第六十五話「教会の助祭」
ギルドを出ると、街はすでに夕暮れ時だった。
道すがら、領都の街並みを楽しむ。
屋台で串焼きを買って食べたり、青果物を試してみたり、怪しげな露店で魔道具と称するものを冷やかしたりと、散策を楽しんだ。
「あれは魔道具じゃないんだ?」
『あれは偽物だと思うよー。魔素が感じられなかったからねー』
「なるほどなあ」
見るからに怪しげだったからな。
持っているだけで幸運が訪れる魔法の指輪とか、どこの世界でもこういった怪しげなものはあるみたいだ。
ただ、その指輪のデザインが結構凝っていて心惹かれたのだ。結局買わなかったけど。
そして、教会へ。
目の前に立つそれは、想像以上に立派だった。
夕焼けに包まれた教会は独特な存在感をさらに引き立たせている。
瓦屋根は時の経過とともに色褪せ、苔の斑点がそれを覆っていた。
それでも夕日の光に反射する瞬間、長い歴史を語るように温かい金色に輝いている。
中央には尖塔がそびえ立ち、その先端は夕陽を受け、炎のように燃え立つように赤く染まっていた。
入り口には古びた木製の扉があり、その表面には無数の彫刻が施されている。描かれているのは教会の聖人たちと、そして、見覚えのある二重丸のモチーフ——教会のシンボルが彫られていた。
扉を押し開けると、少し軋む音がした。
中は天井が高く、二本の大きな柱が目についた。
それらは石造りで、見事な彫刻が刻まれている。
床、椅子、壁、天井、そして祭壇——どこを見ても歴史を感じさせる造りだ。
「こんにちは。何か御用ですか?」
声がして、そちらに目を向ける。
現れたのは、ミネラ村の司祭とは違った、若い男性だった。
「助祭のヘズンです」
教会の中に足を踏み入れると、紺色の服を着た男が微笑みながら名乗った。
助祭とは、神学校を卒業し、まだ神父には至らない者を指すらしい。服装は質素で、胸元に下げた二重丸のシンボル以外には特に目を引く装飾もない。
彼の柔らかな物腰と親しみやすい笑顔を見て、俺は少し肩の力を抜いた。
「ケイスケといいます。突然の訪問、すみません」
「いえいえ、歓迎しますよ。何かお困りですか?」
「いえ、困っているわけじゃなくて……」
俺は教会へ来た理由を説明した。光の魔法の適性があること。ミネラ村の司祭に推薦状を書いてもらったこと。神学校への入学を勧められたが、行くかどうか迷っていることなど。
そして、そもそも神学校について詳しく知らないので、話を聞きたかったこと。
ヘズンさんは俺の話を最後まで静かに聞き、目を輝かせながら言った。
「それは素晴らしい! 光の魔法の適性があるなら、ぜひ神学校への入学をお勧めしますよ」
「ヘズンさんも神学校を卒業されたんですよね?」
「ええ、三年前に卒業したばかりです」
ならば、きっと詳しい話が聞けるだろう。
「場所を移しましょう。落ち着いて話せる部屋があります」
俺は彼に案内され、教会内の一室へ通された。
そこはシンプルな部屋で、祭壇と机、椅子があるだけ。相談室のような雰囲気だ。
向かい合って腰を下ろし、話を続ける。
「それで、神学校のことですね?」
「はい」
ヘズンさんは頷き、神学校について詳しく説明してくれた。
・光の魔法の適性があれば、誰でも入学できる。
・入学時期は春、つまり四月。日本の学校と同じ。
・期間は三年から九年。
・途中入学も可能だが、よほどの事情がない限り例外扱い。
・寮生活で衣食住は保証される。制服もある。
・学費は基本的にかからない。
・ただし、個人的に金銭が必要なら、奉仕活動をするか、冒険者登録をして依頼をこなす生徒もいる。
「意外と自由なんですね」
「そうですね。でも、お金を稼ぐために冒険者活動までする生徒は、一学年に一人か二人くらいでしたよ」
生徒数についても教えてくれた。
・一学年の定員は約三十人。
・全体では二百人ほどが在籍。
・四年以上の学年になると、より専門的な学びを求める者が多く、三年で卒業する者も少なくない。
「四学年以上の人たちは、もっと深く学びたい人たちってことですか?」
「そうですね。僕は早く現場に出たかったので、三年で卒業しました」
俺が興味を持っている授業内容についても聞いてみた。
・光の魔法の理論と実技。
・神書(聖書のようなもの)の研究。
・礼拝の仕方や儀式の実習。
・歴史、芸術、礼儀作法などの一般教養。
「歴史とか芸術は面白そうですね」
「おや? 神書や礼拝には興味がないのかな?」
俺は正直に頷いた。
「正直なところ、光の魔法について学びたいだけで、神書や礼拝にはあまり興味がないんですよね」
ヘズンさんは少し考え込んでから、苦笑しつつ言った。
「……なるほど。でもまあ、そういう考えの人もいますよ。ただ、授業を受けないというわけには……いかないんですけどね」
「やっぱり、そうなりますか」
「ただし、飛び級制度もあります」
「飛び級?」
「その学年で学ぶべきことを、すべて習得していると証明できれば、試験を受けて飛び級が可能です」
それなら、俺にも何とかなるかもしれない。
「ただし、神書や礼拝の試験も含まれますけどね」
「やっぱりですかー」
「ははは、まあ僕も最初は苦手でしたから」
そう言いながら、ヘズンさんは肩をすくめた。
最初の真面目な印象とは裏腹に、話しているうちにだんだんフランクな雰囲気になってきた。
俺のことを後輩になるかもしれない相手として親しみやすく感じているのかもしれないし、そもそもこういう性格なのかもしれない。
話していて悪い気はしなかった。
そうこうしているうちに、彼がふと目を丸くする。
「……そういえば、君、名前は?」
俺は思わず苦笑した。
「すみません、失念してました。ケイスケといいます」
ヘズンさんはにっこりと微笑み、俺の手を握ってきた。
「ケイスケ君ですね。よろしくお願いします」
しっかりとした握手だった。
「そうか。ケイスケ君は、光の魔法の適性があるって言ってたけど、適性値はどれくらいだったんだい?」
ヘズンさんが興味深そうに尋ねてきた。
「適性値、は測ってないですね。光の魔法が使えたので、村の司祭様が適性があるって言ってくれたんですけど」
「そうなのか!? それはすごいね、初めから魔法を使えたってことかい?」
「まあ、そうですね」
ミネラ村の司祭さまも驚いていたが、やはりいきなり魔法を使えることは珍しいようだ。
「実際に使ってみてもらってもいいかな?」
「わかりました」
俺は軽く手をかざし、光球の魔法を発動させた。白い光が手のひらからふわりと生まれ、白い温かみのある輝きを放つ。
「おお……!」
ヘズンさんが目を輝かせる。
「これは本当に素晴らしいよ! せっかくだから、適性値を測ってみるかい?」
適性値を測るって、ロビンの言っていた教会の機会のことか?
俺は少し考えたが、興味があったのでお願いすることにした。
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