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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第一章「異世界スタート地点:ゴブリンの森と優しき村」

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第五十四話「別れの時」

 朝から、村の人々に別れの挨拶をして回る。

 この一か月間、短いようでいて密度の濃い時間だった。俺はミネラ村で、多くの人たちと出会い、関わり、助けられながら生きてきた。その一人ひとりに感謝を伝えなければならない。


 まず、教会の司祭さまのもとを訪ねると、彼は俺に一通の推薦状を手渡してきた。


「これは?」

「君に神学校への入学資格を与える推薦状です。私の名も記しておきましたよ」


 その推薦状には、「イネハギート・デルブネラ」と神父の名前が記されている。

 そういえば、司祭さまの名前を聞いたことがなかったな。なんというか、かっこいい名前だ。


「ありがとうございます。でも、俺が神学校へ行くかはまだ決めていません」

「ええ、それでいいのです。ただ、そうであればいいと願う老人が一人いたことを、覚えておいてもらえれば十分ですよ。……君に神の導きがあらんことを」


 そう言って微笑む司祭さまは、どこか寂しげにも見えた。

 俺は推薦状を受け取り、深く一礼する。


「お世話になりました」

「こちらこそ、あなたの旅路が光に包まれることを願っています」


 祝福の言葉を受け、俺は教会を後にした。


 次に訪ねたのはモンドのところだった。

 彼とは剣の組手をするのが日課になっていた。最後の機会ということで、今日も剣を交える。


「よし、来い!」

「行きます!」


 木剣を構え、モンドさんへ踏み込む。だが、やはり攻撃はことごとく捌かれる。


「最初に比べると、大分上達したな」

「そうですか? 全然当たらないですけど……ねっ!」


 縦に振り下ろした剣を、緩急をつけて跳ね上げ、横へと振る。


「おっと、今のは危なかったぞ!」


 軽く後ずさるモンドの姿に少し手ごたえを感じたが、それ以降はいいところなし。結局、最後に転ばされて組手は終了した。


「ふぅ……」

「まだまだ鍛錬が必要だな」

「ですね……」

「そんなに落ち込むな。たった一か月でここまで動けるなんて、才能あるぞ?」

「本当ですかあ?」

「お世辞なんか言わねえよ」


 大げさに落ち込む俺だが、なんだかんだこの時間は俺にとって、とても楽しい時間だった。

 身に着けていく技能が剣と魔法なのだ。そういったものに憧れていた俺にとって、心躍らないわけがなかった。


「ほら」


 座り込んでいた俺に、モンドさんは練習に使っていた木剣と、まだら熊討伐のときに貸してもらった短剣を手渡してくる。


「これを持っていけ、餞別だ。役に立つだろう」

「ありがとうございます」

「剣は毎日振れよ! 無駄にならないからな!」

「はい!」


 俺は深く頭を下げ、モンドとの時間を胸に刻んだ。


 夜、村では俺のために宴会が開かれた。

 オーブリーさんは「来年も必ず来てくれ!」と何度も言い、リエトは俺に抱き着いて泣いた。


「ケイスケ、いっちゃやだぁ!」

「はは、また会えるさ」


 ベッタさんも涙を浮かべ、つられて俺の目にも熱いものが込み上げてくる。

 ロビンは、この場ではあまり話をしなかった。


「あとでゆっくり話しましょう」


 そう耳打ちされたのが気になったが、今はこの時間を楽しむことにする。




 宴が終わり、皆が解散し始めたころ、俺はロビンと示し合わせて外へと抜け出した。

 村人たちは酒が入っているせいか、誰も深くは気にしていない。

 二人で小走りに向かったのは、ロビンと初めて会った場所。

 そこにはあの日のように、リームさんの馬車が停まっていた。


「焚き火はないな。暗いから明かりを出すよ」

「うん、お願い」


 俺は魔法を使い、光球を出す。

 暗闇の中、小さな光球がふわりと浮かび上がる。

 俺とロビンの顔を照らすその光を見て、俺たちは思わず笑いあった。


「……この一か月、本当に色々あったな」


 しみじみと俺が言うと、ロビンは大きくうなずいた。


「ほんとよ、ありすぎだわ!」


 ミネラ村に来たのは、もう一か月前のことになる。

 最初はオーブリーさんの書類仕事を手伝い、光の魔法が使えることで重宝された。

 その後、まだら熊討伐に参加し、誘拐事件を防ぎ、裁判まで経験することになった。

 普通に生きていたら一生に一度も体験しないような出来事が、次から次へと押し寄せてきた。


「そうだ! 聞きたかったのよ!」


 ロビンが勢いよく顔を近づけてくる。


「な、なんだよ」

「ケイスケ、あの黒いモヤモヤはなに!? 新しい魔法を使ったの!? いつ覚えたの!?」


 俺は一瞬考え、それから首を横に振った。


「あれは魔法じゃないよ」

「ええ……? じゃあ、なんなの?」


 俺は少しだけ躊躇い、それから呼びかける。


「リラ、いるか?」

『いるよー』


 俺の脳内に響くリラの声。ロビンには聞こえていない。


「ちょっとロビンに姿を現してくれるか? 光の精霊っぽく頼む」

『わかったよー』

「え? 光の精霊? なに? なんなの?」


 ロビンが疑問をぶつけてくるが、俺は黙ってリラが姿を現すのを待った。

 すると、淡く発光する存在が、ふわりと俺たちの前に浮かび上がる。


「……せい、れいさま?」


 ロビンは目を見開き、呆然と呟いた。


「見ての通り、光の精霊のリラだ。ゲズを拘束したのは、リラがやってくれたんだ」

「え……!? 光の精霊様が!? ……でも、なんで闇の魔法みたいなことができるの?」

「それも光の力の一つらしい。光を操れるってことは、闇も操れるってことなんだと」


 俺はリラにお願いし、目の前でその力を実演してみせる。

 光の粒子が集まり、闇のような影を作り出す。

 ロビンは目を丸くし、息を呑んだ。


「……そうだったのね」


 呟くように言うと、ロビンは放心したようにリラを見つめた。

 普通は精霊がこうやって姿を現すことは珍しいのだろう。


「光の精霊様って、闇の魔法が使えたのね……」

「ちなみに、闇の精霊ってのはいるのか?」


 俺が聞くと、ロビンは「え?」と不思議そうな顔をした。


「闇の精霊って、魔王のことよね?」


 ――そういう認識なのか。


 俺は一つ、大事なことを知った。

 この世界では、闇の精霊と魔王は同一視されているらしい。

 それならやはり、リラの普段の姿は誤解を招きかねない。


 ……やっぱり、人前では光ってもらったほうがいいな。


「でも、精霊様のおかげで私は助かったのね。ありがとう!」

『どういたしまして!』

「ねえ、ケイスケ、精霊様はなんて?」

「どういたしまして、だってさ」

「わあ……! でも羨ましいな! 精霊様と会話ができるなんて」


 リラが「光るのが疲れたー」と言うので、一旦姿を消してもらった。

 そして俺たちは、何気ない話を続ける。


「そっか、ロビンはやっぱり王都の魔法学校を目指すのか」

「そうよ! 私は絶対に王都の魔法学校に入学してみせるわ!」


 ロビンの目が輝いている。

 俺は自然と笑みをこぼしながら、肩をすくめた。


「だからケイスケ、あなたは神学校に入って、王都で再会しましょうよ!」

「……うん、いいな。俺は神学校に入るかまだ決めてないが、王都で再会するってのは賛成だよ」

「なんでよ!? ケイスケなら、絶対に神学校に入るべきよ。それで、すごい司祭様になるんだわ!」

「ははは、まあぼちぼち頑張るよ」

「ぼちぼちじゃだめよ! いっぱい頑張るのよ!」

「はいはい。承知しました」

「返事が適当ー!」


 ぷんすか怒るロビンと、のらりくらりとかわす俺。

 そして、ふと二人で顔を見合わせると、また笑いがこぼれた。


 心地よい時間が、ゆっくりと流れていく。

 ぼんやりとした光が二人の顔を照らし、闇に浮かび上がっていた。


 俺たちはもうすぐ別れる。


 でも――この時間だけは、もう少しだけ続いてほしい。


 その思いは、多分俺だけが願っていたことではなかった。


最後までお読みいただきありがとうございます!

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


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コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[誤字報告]以前に司祭さんの名前は出ていると思います
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