第六十八話「魔道具屋の老婆」
魔道具屋の看板には決まった形がないらしい。だから、魔石屋でおすすめの店を聞いておいた。
「ここかな?」
目の前の店の看板には、宝箱のような箱が描かれていた。箱は開かれていて、中には判別できない道具らしきものが詰まっている。魔道具屋にもいろいろな種類があり、大型専門の店から小物専門の店までさまざまだという。
ミネラ村の結界の魔道具みたいなものは大型の部類で、この領都のような大都市にも当然、結界を扱う業者はいる。けれど、俺が今訪れたのは小物専門の店だ。
ドアを開けると、ベルの音が鳴り響く。
中に足を踏み入れた瞬間、さっきの魔石屋とはまるで違う光景が広がっていた。
「すごいな……」
店内は雑然としていて、物が溢れかえっている。まるで怪しい骨董品屋のような雰囲気だ。
「店員さんは……いない、な」
誰もいないように見える。出てくる気配もない。
「すみませーん」
声をかけてみるが、やはり反応がない。
「セキュリティ、大丈夫か?」
魔道具屋なんだから、防犯用の何かがあるのかもしれない。仕方がないので、勝手に触らずに見て回ることにした。
金属でできた丸い卵のようなもの、木製の羽の形をしたもの、小さな布と紐の袋、普通のコップ、単なる板にしか見えないもの、毛皮……。
「……色んなモノがあるのはわかるけど、な」
説明がなければ、何が何だかさっぱりだ。
「うーむ……。切実に説明が欲しい」
そう呟いた瞬間、不意にしわがれた声が聞こえた。
「どんな説明が欲しいんだい?」
「……あれ?」
振り向いたが、誰もいない。周囲を見渡しても、やはり姿は見えない。
「こっちだよ」
声は……下から?
視線を下げると、小柄な老婆がいた。
ゆったりとした衣を何枚も重ねて着込み、毛糸の帽子を被っている。その下から垂れる髪は真っ白で、顔には深い皺が刻まれていた。年齢はわからないが、かなりの高齢だろう。
「すみません、気が付かなかったです」
「失礼な坊主だね、まったく」
「すみません」
もしかして最初からいたのか? それなら確かに失礼だったかもしれない。
「でも、商品に触らずにいたことはいい心がけだ」
よかった。触らずにいたのは正解だったらしい。
「で、何が欲しいんだい?」
特に何が欲しいわけじゃない。けれど、適当に答えないと、この婆さんは怒りそうだ。
「えっと、旅に使える火起こしの道具とかありますか?」
リームさんたちと出会ったときに思ったことだ。調理用の魔道具があるなら、携帯用があってもいいんじゃないか?
「火起こしの道具かい。まあ、あるにはあるよ」
老婆に案内されたのは、金属製の箱の前だった。縦横1メートルほどの大きさで、蓋を外せるようになっている。中に火を起こす魔道具が入っているらしい。
「これは……でかいですね」
「まあね。だけど火の魔道具ってのは、熱も火も遮らなきゃいけないからね、こんなもんだよ」
聞けば、これは馬車を使った旅を想定した作りらしい。火起こしというよりも、調理用の魔道具というべきか。
「じゃあ、着火用の魔道具とかは?」
「そんなもん、火打石でいいだろう。雑貨屋に行きな」
にべもない。
店内を見回していたときに見た謎の道具についても聞いてみた。音を出すもの、匂いを発生させるもの、涼しい風を起こすもの……。匂いの魔道具は虫よけや獣よけに使われるらしい。
「……火を出す杖とかはないんですか?」
「なんだいそりゃ? 火を出したけりゃ火の魔法を使えばいいだろうに」
「いや、火の魔法が使えない人とかが使えたりすれば、便利じゃないですか」
「適性のない魔法を使えるようにってことかい? だがそんなモン持っていても、邪魔になるだけだろ。自分の適性の魔法を極めたほうがいいわい。それに適性のない魔法具は、使い手の阻害になることもある」
「……なるほど、そりゃだめですね」
「なんも知らん坊主だね」
はい、すみません。
「じゃあ、長距離の旅で、清潔を保つための魔道具とかありますか?」
「ああ、消臭と垢落としの魔道具ならこれだ」
老婆が手に取ったのは、たわしのような物。見た目は柔らかそうなたわしそのものだった。
「どうやって使うんですか?」
「水を含ませて気になる場所に当てて使うだけだよ」
「水がないと使えないんですか?」
「そりゃあね。無くても機能するが、水がないとこすれて痛いよ」
「なるほど」
リームさんは持っているのだろうか? こういったものを使っているところを見たことはないが。
「まあ、水浴びできるなら、そのほうがいい。あまり魔石ももたないからね」
「そういうもんですか」
「ダンジョンやら秘境やらに行く冒険者どもなら必要になるかもしれんが、こんなもん持つより、もっと有用なものをもったほうがいいわい」
「なるほど……」
たわしは使い捨てのような魔道具っぽい。
確かに二、三日くらいなら水浴びしなくても気にならないし、ダンジョンや秘境やらに行くのなら水は貴重だろう。そんな中でこのたわしを持ち歩く必要性が感じられない。
「じゃあ……認識を阻害する魔法の指輪とかは?」
俺がそう聞いた瞬間だった。
「……そんなもん使って、どうするつもりだい?」
「……え?」
老婆がギロリと俺を睨む。
「あるんですか?」
「あるにはあるよ。儂の目が黒いうちは、絶対にそんなもん売らんけどね」
あるにはあるのか。しかし、やけに怒っているが、どういう意味だろう。
「えーと……何か俺、まずいこと言いました?」
「はあ? ……まったく、本当にわかってないのかい? 認識阻害の魔法なんざ、外法の闇の魔法だろうに。暗殺者や盗人が使う魔法だよ」
「マジですか」
老婆はため息をついて、心底呆れてる様子だった。
「一回常識を勉強してきな」
「……すみません」
適当に思いついたことを言っても、ダメ出ししか返ってこない気がする。もう帰ろう。
「……帰ります」
そう告げて、店をあとにしようとしたときだった。
「ちょっと待ちな」
老婆に引き留められた。
「……?」
「これだけ話を聞いておいて、何も買わないのかい? 冷やかしはお断りだよ」
「……すみません!」
俺は思わず大声を上げると、急いで店の外へ飛び出した。
「おい、コラ!」
老婆の声が背中に飛んできたが、俺は振り返らずに足を速めた。
どうやら、魔道具屋では手ぶらで出るのは許されないらしい……。
「すみません! 次は何か買いますからー!」
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