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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第二章「領都ハンシューク:命を背負う歩み」

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第七十五話「依頼を終えて」

 夕暮れ時の冒険者ギルドは、昼の喧騒がすっかり落ち着き、どこか酒場のような空気が漂っていた。

 木の床を軋ませながらダッジが依頼の報告に向かっている間、俺はひとり、石級の掲示板の前に立っていた。


「掃除に害虫駆除、土木に建築工事、誘導警備……意外と色々あるなあ」


 思ってたより、冒険者って地味な仕事が多いんだな。もっとこう、剣と魔法でドラゴン退治! みたいなのが溢れてるのかと思ってたけど、現実は地に足のついた体力仕事が大半のようだ。


「……これにしてみるか」


 ふと目に留まった一枚の紙を剥がし、そのままカウンターへ持っていく。


「明日、この依頼を受けようと思うんですが」

「はい。中央通りおよび周辺の清掃ですね。明日の朝にまたこちらへ寄ってください。他の受注者もいますので」


 受付嬢が慣れた調子で説明してくれる。

 俺はうなずいて「わかりました」と返事をし、カウンターから離れた。


 やがてダッジたちが報告を終えて戻ってくると、俺の様子に気付いたのか、バンゴが声をかけてくる。


「なんだ、依頼受けてきたのか?」

「金が欲しいなら、さっきの魔石でも売ればいいと思うぞ?」


 そうダッジたちは言うが、うん、やっぱりというかなんというか。

 俺が報酬を辞退したってのに、彼らから「少し分けようか」って声が一切ないあたり、なんかもう、性格がにじみ出てる。

 もちろん、俺は自分から報酬を辞退したんだ。文句を言うつもりはない。でも、こういうやり取りの中に人柄って出るものだ。


「金のためってわけじゃなくて、ちょっと色々と受けてみたいと思って」

「変なやつだな。掃除の依頼なんて、ガキしか受けねえぜ」

「俺だって、ガキのうちでは?」

「あー……そういえばそうだったな。魔獣を一人で倒しちまったもんだから、忘れてたよ」


 ダッジが苦笑まじりに言った。

 そう、見た目は。中身はいってるけど、外見的にはまだ子供なんだ。

 確かに俺くらいの見た目の子供だと、何事も経験だとかいって、わざわざ掃除の依頼なんか受けないか。


「ドーピーも使えるだなんて、なかなか優秀だな、お前は」


 とバンゴが言うと、珍しくズートが低い声で続く。


「……魔石は、どうするんだ?」


 皆、今回の討伐依頼が楽に終わって嬉しいのか、テンションがあがっているみたいだ。


「記念に、持っておこうかなって思ってます」


 そう言って魔石を手のひらで転がすと、ダッジがにやっと笑った。


「ならさ、ちょっと飲んでみろよ。魔法が身につくかもしれないぜ!」

「え? 魔石を飲むのは危険なんじゃ?」

「は? 危険? そんなの嘘だよ。ほれ、飲んでみろって」


 ミネラ村のモンド曰く、魔石は飲むなと忠告されたから、それが常識なのだと思っていたが、実際はどっちなんだろうか?

 たしかに、前に内産の灰色魔石を飲んだ時は、ちょっと胃もたれがした。それで魔石を飲むことの危険性を理解した気がするのだが、でも今回の魔石は違う。風の魔石で、外産と言われるやつだ。

 もしかしたら、違う反応があるかもしれない。


 俺は少し考えて、ダッジが勧めるのなら、と、言葉に乗ることにした。


「じゃあ、飲んでみます」

「え? あ、おい?」


 驚くダッジを尻目に、俺は手にした小さなハジロバトの魔石を口に含み、ためらうことなく飲み込んだ。


「……本当に、飲んじまった」

「おいおい、マジか、大丈夫か?」

「……バカなやつだ」

「まあ、このくらい小さいやつなら、死にはしないさ」


 ダッジたちが何か言ってるが、俺は自分の体に集中する。

 魔石が喉を通って、胃に届いた瞬間、体がホワッと軽くなるような感覚が広がった。


 前回はこのときに胃もたれする感覚があったが、今回はどうだ?


 少しどきどきしながら待つが、あのとき感じた胃もたれは訪れない。平気……どころか、むしろ心地いい。


「……ふぅ。体は問題なさそうだな」


 息を吐く。

 身構えていたが、本当に何も起きなかった。

 やはりあの感覚は、内産の魔石だったからなのか? それとも魔石の種類によるものなのか?

 嫌だけど、またちゃんと検証する必要がありそうだ。


「え? 体は平気? そ、そうか? なら、もう一つどうだ?」


 なんだか戸惑っているダッジだったが、今度は茶色い魔石を懐から取り出した。どこからこんなの持ってきたんだろう。

 見た目は外産の魔石だ。

 ならきっと、あの不快感はないはず。くれるというなら遠慮なく貰おう。


「いいんですか? いただきます」


 俺はそう言って受け取り、もう一つも飲み込んだ。やっぱり胃もたれはない。むしろ体がポカポカする。


「え? 平気なのか? おかしいな……?」

「……やるな」

「本当に大丈夫なのかよ? 気持ち悪くなったりしたらすぐ言えよ?」


 三人ともなんだか腑に落ちない様子で首を傾げている。

 もしかして、飲んだらヤバいと思ってたのか? まあ、モンドも死ぬとか言ってたからな。


 俺が本当に大丈夫だとわかったのか、やがて、三人は「じゃ、酒場に行くか」と言いながらギルドを後にした。


「俺、ちょっとやることがあるんで、これで」

「そうか、じゃあな!」

「今日は夜街にも行けるぜ!」


 行くのはどうやら酒場だけじゃなさそうだ。夜街という単語は気になる。とっても気になるが、まあいい。

 俺が欲しいのは酒じゃない。夜の街は興味あるけど……。


 今、俺が本当に気になってるのは――スマホの確認だった。


 今日の戦いで、何か変化が起きていないか。新しい項目や能力が開放されていないか。それが気になって仕方がない。


 三人の背中を見送りながら、俺はそっと懐に手を入れ、スマホを取り出す。

 その冷たいガラスの感触が、なぜだかやけに心強く思えた。


「……夜街へは、今度見学に行ってみよう」


 つぶやいた声は、ギルドの天井に吸い込まれていった。


最後までお読みいただきありがとうございます!

あなたの貴重なお時間を物語に使っていただけたこと、とても嬉しく思っています。

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

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コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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