第七十四話「森の魔獣退治」
翌日、俺は冒険者ギルドにいた。
ビサワ出発までの間に、いくつか依頼をこなしておこうと考えたからだ。
三ヵ月の旅の間、冒険者としての活動はできない。そのため、少しでも経験を積んでおきたい。
ちょうどギルドにいたダッジに声をかける。
「護衛依頼って、どれくらいから受けられるんですか?」
「あ? お前、護衛依頼なんて、鉄級に上がらないと無理だぞ」
「ですよねー」
やっぱり簡単には受けられないらしい。
俺が護衛依頼に興味を持ったことに、ダッジは怪訝な顔をする。
「なんだ? いきなり護衛やりたいだなんて、何考えてんだよ?」
「いや、もし受けられるんなら、今度リームさんとビサワまで行くので、護衛扱いになれば冒険者活動をしていたことになるのかなーと」
「あー、なるほどなあ。というかあの旦那、ビサワまで行くのかよ? となると鉄級じゃ無理だな。銅級にならねえと長期の護衛依頼は無理だぞ」
「マジかー」
そこへちょうど通りかかったハンスさんが口を挟む。
「銅級でなくとも、長期の護衛依頼を受ける方法はあるぞ」
「あっ、ハンスさん」
「げっ……」
ダッジは露骨に嫌そうな顔をする。ハンスさんが本当に苦手らしい。
ハンスさんは腕を組みながら説明を続けた。
「鉄級でも、銅級以上の冒険者と隊を組めば、護衛依頼は受けることができる」
「そうなんですね」
ただし、石級と銀級以上のように等級に差がありすぎる場合は、原則として隊を組むことができないらしい。まあ、妥当なルールだろう。
「なるほどな。夏のビサワとなると、あれか……」
「何か知ってるんですか? ハンスさん」
「いやなに、ビサワは毎年夏になると、あるものが多く採れるようになる。それを仕入れに行くのだろうと思っただけだ」
「なんなんだよ? 教えろよ」
ダッジが食いつくが、ハンスさんは首を横に振る。
「商売人の商売のタネを明かすのは道義に反する。どうしても知りたいのなら、本人に聞いてみるといい。ではな」
それだけ言って、ハンスさんは去っていった。
ダッジは舌打ちしながらぼやく。
「ちぇっ。ケチな奴だ」
「まあ、ハンスさんの言う通りだと思うので、俺はリームさんに直接聞いてみますよ」
「ふーん」
ダッジはハンスさんへの興味をなくしたようだった。
代わりに、身を乗り出して俺に言う。
「それよりも、そのビサワまでの護衛依頼、俺たちが受けてやってもいいぜ。俺たちは銅級だから、お前とも隊を組めるしな!」
「あー……なるほど?」
でもリームさんはすでに護衛を雇っているかもしれない。
馴染みの冒険者がいれば、そちらに頼む可能性もある。
「とりあえず、帰ってから聞いてみます」
「おう、頼むぜ」
その後、俺は依頼掲示板を見に行こうとしたが、ダッジが引き止めた。
「お! じゃあ俺たちと行くか! 今日はこの間行った森に魔獣が出たらしくてな。その討伐だ」
「魔獣ですか」
「おお、どうやら出たのは鳥型の魔獣だそうだ。報奨金も出るぞ」
魔獣と聞くと、やはり警戒心がわく。
安全とは言えないだろう。だが、以前単独で穴ウサギの魔獣を討伐できた経験がある。
……そういえば、穴ウサギの魔石はまだ飲んでいなかったな。
「行きます」
俺の即答に、ダッジは満足そうにうなずく。
「おっ! じゃあ準備ができ次第出発するか」
「俺は準備は大丈夫ですけど、日帰りですよね?」
「とりあえず、今日のところはな」
「なら大丈夫です」
「おし、じゃあちょっとここで待ってろよ。バンゴとズート呼んでくるから」
そう言って、ダッジは仲間を呼びに行くのだった。
天気は快晴。森へ続く小道には昨日の雨の影響もなく、まるで俺たちを歓迎しているかのような陽光が降り注いでいる。
「こっちだ、ケイスケ! この先が森の入り口だ」
ダッジの弾んだ声に導かれるように、俺はその後ろを歩いていた。
後ろには斧を肩に担いだ巨漢のバンゴ、そして無言で槍を背負ったズートの姿も見える。俺とダッジを含めて、計四人のパーティでの探索だ。
「ほんとにいいのか? またついて来るなんてよぉ」
バンゴが俺に振り返りながら問う。
「先日はお世話になったので。あと、討伐の依頼にも興味があったし」
「ふん、変わったやつだぜ。石級だってのによ」
森に入ってすぐ、空気が変わった。木々の密度が増し、光が届きにくくなる。鳥のさえずりすら減り、代わりに風が枝葉を撫でる音だけが耳に届く。
「じゃ、俺が斥候やるわ。お前はついてきてくれ、ケイスケ。気になる音とか動きがあったらすぐ止まるからな」
「わかった」
ダッジは軽やかな足取りで先行し、俺は少し距離を置いてその後を追う。彼の背中は小柄ながら、森を熟知している様子が伺える。葉の擦れる音を最小限に抑えて進む姿は、まさに冒険者といった風格だ。
やがて、すぐにそれは見つかった。
「おい、あれだ。あれが魔獣のハジロバトだ。わかるか?」
ダッジが低く声をかけ、木々の間から覗いた先に一羽の巨大な鳩がいた。――いや、鳩とは呼べない。体長はゆうに七十センチを超え、白い羽の先が太陽の光を反射して美しい輝きを放っていた。
「あれが……魔獣?」
「そう。ハジロバトの魔獣。風の魔石を持つやつだ。動きは早いが、意外と脆いんだ。なぁ、ケイスケ――お前、まず一発やってみないか?」
「え、俺が?」
「そうだよ。ものは試しだ。俺たちが援護してやるからさ」
どこか悪戯っぽい笑みを浮かべるダッジ。その表情には何か含みがある気もしたが、俺は首を縦に振った。
「……やってみるよ」
静かに息を整える。魔獣に向けて一歩踏み出し、魔法を発動させる。
「肉体強化――ドーピー」
全身に力が漲る。視界が鮮明になり、体が軽くなった。リラが俺の影の中でうずうずと動く気配がする。
『私も援護するね! 動きを封じてみるから、タイミング合わせてー!』
「わかった!」
ゲズを捕らえたときと同じように、影がハジロバトの体を覆う。
『今だよー!』
リラの声を聞いて、俺は木の間をすり抜けて突進した。
ハジロバトが俺の接近に気づき、バサッと羽ばたいた。まるで風を裂くような音。次の瞬間、鳩が空中をジグザグに舞い始めた。
しかし、その動きに精彩はない。リラが動きを封じているからだ。
「速い! だけど、捉えられないほどじゃない!」
見失いそうになる視界の端で、白い羽が一瞬きらめく。俺はそれを追い、地面を蹴る。咄嗟に空気の流れを読む。どこから来て、どこへ行くか――!
『上だよー!』
リラの声と共に俺は跳び上がり、短剣を突き出す。
「――ッ!」
風を割った短剣が、ハジロバトの胸元に突き刺さった。
ドッという衝撃が腕に返ってきたと同時に、ハジロバトがきりもみ回転しながら地面に落ちた。羽が舞い、風がざわめく。
そして、静寂。
「……倒した?」
『倒したねー! やったねー!』
リラの嬉しそうな声が届く。
「お、おい!」
ダッジの声が森に響く。
木陰から現れた彼の顔には、驚きと……ほんの少しの困惑が浮かんでいた。
「……マジで、倒したのか? 一人で?」
「うん、なんとか」
バンゴが腕組みしてうなる。
「やるじゃねえか!」
ズートも珍しく一言つぶやいた。
「……やるな」
ダッジは帽子のつばを直しながら、複雑な表情をしていた。彼の思惑とは違う展開だったのだろう。
「これ、報奨金ってどんなもんなんです?」
俺がそう尋ねると、ダッジが少し気まずそうに視線をそらした。
「……金貨二枚、だ」
「そうですか。じゃあ報酬は俺、いらないですよ」
「は?」
ダッジが思わず素っ頓狂な声を上げた。
「俺、石級だからな。本来こんな依頼を受けちゃダメな立場だし。代わりに、魔石をもらえればそれでいいよ」
その提案に、ダッジの目が輝いた。
「マジで? あ、いや……助かるよ、うん!」
バンゴが豪快に笑い、ズートは軽く頷いた。
「そういえばさ、魔獣って、よく出るもんです?」
俺の問いに、ダッジが顎をさすりながら言う。
「そりゃあな。虫とか兎とか鼠とか、そういう小型の魔獣はけっこうどこにでもいる。大型のは、深い森や山、あとはダンジョンの中だな」
「ダンジョン?」
「ああ。あそこは魔物と魔獣の巣窟っていうか、ほぼそれしかいねぇ」
「じゃあ、ダンジョンの魔獣と、こうやって外に出る魔獣って何が違うんです?」
「そりゃお前……ダンジョンのやつは、魔素でできてるんだよ」
「魔素?」
「そう。倒すと肉体が消えて、魔石だけが残る。不思議だろ?」
魔素だけで構成された生命。存在するのか、そんなものが。
ちなみに魔物と魔獣はダッジ曰く似たようなものらしい。魔物のほうが、もっとよくわからない姿かたちをしてるとか?
この世界には、俺の常識が通じないものがまだまだあるらしい。
そんなことを考えながら、俺たちは森を後にした。
手の中には、風の魔石が一つ。さっき倒したハジロバトの体から取り出した、美しい翡翠色の結晶だ。
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