第六十六話「魔法適性値と教会の少女」
ヘズンさんに案内された先には、ロビンが言っていた「魔法適性値計測装置」が置かれていた。
それは俺の想像以上に大きく、大きなサーバーラックくらいのサイズだった。外側には配線やパイプのようなものが這っており、明らかに持ち運びできる代物ではない。
正面と思われる部分には黒いモニターのような板があり、その下には両手で包めるか包めないかくらいの半球形の黒い石が埋め込まれている。
それは思ってた以上に機械だった。
「その黒い半球に両手を当ててもらえるかい」
言われた通りに、両手を黒い半球を包むように当てる。ひんやりとした感触が伝わってきた。
「じゃあ測るから、ちょっとそのまま動かないでね」
ヘズンさんが装置の後ろで何やら操作すると、機械的な動作音が聞こえた。そして、ほんの一瞬、手に静電気のようなピリッとした感触が走る。
「はい、終わったよ。手を離していいよ」
測定はあっという間だった。
モニターに表示された測定値を見て、ヘズンさんが驚愕する。
「すごい! 適性が二つも出るなんて! 君は火の魔法も使えるんじゃないか!?」
「え?」
表示された結果を俺も覗き込む。
光魔法 …… 2
火魔法 …… 1
……スマホのステータスに表示されている光素と火素の数値の十の位と同じだ。
「いやいや、これは本当にすごいことだよ!」
興奮気味のヘズンさんに促されて、詳しく話を聞く。
適性値は最大で「10」まで理論上存在するが、歴史上10の値が出たことはないらしい。
記録に残る最高値は5。
それほど高い適性値を持つ者は、聖者や賢者と呼ばれ、歴史に名を刻むほどの存在になるそうだ。
「ちなみに、勇者アレクシスの仲間だった聖女ユミラスローネの公式値は光魔法4だったんだよ」
「へえ……」
「魔法使いの賢者ハイラスの適性値は不明だけど、たぶん4か5はあったんじゃないかって言われてるね」
なるほど、俺の適性値2は、歴史上の偉人たちと比べれば大したことはない……はずなのだが。
ヘズンさんの興奮っぷりを見る限り、適性値2でも十分にすごいのかもしれない。
しかし、俺の数値はまだまだ上がる余地がある。
これ以上光素の値を上げて測定すれば、大騒ぎどころじゃなくなるな。
目立ちたいわけじゃないし、当面は満遍なく上げるようにするか……。
一応、この適性値を測る機械は教会にしかないらしいから、あまり知られることはないはずだ。
ふと、俺はロビンのことを思い出す。
ロビンの適性値はどれくらいだったんだろう?
気になったので、ヘズンさんに魔法学校の入学基準についても聞いてみた。
「ちなみにですが、魔法学校って、どれくらいの素質があれば入れるものなんですか?」
「え? うーん……。魔法適性が高いことに越したことはないけど、適性値が1でも入学は可能なはずだよ」
なるほど、1でも魔法学校には入れるのか。
「光の魔法って、魔法学校じゃ教えていないんですか?」
「基本的にはね。光の魔法は神学校が専門なんだよ」
魔法学校では一般的な魔法を扱うが、光の魔法に関しては神学校が圧倒的に研究が進んでいるらしい。
「何しろ生徒も先生方もほとんどが、光魔法の適性を持っているからね」
「研究対象も多いってことですか」
「そうだね、そういうことだね」
確かに、特化している環境のほうが発展も早いだろうな。
そんな話をしていると、ヘズンさんが思い出したように言った。
「あ、そうだ! 来年神学校に入学予定の子が一人いるんだけど、良かったら会ってみないかい?」
「え? うーん……」
会ったところで、どうしろと? と思ったが、ヘズンさんは熱心だ。
「年は君よりも上かもだけど、もしかしたら同級生になるかもしれないんだからさ、どうだい?」
「じゃあ、まあ、会うだけなら」
「そうか! じゃあ呼んでくるよ!」
そう言ってヘズンさんは急いで部屋を出て行った。
……どういう意図なんだろう?
神学校に俺を入れたいのはわかるが、わざわざ生徒候補を紹介してくるとは。
少しだけ、不思議に思いながら、俺はヘズンさんが連れてくる相手を待つことにした。
『光魔法の適性が高い子だってねー』
「よくわからないけど、どういう子なんだろうな?」
待つこと数分。
ヘズンさんが連れてきた少女は、まるで光そのもののようだった。
透き通るような白い肌、銀色の髪。細く華奢な体つきで、まるで幻想の中から現れたかのような雰囲気をまとっていた。
「……こ、こんにちわ、です」
彼女――ティマはか細い声でそう言った。
なんというか、儚い雰囲気の少女だ。庇護欲をそそるというか、守ってあげたくなるような雰囲気がある。
「ティマはちょっと訳ありでね。今はこの教会で暮らしているんだよ」
訳あり、か。その言葉を聞いて、俺は彼女の外見に関係するのだろうかと考えた。
この世界に来てから、彼女のように目立つ特徴を持つ人を見たことがない。透き通るような白い肌に、銀色の髪。アルビノのような特徴だが、それにしては妙に髪や肌がキラキラしている気がする。
「ケイスケ君、どうかした?」
「あ、いえ、なんでも。……それにしても、とても綺麗な人ですね」
つい、ティマの外見に目を奪われていた。なんとなく気まずくて、咄嗟にごまかす。
「……きれい?」
ティマが小さく呟いた。
その言葉にこもる微妙な感情の揺らぎを感じたが、ヘズンさんは気に留める様子もなく話を続けた。
「ティマは体が少し弱くてね。もし神学校に入ったら、気にかけてほしいんだよね」
いや、俺はまだ神学校に行くと決めたわけでは……。と思ったが、ヘズンさんの中ではもう決定事項らしい。
確かにティマは、どこか弱々しく見える。ロビンのような生命力に溢れた感じとは正反対だ。
「えっと、俺はまだ神学校に行くかはわからないんだけど、ケイスケです。……よろしく?」
「……え、と……?」
「ケイスケ君も、君と同じように光魔法の適性がとても高いんだ。年代も同じくらいだろうし、きっと頼りになると思うよ」
ヘズンさんはなんでこんなに、今日あったばかりの俺を信用するのだろう?
じっとヘズンさんを疑問の目で見ると、彼はにっこりと笑って言った。
「ケイスケ君は年の割に落ち着いているからね。僕の勘が言っているんだ。ケイスケ君なら大丈夫だってね」
「勘ですか!?」
年の割に落ち着いているってのは、その通りなのだろう。
見た目は子供、中身はいい年の大人なのだから。
俺は話の区切りがついたところで、「そろそろ失礼します」と教会を後にすることにした。
別れ際、ヘズンさんは「君が後輩になるのを楽しみにしてるよ」と俺に言った。
「はは……まあ、前向きに検討してみます」
俺は曖昧に笑いながら、リームさんの家に戻ることにした。
この教会に来たのは、ただの興味からだったが、思った以上に有益な情報を得られた気がする。
神学校に入るかどうかはまだ決めていないが、少なくとも選択肢の一つとして考える価値はありそうだ。
窓の外を見やると、教会のステンドグラス越しに沈みゆく夕日が赤く輝いていた。
教会に差し込む光は神秘的で、美しく――同時に、この場所が持つ重みのようなものを感じさせた。
「……そういえば、なんだかあの子の周り、キラキラしてたな」
帰り道、俺はティマのことを思い出して呟いた。
『あの子、精霊が守ってるみたいだよー』
「えっ?」
突然、リラの声が響く。
「精霊って、リラみたいな精霊が、あの子についているのか?」
『んー、私よりは格の低い精霊だったよー。多分、私たちのように話したりはできないんじゃないかなー』
そうなのか。確かに、リラも最初は片言だった。
「名前をつけてあげれば、話せるようになるのか?」
『そうだねー。でも、ケイスケが名付けるとケイスケとのつながりが強くなっちゃうから、あの子自身がつけてあげるほうがいいよー』
名前はやはり特別なものらしい。
そして、ふと今日のことを思い出した。
「そういえば、火魔法の適性があるって言われたな」
スマホを確認すると、火素の値は10ちょうど。
光魔法のときは同期率15必要だと思っていたが、10で足りるのか?
まあ、今さら気にしても仕方ないか。とにかく、だ。
「帰ったら、火魔法を使ってみよう!」
『おー!』
リラの小さな声が弾む。
「でも流石に、室内で火の魔法は使えない!」
『おー?』
「だから火の魔法は明日! 明日外で使う!」
『おー!』
リラの適当なノリにつられて、俺もつい笑ってしまう。
夜の領都ハンシューク。
街灯が灯り始める中、家へと向かう足取りは軽い。
なんだかんだで、明日が少し楽しみになった。
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