第六十三話「依頼掲示板と資料館」
「規約とか、こういうのはしっかり確認しとかないと、と思って」
「……あの旦那の教えか? だけど、もう少し楽にやったほうが人生楽しいぜ?」
「ははは、覚えておきます」
ダッジのいうことも一理あるだろうが、こういうことはしっかり押さえておかないと、あとでトラブルになったりしたときに違ってくるからな。
「そんじゃ、依頼の掲示板見に行くか。依頼の選び方を教えてやるよ!」
ダッジが楽しげに言う。
「いや、俺はそろそろ……」
リームさんが登録だけして帰ってこいと言っていたような気がするので、お暇しようとするが――。
「え? 今日はもう帰る? そんなこと言わずに、見るだけ見とけって! 先輩の言うことは聞いとくもんだぜ!」
「……まあ、見るだけなら」
そんなに時間はかからないだろう。それに何より、俺自身興味がある。冒険者ギルドの依頼というのはどんなものなのか。
ダッジとともに、掲示板のほうへ歩き出す。
途中、巨漢のバンゴが話しかけてきた。
「終わったのか? ずいぶん時間がかかったな?」
「ああ、まあなあ。こいつ、ハンスに規約の説明受けてたんだぜ」
「そりゃあ……。災難だったな」
ハンスさんの人気は、やはりないようである。
その後ろでは、ズートがジトッとした目でこちらを見ていた。あまり口数が多いタイプではないらしい。なんとなく、何を考えているのかわからなくて、少し身構えてしまう。
そして、ようやく依頼掲示板の前に到着した。
「等級によって、掲示板の場所が違うんだぜ」
ダッジがそう言って、大きな掲示板の横にある小さめの掲示板を示した。
「新人なら、まずは薬草採取の依頼なんかがオススメだな。あっ、これはマジなやつな」
「マジじゃないやつがあるのか?」
「まあ、色々とな!」
依頼を見てみると、薬草採取のほかに配達、土木作業、建築、掃除、家畜の世話など、本当にいろいろな依頼が並んでいる。横の大きな掲示板には探索や護衛、討伐の依頼もあるようだった。
「ちなみに、石級の依頼は冒険者なら誰でも受けることができる依頼だ」
なるほど。俺はこの掲示板の依頼のみ。いずれはあっちの依頼も受けてみたいものだ。
「そういえば、ダッジたちの等級はどれくらいなんです?」
「俺たちは銅だぜ」
なるほど。冒険者の等級は石、鉄、銅、銀、金と上がっていくが、丁度真ん中の級というわけだ。
「とりあえず、薬草採取の依頼は依頼書をとらなくていいぞ。常時依頼だからな」
そういえば、ミネラで薬草を採取したことを思い出す。狩った獣なども買い取ってくれるらしい。
「そういえば、この世界には保護生物とかいないんですか?」
「なんだそりゃ?」
ダッジはポカンとした顔をした。
まあ、データの蓄積なんかもできないだろうし、どんな生き物がどんな場所に生息しているのかはわかるんだろうけど、全数の調査なんてできないだろうし、さもありなんといったところか。
「薬草の採取地なら教えてやるぜ! 明日、森へ一緒に行ってみるか?」
ダッジの提案に、少し悩む。領都にいるうちに、一回くらいは依頼を受けておいたほうがいいだろうしな……。
聞けば、採取地は領都からすぐの森にあるらしい。ダッジたちは護衛の依頼を終えたばかりで、しばらくは仕事をしないとのことだった。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「おうよ!」
俺はダッジにレクチャーを頼むことにした。
「薬草採取なら、朝早くに出発したほうがいい。だから、明日は鐘二つの時間に、ギルド前に集合な」
ダッジが言いながら、指を二本立ててみせる。鐘二つ……つまり朝の八時くらいか。まあ、それくらいなら問題ない。
「わかりました。じゃあ、俺は学術資料館に行ってみたいんですが」
「……お前、マジか!? あんな本だけの場所行って、何するってんだよ!?」
俺の言葉を聞いた瞬間、ダッジの目が見開かれた。その反応に、すぐ隣のバンゴやズートも、まるで信じられないものを見たかのような顔をする。
「何って、その本を読むつもりなんだが」
「い、いや、まあ読みたいなら止めないけどよ……。というか、お前、あの旦那に早く帰れって言われてなかったか?」
「あ、そういえば」
言われて気づいた。確かに、リームさんには「登録だけ済ませたらすぐ帰ってこい」と言われていた。だめじゃん、俺。
でも、少しだけなら……。
「……ま、ちょっと覗いたら、すぐに帰りますよ。大丈夫です」
「お、おう。俺たちはそっちに付き合う気はねえからな」
ダッジたちは呆れたように肩をすくめ、明日の集合時間をもう一度確認してから去っていった。
さて、資料館だ。
ギルド内を見回すと、ちょうど話しかけやすい位置にハンスさんがいたので、声をかけた。
「すみません、先ほどの学術資料館を利用したいんですが」
「……うむ。ついてこい」
どう考えても、雰囲気的にこのギルドの中で学術的なことを聞くのに適任なのはハンスさんだろう。彼の案内で、ギルドの二階へと上がる。
ドアを開けると、そこには落ち着いた木の内装の部屋が広がっていた。本棚が並び、全体で二十畳ほどの広さ。机が二つ、椅子が四つほど配置されている。
だが――。
「誰もいないんですね」
「ここに足を運ぶ冒険者は稀だ。好きなだけいるといい。夜間は閉鎖するがな」
やはり人気がないらしい。ダッジたちの反応を思い出すと、まあ、そうだろうなと思う。
そもそも、こういう本を読むこと自体が苦手な人が多いのかもしれない。自分の名前を書くくらいはできても、長い文章を読むのは厳しいとか。
「本は持ち出し禁止だ。また、破損させた場合は弁償の請求もあり得る。丁寧に扱うように。書き写すことは自由だ」
「わかりました」
「ではな」
ハンスさんはそれだけ言うと、ドアを閉めて去っていった。
……さて。
静かになった室内には、古い紙の匂いと、木の独特な香りが漂っている。
「なんだか落ち着くな」
『落ち着くの?』
「ああ、こんな環境は初めてだけど、不思議だな」
『そうなんだ。私はやっぱり暗いところが落ちつくかなあ』
周囲に人がいなくなったからか、リラが話しかけてきた。
さすがに姿を見せることはないが、俺の影の中にいるのだろう。
早速、本棚を見て回る。
魔獣大全、各地の風俗、風習、地理、歴史、植生分布図……どれも興味深い内容ばかりだ。だが、今の俺にとって特に重要なのは――。
「やっぱり欠かせないのは、魔法と精霊の本だよな」
選んだのは、『魔法入門』『魔法基礎』『魔法の詠唱の考察』『魔法と精霊の関係について』の四冊。
資料館だけあって、旅行記や冒険記のようなタイトルは見かけたが、小説らしいものはなかった。この世界の物語といえば、俺が知っているのは勇者アレクシスのものくらいだ。他にも物語があるのなら、ぜひ読んでみたかったが……まあ、それは後回しだ。
さっそく、『魔法入門』から読み始める。
ちなみに『魔法基礎』も内容は似通っているものだった。
— 魔法は詠唱によって発動される。
— 体内の魔素が詠唱によって引き出され、形となる。
— 魔素の保有量は人によって異なる。
— 魔素を持たない人間、生物は存在しない。
— 魔素は大気中に満ちており、その濃度に差はあるが、魔素がまったくない場所はない。
なるほど、基本的な内容だが、知っておいて損はない。
— 魔法適性とは、火、水、風、土、光の属性の体内魔素の量と比率のこと。
— いくつかの属性を持つ者も稀に存在する。
— 属性は基本的に五種類だが、例外も存在する(詳細不明)。
次に『魔法の詠唱の考察』の内容だ。
— 魔法詠唱には必ず決まった文法がある。
— 詠唱を間違えると、そもそも発動しない。もしくは魔法が意図しない別の形で発動する。
— 上級魔法になるほど詠唱は長く、複雑になる。
— 詠唱の単語については解明しているものもある。
— 解明されている単語には『火』『水』『風』『土』『光』のほか、『集え』といった命令語がある。
— しかし、文法や単語にはまだまだ分からないことが多い。
そして、俺が最も気になること――。
「日本語、という単語は見当たらないな……。当たり前だろうけど」
この世界の魔法詠唱は、どう考えても日本語にしか聞こえない。だが、この本には「なぜ詠唱が日本語なのか」という記述はない。
「ここが、一番知りたいところなんだが……」
不思議だ。なんで日本語なのだろう?
次に『魔法と精霊の関係について』を開く。
— 精霊には少なくとも五属性(火、水、風、土、光)の精霊がいる。
— それ以外にも、『知の精霊』『力の精霊』『波の精霊』の存在が確認されている。
— 精霊はそれぞれ好む場所があり、精霊がいる場所ではその属性の力が強くなる。
— 意思疎通がとれる精霊は稀であり、非常に珍しい。
— 精霊の多くは伝説の中に描かれているが、概ね人を助ける存在である。
— もちろん、人に害なす精霊もいるが、それは多くの場合、人間が精霊を怒らせた場合である。
— 精霊は独自の考えをそれぞれ持っており、精霊が怒るのは、その思想に人間が抵触した場合が多い。
— 五属性以外の精霊について、時間、空間、言語、生命、重さ、記憶、真実などの精霊が確認されている
「精霊の種類って、思ったより多いんだな」
『そうだねー。いっぱいいるよー』
「リラは、精霊の種類が全部わかるのか?」
『んー。わかんない』
「わかんないのか……」
いっぱいいることはわかっても、種類はわからないと。まあそういうこともあるだろう。
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