第七十五話「依頼を終えて」
夕暮れ時の冒険者ギルドは、昼の喧騒がすっかり落ち着き、どこか酒場のような空気が漂っていた。
木の床を軋ませながらダッジが依頼の報告に向かっている間、俺はひとり、石級の掲示板の前に立っていた。
「掃除に害虫駆除、土木に建築工事、誘導警備……意外と色々あるなあ」
思ってたより、冒険者って地味な仕事が多いんだな。もっとこう、剣と魔法でドラゴン退治! みたいなのが溢れてるのかと思ってたけど、現実は地に足のついた体力仕事が大半のようだ。
「……これにしてみるか」
ふと目に留まった一枚の紙を剥がし、そのままカウンターへ持っていく。
「明日、この依頼を受けようと思うんですが」
「はい。中央通りおよび周辺の清掃ですね。明日の朝にまたこちらへ寄ってください。他の受注者もいますので」
受付嬢が慣れた調子で説明してくれる。
俺はうなずいて「わかりました」と返事をし、カウンターから離れた。
やがてダッジたちが報告を終えて戻ってくると、俺の様子に気付いたのか、バンゴが声をかけてくる。
「なんだ、依頼受けてきたのか?」
「金が欲しいなら、さっきの魔石でも売ればいいと思うぞ?」
そうダッジたちは言うが、うん、やっぱりというかなんというか。
俺が報酬を辞退したってのに、彼らから「少し分けようか」って声が一切ないあたり、なんかもう、性格がにじみ出てる。
もちろん、俺は自分から報酬を辞退したんだ。文句を言うつもりはない。でも、こういうやり取りの中に人柄って出るものだ。
「金のためってわけじゃなくて、ちょっと色々と受けてみたいと思って」
「変なやつだな。掃除の依頼なんて、ガキしか受けねえぜ」
「俺だって、ガキのうちでは?」
「あー……そういえばそうだったな。魔獣を一人で倒しちまったもんだから、忘れてたよ」
ダッジが苦笑まじりに言った。
そう、見た目は。中身はいってるけど、外見的にはまだ子供なんだ。
確かに俺くらいの見た目の子供だと、何事も経験だとかいって、わざわざ掃除の依頼なんか受けないか。
「ドーピーも使えるだなんて、なかなか優秀だな、お前は」
とバンゴが言うと、珍しくズートが低い声で続く。
「……魔石は、どうするんだ?」
皆、今回の討伐依頼が楽に終わって嬉しいのか、テンションがあがっているみたいだ。
「記念に、持っておこうかなって思ってます」
そう言って魔石を手のひらで転がすと、ダッジがにやっと笑った。
「ならさ、ちょっと飲んでみろよ。魔法が身につくかもしれないぜ!」
「え? 魔石を飲むのは危険なんじゃ?」
「は? 危険? そんなの嘘だよ。ほれ、飲んでみろって」
ミネラ村のモンド曰く、魔石は飲むなと忠告されたから、それが常識なのだと思っていたが、実際はどっちなんだろうか?
たしかに、前に内産の灰色魔石を飲んだ時は、ちょっと胃もたれがした。それで魔石を飲むことの危険性を理解した気がするのだが、でも今回の魔石は違う。風の魔石で、外産と言われるやつだ。
もしかしたら、違う反応があるかもしれない。
俺は少し考えて、ダッジが勧めるのなら、と、言葉に乗ることにした。
「じゃあ、飲んでみます」
「え? あ、おい?」
驚くダッジを尻目に、俺は手にした小さなハジロバトの魔石を口に含み、ためらうことなく飲み込んだ。
「……本当に、飲んじまった」
「おいおい、マジか、大丈夫か?」
「……バカなやつだ」
「まあ、このくらい小さいやつなら、死にはしないさ」
ダッジたちが何か言ってるが、俺は自分の体に集中する。
魔石が喉を通って、胃に届いた瞬間、体がホワッと軽くなるような感覚が広がった。
前回はこのときに胃もたれする感覚があったが、今回はどうだ?
少しどきどきしながら待つが、あのとき感じた胃もたれは訪れない。平気……どころか、むしろ心地いい。
「……ふぅ。体は問題なさそうだな」
息を吐く。
身構えていたが、本当に何も起きなかった。
やはりあの感覚は、内産の魔石だったからなのか? それとも魔石の種類によるものなのか?
嫌だけど、またちゃんと検証する必要がありそうだ。
「え? 体は平気? そ、そうか? なら、もう一つどうだ?」
なんだか戸惑っているダッジだったが、今度は茶色い魔石を懐から取り出した。どこからこんなの持ってきたんだろう。
見た目は外産の魔石だ。
ならきっと、あの不快感はないはず。くれるというなら遠慮なく貰おう。
「いいんですか? いただきます」
俺はそう言って受け取り、もう一つも飲み込んだ。やっぱり胃もたれはない。むしろ体がポカポカする。
「え? 平気なのか? おかしいな……?」
「……やるな」
「本当に大丈夫なのかよ? 気持ち悪くなったりしたらすぐ言えよ?」
三人ともなんだか腑に落ちない様子で首を傾げている。
もしかして、飲んだらヤバいと思ってたのか? まあ、モンドも死ぬとか言ってたからな。
俺が本当に大丈夫だとわかったのか、やがて、三人は「じゃ、酒場に行くか」と言いながらギルドを後にした。
「俺、ちょっとやることがあるんで、これで」
「そうか、じゃあな!」
「今日は夜街にも行けるぜ!」
行くのはどうやら酒場だけじゃなさそうだ。夜街という単語は気になる。とっても気になるが、まあいい。
俺が欲しいのは酒じゃない。夜の街は興味あるけど……。
今、俺が本当に気になってるのは――スマホの確認だった。
今日の戦いで、何か変化が起きていないか。新しい項目や能力が開放されていないか。それが気になって仕方がない。
三人の背中を見送りながら、俺はそっと懐に手を入れ、スマホを取り出す。
その冷たいガラスの感触が、なぜだかやけに心強く思えた。
「……夜街へは、今度見学に行ってみよう」
つぶやいた声は、ギルドの天井に吸い込まれていった。
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