば実際に使って試してみたい。領都にいる間は、冒険者としての依頼をこなしながら、魔法の研鑽に力を入れていくつもりだ。
帰り道。夕陽が長く影を伸ばす中、俺はふと思い出した。
「そういえば、やっぱりエステレルは喋れないのか?」
光の精霊エステレルは、身振りや発光で何かを伝えようとしている。確かに、言葉は発していないが、その動きには意思が感じられた。
すると、俺の影から声が聞こえる。
『そうっぽいねー。でもティマちゃんには伝わってるから大丈夫だよー』
リラだ。軽い口調だが、どこか楽しそうにしている。
「そっか」
『うん。ちゃんと通じ合ってるって感じだったよー』
その夜。マデレイネ様に神学校行きを念を押されたことを思い出しながら、魔法の改良ができないか色々考えていた。
魔法の詠唱を改良し、長期的な効果を持たせる……。
ビサワへの往復は三か月ほどだというが、俺がイテルさんのもとを離れても、魔法が持続するようにしたかった。
したかったのだが、現実はそう甘くない。
色々と詠唱の文言を考えることはできるが、検証ができないのだ。
さすがにダメもとで確かな効果のある魔法でもないものをイテルさんにかけるわけにはいかない。
そんなとき、リラがひょいっと声をかけてきた。
『私が残っててもいいよー。イテルって人のお腹の赤ちゃんを見ててあげればいいんでしょー?』
「そんなことできるのか?」
『うん。前はね、ちょっと難しかったけど……ティマちゃんがエステレルと契約したから、大丈夫になったー』
話を聞くとどうやら、光の精霊同士でエネルギーを融通し合えるらしい。俺が遠くにいても、リラが領都に残ってイテルさんを守ることが可能になるという。
ちなみに普段はどうしてるのかというと、俺の魔力を拝借しているとのこと。
初めて知ったが、普段何も感じないし、きっと大した量ではないのだと思う。
『その間、エステレルの力は弱まっちゃうし、ティマちゃんへの恩恵はなくなっちゃうけどねー』
「……そこはティマに頼んでみるしかないか」
『でもさ、ケイスケは大丈夫? 私がいないんだよー?』
リラの声には、いつも以上に心配の色が滲んでいた。
だけど、俺は笑って答えた。
「まあ、大丈夫だろう」
少しだけ、リラがいないことで光素の同期が進まなくなるのは残念だけど、それ以上に、命を守ることのほうが大事だ。
それが、今の俺にできることなら。
俺は、そう決めた。
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