第八十話「マデレイネ様の魔法講義 1」
教会の奥まった部屋に通されて、俺とティマはマデレイネ様から魔法の講義を受けることになった。
「魔法を使えるお二人ですが、まずは魔法というものの基本からおさらいしていきましょう」
優雅な笑みと共にそう言ったマデレイネ様は、いつもの柔らかな雰囲気とは打って変わって、妙に教師らしい空気をまとっていた。
「はい、先生」
ついそう答えてしまった俺に、彼女は口元を手で隠しながら微笑む。
「あらあら、先生だなんて……ふふふ」
「……先、生?」
ティマも小首をかしげながらも、それに倣うように口にしていた。
場所は教会の一角にある小さな個室。窓から柔らかな陽光が差し込み、古びた木製の机と長椅子が整然と並んでいる。そして目の前には――黒板。
いや、正確には「黒板のようなもの」だ。素材こそ木だが、表面は煤のような黒い塗料で滑らかに整えられており、細い白い棒で文字が書ける。……つまり、チョークだ。異世界でもこういう形に収束するのは、なんというか、理にかなっているということなのだろうか。
マデレイネ様は黒板に『魔法の基礎』と、達筆な字で書き込んだ。そして指揮棒のような細長い棒――多分、ただの木の枝だ――で、文字をトン、と指す。
「では、魔法の基礎からですね。魔法というものは、詠唱によって効果を示します。その際には、使用者の魔力と、周囲の魔素が反応して効果が発揮されます」
ふむふむ。
「そして、詠唱は少しでもその発音を間違えると、効果を発揮しません。詠唱の言葉には意味があり、それが精霊に働きかける役割となっているからですね」
「先生、詠唱の内容などは、変えることができるんでしょうか?」
俺は早速質問する。前々から気になっていたことを、素直に聞いてみた。
「そうですね……詠唱の内容を理解していれば、できるかもしれません。その辺は学者の皆様が日夜研究している分野ですね」
「内容が理解できれば、可能だと」
「ええ。ただ、詠唱の意味については、まだまだ解明されていないのが現状です」
「そうなんですね……」
「ただ、わかっている部分もありますよ。例えば、いろいろな詠唱――これは光でも回復魔法でも同じですが、最初は必ず精霊の御名を唱えています」
「なるほど」
「……そう、だったんですね……」
ティマが小さく呟く。
俺にとって詠唱は日本語にしか聞こえず、内容はわかるけど、そんな法則があるとは思わなかった。
でも確かに思い返してみれば、マデレイネ様の言っている通りだ。
「ちなみにケイスケ君、光球の魔法の一小節目を思い出してください」
「……一小節目、『輝ける精霊たちよ』ですか?」
「そうですね。では、ティマ。治癒の魔法の一小節目は?」
「……はい。『命の精霊たちよ』です……?」
「その通りですよ。気づきましたか?」
「はい、詠唱が違います」
「その通りです。最初の一小節目が違うということは、どういうことかわかりますか?」
「……働きかける精霊が、違う?」
ティマが少し不安そうに答える。
「ティマ、その通りですよ。ということは、はい、ケイスケ君?」
「光魔法と回復魔法は別系統の魔法、ということですか?」
「その通りです。お二人とも素晴らしいですね!」
マデレイネ様はぱちぱちと手を叩き、黒板に『光魔法 生命魔法』と書き加えた。
「光魔法と回復魔法――回復魔法は生命魔法の中のひとつですが、この二つは実は別系統の魔法なんです」
「……はえー」
「おおー」
ティマの素直な反応につられて、俺も声をあげる。
「お二人は光魔法の適性がありますよね? ケイスケ君が2で、ティマが3、だったかしら?」
「はい」
「……はい」
「ちなみに私の適性は2です。ふふふ、ケイスケ君と同じですね。ティマは私よりも上です、うふふ」
その声はどこかくすぐったい。優雅でありながら、おちゃめさも忘れないところがマデレイネ様らしい。
俺のスマホに表示されている「光素の同期率」が適性とどうリンクしているのかは謎だけど、たぶん20から29くらいが「適性2」なのかもしれない。
「生命魔法は、光魔法の適性者が使えるものとされています。系統が違うというのに、なぜでしょう?」
「それはなんで、なんでしょう?」
「……わかりま、せん」
ティマが素直に首を横に振る。
「それはですね――」
マデレイネ様が意味深に声を落とす。俺もティマも息をのんだ。
「それは?」「……それは?」
「私にも、わかりません!」
……盛大にずっこける俺。
「……え?」
ティマはポカーンとしたまま固まっていた。
「ふふっ、冗談ですよ。でも、実際のところ、詳しい理由はまだわかっていないんです。ただ光魔法の適性者が特に生命魔法を扱えることが多いということですね。理由は適性の問題、精霊との親和性、もしくは……もっと別の要因かもしれません」
なるほど。謎が残るってのは、なんだかワクワクする。
その瞬間、影の中から小さな声が聞こえた。
『うん、その人の言ってる通り、ただ相性がいいということだけどね。ちなみに命の精霊に働きかけることができるのは、光だけじゃなくて、他の系統でもできるよー』
リラだ。俺の影に潜む光の精霊であり、見た目はどう見ても闇の精霊。普段は光らないけど、念話で俺にだけ語りかけてくる。
でも、他の系統でも扱える人はいるのか。
なら、逆に。
「光魔法の適性者はみんな、回復魔法が使えるんですか?」
「あら……」
俺がそう質問すると、マデレイネ様が目を細めた。
一瞬だけ、鋭い眼差しが俺に向けられる。
そして目を細めて、笑みを浮かべる。
「うふふ……、そうですね、実を言うと、光魔法の適性者でも、扱えない人はいますよ」
「……え?」と、ティマ。
やっぱり。思った通りの回答だった。
しかし――。
「……その顔は、何か確信していたような顔ですね」
マデレイネ様にそう言われるくらい、顔に出てしまっていたらしい。マデレイネ様の瞳は、嘘を簡単に見抜いてしまいそうな雰囲気だ。
でもこの世界、普通にそういう心を読むような魔法や魔道具があっても、おかしくはない……か。気を付けないと。
「ケイスケ君、何故そう思ったのですか?」
「えーと、まあ、そのですね……」
真っすぐに見つめられ、追い詰められているような感覚だ。
しかしそれはフッと、突然霧散する。
「うふふふ、冗談です」
そう言うマデレイネ様の雰囲気は、またあのおちゃらけたものへと戻る。
……言うべきなのか? リラのことを。
どちらにしろミネラ村のロビンには話してあるし、隠すことでもないのかもしれない。
それに――。
俺はティマに目を向ける。
彼女の周りには、キラキラした光の粒が舞っている。
リラ曰く、これが光の精霊らしい。リラとは見た目が随分違うけど、ティマが精霊を認識して名前をつけることで、契約することができるんだっけ?
その為には、やはり俺がリラのことを明かすことが手っ取り早いはずだ。
躊躇している理由は、単純に光の精霊について、アポロ神教での扱いがわからないから――。
いや、待てよ?
それを普通に聞けばいいのだ。目の前には、嬉々として魔法を教えてくれるありがたいマデレイネ様がいるのだから。
「さて、ここまでが魔法の基礎ですね。次は、実際の詠唱練習に移りましょうか」
マデレイネ様がチョークを置いて微笑む。
でもまずは、生命魔法だ。
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