第六十七話「お店めぐり」
朝、俺は朝食をとりながら宣言した。
「今日こそは観光する!」
言ってしまった。ずっとやるやると言いながら、気がつけば冒険者登録だの依頼だの、教会訪問だのと、観光らしい観光ができていなかったのだ。せっかくの領都ハンシュークにいるのに、このままじゃもったいない。
リームさんは苦笑しながら、「そうか、気を付けてな」と送り出してくれたし、イテルさんには「スラムのほうにはいかないほうがいいわよ」と忠告された。
「了解です!」
元気よく返事をして、俺は家を出る。向かう先は商業区だ。行きたい店の場所はリームさんに聞いておいた。まずは武器屋、魔道具屋、魔石屋……この世界ならではの店を見て回るつもりだ。
『すごいやる気だねー!』
リラが楽しそうに言う。
「だって、今までまともに探索できてなかったんだぞ? やる気にもなるさ!」
テンションが上がって、つい大きな声になったが、まだ朝が早いからか、周囲にはほとんど人がいない。問題ないだろう。
商業区は南側にある。この領都の店は、看板に絵が描かれているのが特徴だ。武器屋なら剣や槍、服屋なら服、パン屋ならパンの絵が描かれている。識字率があまり高くないから、文字だけの看板はほぼないらしい。
リームさんの話では、この領都で一番の武器屋は『ノーギーの武器屋』だという。地面に突き刺さった剣の絵が描かれた看板が目印らしい。
「武器屋って、けっこう固まってるんだな」
商業区の中でも、武器屋が集中している通りがあるらしく、そこへ向かうと、剣の看板、槍の看板、斧の看板、弓の看板……と、それぞれ専門の店が並んでいる。
「あ、あった!」
ついに見つけた。地面に突き刺さった剣の絵が描かれた看板。外観は白い壁の、特に目立つ装飾のない店だ。ショーウインドウはなく、外から中の様子は見えない。
扉を開けると、チリンチリンと鈴の音が鳴った。
そして目に飛び込んできた光景。
「おおぉ……!」
俺は思わず声を漏らした。
中には所狭しと武器が並んでいる。剣、短剣、大剣、細剣……いずれも実用的なもので、飾りのためのものはほとんどない。まさに俺が思い描いていたファンタジー世界の武器屋そのものだ。
「いらっしゃい」
渋い声がした。カウンターの奥にいたのは、太い腕と豊かな髭を持つ壮年の男性だった。頭髪は剃っているのか、完全にツルツルだ。革のエプロンをつけたその姿は、いかにも鍛冶職人という感じがする。
ここでひやかしすると嫌がられる、というのはリームさんからのアドバイスだ。そこで俺は用意していた依頼を口にする。
「すみません。行商人のリームさんに頼まれて、短剣の整備をお願いしたいのですが」
カウンターの男は俺をじっと見た後、うなずいた。
「リームのか。見せてみろ」
俺はリームさんの短剣と、自分の短剣を取り出して差し出した。
「へえ……リームのやつ、これをまだ使ってたのか」
男は短剣をじっくりと観察しながら、少し懐かしそうに言う。
「えっと……ノーギーさん、ですか?」
「いや、ノーギーは先代の名前だ。俺はギリー。今の店主さ」
「あ、そうなんですね」
「まあ、ノーギーって名前のほうが通りがいいから、そのままにしてるがな」
なるほど。そういうこともあるのか。ギリーさんは短剣を手際よく確認すると、「問題ないが、ちゃんと研いでやる」と言ってくれた。
整備の間、俺は店内を見て回る。並んでいる剣は、どれも実用的で、美しく整えられている。壁に掲げられている剣は、恐らく一般人には手の届かない逸品なのだろう。見ているだけで圧倒される。
刃がギラリと輝く、本物の剣の数々。
このノーギーの武器屋は剣を専門に扱っているらしく、飾られているほとんどが剣だ。
しかしそれ以外にも短剣、槍、斧もちらほらとあり、弓矢も僅かながら取り扱っているようである。
どれもこれも意匠が凝っており、デザインも豊富で見ていて飽きない。
流石に勝手に触るようなことはしないが、是非とも手に取ってじっくり眺めてみたかった。
しばらくして、短剣の整備が終わった。
「これでいい。あとは手入れを怠るなよ」
「ありがとうございます!」
お代を支払い、短剣を受け取る。しっかり研がれて、刃がわずかに輝いているのがわかる。
店を出て、俺は思わず大きく息をついた。
「はあー……! 堪能した!」
『良かったねー』
領都の武器屋。想像以上に素晴らしかった。
興奮冷めやらぬまま、次の目的地へ向かうのだった。
リームさんから頼まれていた買い物の次の目的地は魔石屋だ。
魔石というからには、さぞかしファンタジックな店構えかと思いきや、実際は意外とシンプルだった。店の看板には、光る石の絵が描かれている。魔石屋の看板は、基本的に石が描かれているらしいが、その石が燃えていたり、風が吹いていたり、光っていたりと、主に取り扱っている魔石によってデザインが異なるようだ。
店のドアを開けると、天井に取り付けられた小さなベルがチリンと鳴る。
「いらっしゃいませー」
間延びしたような、どこかやる気を感じない声が店内に響いた。カウンターの向こうにいる店員は、こちらを見ずに何かを整理しているようだった。
店内は木の温もりを感じる落ち着いた雰囲気だが、正直なところ、あまり「魔石屋らしさ」はない。ノーギーの武器屋と比べると、カウンターは大きく、低く、広々としている。魔石を扱う都合上、作業スペースが広いのかもしれない。
「すみません、魔石が欲しいんですけど」
「……ああ、そりゃそうだろうね。何の魔石が欲しいんだ?」
言われてみれば、確かに魔石屋に来て魔石以外を求める客はいないだろう。少し気恥ずかしくなりつつも、リームさんから頼まれたものを伝える。
「火の魔石と、照明用の魔石を探しているんですが……。できれば火の魔石がいいですが、安いなら風の魔石でも」
「なるほどね。今は風の魔石の方が安いけど、それでいいかい?」
「それでお願いします」
「数は?」
聞かれたので、指でビー玉くらいの輪っかを作る。
「これくらいの大きさのを、5個ずつお願いします」
「んー……3号くらいだね。少し待ってて」
店員はそう言い残して、奥へと消えた。
しばらく待っていると、店員が木のトレイを持って戻ってきた。
「ほい、お待ちどう」
カウンターの上に置かれたトレイには、赤い魔石が五個と、緑の魔石が五個、整然と並べられている。
「……あれ?」
思わず声が漏れた。
「どうかした?」
店員が少し訝しげにこちらを見る。
「いや、魔石ってもっとごつごつした形じゃないんですか?」
「ああ、それは外産の魔石だろ? これは内産のだから、丸くて綺麗な形なんだよ」
「外産? 内産?」
疑問に思っていると、店員が説明してくれた。
魔石には、ダンジョン内で採れる「内産」と、ダンジョン外で採れる「外産」があるらしい。
「ダンジョン内で採れる魔石は、自然に魔力を蓄えて球状になるんだ。形も綺麗だし、流通量も多い。一方で、ダンジョン外で採れる魔石は不規則な形をしていることが多いんだけど、純度が高くて価値が高いんだよ」
「へぇ……」
まるで養殖ものと天然ものの違いみたいだな。
「ちなみに、今どんな種類の魔石があるんですか?」
「今は結構揃ってるよ。ただ、光の魔石は少し品薄かな」
「後学のために、見せてもらうことはできますか?」
「あー、まあいいよ。他に客もいないし」
頼んでみると、すんなりと応じてくれた。
店員が見せてくれたのは、青い水の魔石、茶色の土の魔石、白い光の魔石。そして――。
「この灰色のは?」
「ん? これは無属性の魔石だね。見るのは初めてかい?」
店員の許可を得て、手に取ってみる。濁った灰色をしており、他の魔石と比べると少し地味だ。
「これは何に使われるんですか?」
「うーん、あんまり人気はないけど、魔法士が魔法の威力を上げるために使うことがあるかな。あと、金のない人が買ったりする」
「魔法の威力が上がるんですか?」
「まあね。ただ、効率が悪いし、すぐになくなっちゃう。今回のサイズだと、威力が上がるって言っても微々たるもんだよ」
「大きいと?」
「人の頭くらいのサイズなら、1.2倍くらいにはなるみたいだね。でも、そんな魔石を使い捨てで持ち歩くのは現実的じゃないよ」
「なるほど……」
確かに微妙だ。
「ちなみに、これはいくらですか?」
「同じサイズの火の魔石の五分の一くらいだよ。買うかい?」
小遣い程度の金額で買えるなら、試しに買ってみるのもありかもしれない。
「じゃあ、灰色魔石を5つください」
「はいよ。毎度あり」
そうして、灰色の魔石も購入することにした。
店を出ると、リラが話しかけてきた。
『何に使うのー?』
「んー。ちょっと飲んでみようかなって」
以前モンドさんに「魔石を飲むと死ぬ」と忠告されたことを思い出すが、少しくらいなら大丈夫だろう。ダメだったら、魔法を使うときに消費すればいい。
『そうなんだね……。でも、あまりそれはしないほうがいいと思うよー』
「まあ、ちょっとだけだよ」
『ちょっとだけだよ? 変な感じがしたらダメだからねー』
「わかったって」
リラとそんなやり取りをしながら、俺は次の目的地へと向かうのだった。
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