第五十九話「若い冒険者」
馬車から次々と荷物が下ろされていく様子を、ぼんやり眺めていた。馬車を引く馬が鼻を鳴らし、積み荷の麻袋が音を立てて石畳に降ろされていく。卸問屋の人たちは慣れた手つきで荷を運び、手際よく分類していく。
その忙しない光景を見ながら、俺はただのんびりと立っているだけ――のはずだった。
「お前、すごかったな」
背後から声がかかり、びくりと肩が跳ねた。振り返ると、そこに立っていたのは、俺と同じくらいの背丈の男。……いや、もしかしたら少し低いか? それでも堂々とした雰囲気で、なんとなく場慣れしている印象がある。
革製の鎧に腰の剣、使い込まれたブーツといい、まさに「冒険者」という言葉がしっくりくる姿だ。若そうだが、目つきには妙な自信があった。髪は濃い茶色で、瞳も同じ色をしている。
「冒険者、か?」
俺がそう尋ねると、男はふっと笑った。
「おう、冒険者だぞ。にしてもお前すごいな、さっき人ごみの中をヒョイヒョイっと躱してたろ? まるで斥候職みたいだったぞ」
……え、見られてたのか、あの地獄の人混み。必死にぶつからないように忍者の如く身を翻していただけなのに、斥候って。俺は思わず苦笑した。
「ああ……うん、結構必死だったよ」
あれを冷静に見られていたと思うと、ちょっと恥ずかしい。目の前の男は俺を面白そうに見ている。
「それで、何か用か?」
「用ってほどじゃないさ。暇だったからさ。ここにいるってことは、商人の息子か?」
男はリームさんの方をちらっと見てから、また俺に視線を戻す。
「……って感じでもなさそうか。小姓か何かか? なら、冒険者になることをお勧めするぞ。さっきの回避術を生かせるぜ?」
冗談めいた調子でそう言われて、俺は苦笑するしかなかった。どうやらこの男、ただの絡み好きってわけじゃなさそうだ。興味があるなら、こちらからも訊いてみよう。
「君も若そうだけど、冒険者になってどれくらいなんだ?」
すると、男の表情が微妙に曇った。というか、少し困ったような、気まずいような……そんな顔。
「あー……まあ、人間族ならそうか? 若そうか、そうだな」
「ん? 違うのか?」
もしかして、実は結構歳いってたりするのか? 俺が訝しんでいると、男は苦笑しつつ名乗ってきた。
「俺は小人族のダッジっていうんだが、年齢は29だ」
「……それは、失礼しました」
見た目で完全に15歳前後だと思ってた。まさか俺とほとんど変わらない年齢とは。謝る俺に、ダッジと名乗った冒険者は手をひらひらと振った。
「まあ、いいよ。割と慣れてるからさ」
よく見れば、耳の先が少しだけとがっている。なるほど、言われてみれば確かに小人族っぽいかもしれない。けど、普通にしてたらわからん。
この世界ではエルフもドワーフも見いて、見た目と年齢が一致しないっていうし、見た目で判断するのは難しいってことだろう。
「それで、ダッジ……さんは、ここで何を?」
「ダッジでいいさ。まあ、依頼のついでだな」
聞けば、彼は別の町から護衛の依頼を受けてこの領都ハンシュークまでもどって来たところだそうだ。
ダッジはこの領都所属の冒険者なのだが、依頼で別の町へ行き、その町でまたこの領都へと戻る護衛依頼を受けたとのこと。このザグレフ領は比較的安全らしいが、他の領では盗賊や魔獣が多く、護衛の需要があるとのこと。道案内も兼ねて商人をここまで連れてきらしい。
その商人はまだ、あの人でごった返す問屋の中。ダッジは仕事が一段落して暇だったようで、暇つぶしに声をかけてきた、というわけか。
現役冒険者か。
「……実は俺も、冒険者登録はするつもりなんだ」
俺がそう伝えると、ダッジは目を見開き、にやりと笑った。
「おっ! そうなのか。じゃあ後輩だな!」
いや、まだ登録もしてないのに……と思ったけど、まあ気さくな奴だ。
「いつ登録するんだ? お前、騙されそうだからさ、俺が付き添ってやるよ」
俺は思わず笑ってしまった。確かに冒険者登録とか具体的によくわからないから、案内してくれるのはありがたい。
「ケイスケ、どうした?」
ちょうどいいタイミングでリームさんがこちらに向かってきた。俺は事情を説明する。
「リームさん、冒険者登録の件なんですが、こちらのダッジさんが付き添ってくれるとのことで、明日あたりに行ってきてもいいですか?」
リームさんは俺の話を聞いてから、ダッジに視線を移す。
「……ふむ」
「どうも、旦那」
朗らかな笑顔を浮かべるダッジ。リームさんが俺のために考えているのがわかるから、俺は続けた。
「領都の冒険者で、案内もできるって言ってくれてるんです」
「……そうか。まあ、ケイスケが自分で判断したんだな?」
「はい」
「なら、任せよう」
リームさんはそう言って頷いた。
「ただし、明日は冒険者登録だけで、依頼やその他の勧誘をしないことが条件だ」
リームさんの静かながらも芯のある声が耳に残る。朗らかに笑っていたダッジは少しだけ眉を上げて、それでもすぐに笑みに戻る。
「いいですぜ。ただ、それなりに冒険者の事を教えてやろうと思うんで、帰りは遅くなるかもですがね」
「……いや、できれば早めに帰してほしいところだ。こちらにも都合があってね」
「そうですか? わかりました。なら、そのように」
ふたりのやり取りを見ていて、ダッジは軽いようで案外空気を読む。そんな印象を受けた。ふざけた感じで見えても、商人であるリームさんを怒らせるような真似はしない辺り、地に足がついている。
「じゃあ、明日の昼の鐘あたりに、冒険者ギルドの前で待ち合わせで――って、お前、名前は?」
「あ、ケイスケです」
「じゃあ、ケイスケ、また明日な」
手を軽く上げ、ダッジは軽快な足取りで去っていった。俺と同じか、少し下くらいの背丈の後ろ姿が、あっという間に人混みに紛れて見えなくなった。
「……さて」
リームさんが、問屋の査定人から書類を受け取る。積み荷の精算は後日とのことだった。なんだかんだで俺が荷物を運んでいる間に、話は進んでいたようだ。
問屋からの帰り道、石畳の道を歩きながら、リームさんがふと口を開いた。
「気をつけろ、ケイスケ。あまりあの冒険者を信用しすぎるな」
歩きながらのその言葉に、俺は思わず顔を上げる。
年若い冒険者があまり良い扱いを受けていない――そんな話を、ミネラ村でも聞いたことがある。
理由は単純だ。経験不足、無鉄砲、そして責任感の薄さ。中には無謀に突っ込んで命を落とす者もいると。
そして何より、騙されやすい。
もしかして、俺は軽率だったのかもしれない。ダッジの言葉に浮かれて、危機感を忘れていた。
「……わかりました。明日は登録だけをして帰ってきます」
俺の言葉に、リームさんは首を横に振った。
「いや、ギルドの説明は受けてくるといい。さっきの冒険者に聞くのではなく、ちゃんとしたギルドの職員にだ」
「了解です」
都会は人が多い。そのぶん善意も悪意も多くなる。誰もが親切とは限らないし、逆に全員が悪人でもない。けれど、まずは警戒しておくことが大事なのだろう。
慎重に臨まなければならない。
騙されるということは、騙す側の人間がいるということ。なんせ、今の俺は若返った結果、少年より少し上くらいの見た目をしているのだから。
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