第五十八話「領都ハンシューク」
馬車に揺られるのにも、そろそろ慣れてきた頃だった。
ウルム村を出発して三日。目的地である領都――ハンシュークへと到着した。
「うおー……」
言葉にならない声が、自然と口から漏れた。
まず、遠くからでもわかるその存在感に圧倒された。高く聳え立つ灰色の城壁。俺たちが進む街道沿いに、その巨大な壁が延々と続いている。その上に目をやれば、様々な形をした屋根がいくつも頭を覗かせていた。
「でけえ……」
あれが全部建物だというのか。あの高さ、普通の建物じゃない。あの屋根の高さからして、三階どころじゃない建物も混ざっているに違いない。丘の上にでも建っているのかと思ったが、地形はそこまで急ではなさそうだ。だとしたら、純粋に建物が高いのだろう。
進む先に大きな門が見える。
遠めでもわかるその威容。そこを通過している人や馬車のとの比較で、10メートルはありそうだ。
その門の手前には小さな小屋がいくつか建っており、鎧兜を身に着けた兵士のような人たちが領都に入る人たちの手続きを行っている様子だった。
馬車が大きな門に近づくと、人と物の密度が増してきた。
周囲を見渡せば行き交う人々、馬車、大きなトカゲや、ダチョウのような乗り物。見たこともない獣の背にまたがっている人もいる。俺たちの馬車と似たような荷馬車もあれば、装飾の施された立派な馬車もある。様々な人種が混じり合い、賑やかに通りを行き交っていた。
領都へ入る手続きはリームさんが書類を見せ、恙無く終わり、いよいよ領都の中へ。
門を通過したときには、城壁の内側に描かれた巨大な壁画や、彫刻にも目を奪われた。灰色の壁に、見事なバランスでそれらが配置されていて、不思議と雑然とした印象はなかった。
「こりゃあ……すごいな」
「ケイスケ、あまりきょろきょろしてると、首が疲れるぞ」
前の席からリームさんが苦笑混じりに振り返る。
「ふふふ、都会でびっくりしてるわね」
イテルさんも穏やかな笑みを浮かべる。
二人とも、この街には慣れているようだ。そういえば、この領都に彼らの家があると言っていた。さもありなん、というやつだ。
慣れた様子の二人を見て、ここ数日一緒に過ごしてきたというのに、彼らが何故かかっこよく見えた。
正直に言えば、ミネラ村やウルム村ののんびりした雰囲気から、この世界の文明レベルはそこまで高くないのでは――と思っていた。だが、それは俺の完全な誤解だった。
建物はどれも密集し、高さもある。屋根の色も多彩で、白や茶色、赤や青の壁や屋根がひしめき合い、活気という言葉では収まらないほどのエネルギーを感じた。石畳の道は広く、馬車同士がすれ違っても余裕がある。その横では人が絶え間なく往来していた。
服装も多種多様だ。
ゆったりとしたローブを着ている人。肌を多く露出しているような服を着た人。赤、青、黄色、緑……色合いもカラフルで、しかしどこか洗練されているような印象を受ける。
あの大きな籠をたくさん背負っている人はなんだろう? 籠を打っている人なのか、それとも何かをそれに入れて運んでいるのか。
両肩に鳥をのせている人がいる。ファッションで縫いぐるみみたいなものなのかと思ったら、鳥は本物だった。青と黄色の二羽は大人しく肩に止まっている。
冒険者のような恰好の女性もいる。栗色の髪の毛で、背中には長剣を背負っていた。
「まずは卸問屋に商品を売りに行く。そのあとは私たちの自宅に向かう予定だ」
リームさんがそう言って、馬車を器用に誘導しながら一度振り返る。
「了解です」
「それじゃあ、あとでね」
俺が頷くと、イテルさんは馬車を降りてそのまま自宅へと向かった。リームさんと俺は、そのまま馬車で卸問屋へ向かうようだ。
問屋街は、多くの人が行き交っていた。
「こっちだ、ケイスケ」
「はいっ!」
馬車を降りて人混みの中、リームさんの背中を追いかける。
……が、これが大変だった。
とにかく人が多い。しかも、やたらとぶつかりそうになる。
「え、ちょ、わっ……」
ひらりとかわす。避ける。避ける。肩が当たりそうになり、身体をひねって回避。
ぶつからないようにと、必死に動いている俺の前を、リームさんはというと……普通に人に当たりながら進んでいく。
あれ? ぶつかってる……いや、当たっても平然としてる……!
俺の方が避けてる。完全に。
「日本人って人混みを回避する能力が高い」――そんな話を聞いたことがあったけど、まさかこの異世界でそのスキルを発揮することになるとは……。
「……忍者か、俺は……」
そんなことを呟きつつも、ようやく目的地にたどり着いた。
問屋――と聞いていたけど、これはもう、市場……いや、倉庫街だな。
体育館……いや、それ以上の広さがある建物の中には、所狭しと商品が並び、人が行き交っている。天井が高く、声が反響しているのか、活気と雑踏が耳に響く。
「ケイスケ、こっちだ。はぐれるなよ」
「は、はい!」
再び人の波の中を進む。今度は建物の中なので、道幅も狭く、余計にぶつかりそうになる。
回避! 回避! そしてまた回避!
ようやく、カウンターらしき場所に到着した。
リームさんが札を提出し、カウンターの中にいた男が何やら確認して頷く。それから、問屋の査定人と、荷下ろし担当の人が同行してくることになった。
「馬車に戻るぞ」
リームさんのその一言に、俺は無意識に顔を引きつらせた。
……また、あの人混みを?
「は、はい……」
再び、人の渦に飛び込む。
避けろ、かわすんだ。忍者だ俺は……!
そうやってようやく馬車に戻った頃には、すでに息が上がっていた。
「……つ、疲れた」
本気で、地面にへたりこみたかった。
人混み、恐るべし――。
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