第五十三話「裁きの時」
朝、目を覚ますと、干し草の感触が全身に広がっていた。
納屋の中で寝たせいで、服の隙間にまで入り込んだ干し草がチクチクと肌を刺激する。軽く体を払ってみるが、細かいものはなかなか取れそうにない。まあ、あとで川で体を洗えばいいだろう。
納屋の扉を開けると、太陽の眩しさに目を細める。
もうとっくに日は登っていたようだ。
あくびをしながら伸びをして、朝の空気を吸い込む。
「ケイスケがいない!」
ロビンの声が家の中から響いてきた。どうやら俺が納屋で寝ていたことに気づかず、家の中を探し回っていたらしい。
「おーい、ここにいるぞ」
手を振ると、ロビン、オーブリーさん、リエトが揃って駆け寄ってきた。
「ケイスケ! どこに行ったのかと思ったぞ!」
「邪魔をしないように、納屋で寝てたんですよ」
そう答えると、オーブリーさんが申し訳なさそうな顔をした。
「ケイスケ、君は我が家の恩人なんだ! そんな恩人に、納屋で寝かせるなんて、私は……!」
「いや、本当に俺が寝たかっただけですから」
必死に弁解していると、リエトがちょこちょこと近づいてきた。
「ケイスケはすごいんだよ! 納屋の泥棒のことだって、気が付いていたんだから!」
どうやらリエトが話してくれたらしく、オーブリーさんは納屋荒らしの件についても知っていた。そして、それに対しても深く感謝された。
「でも、俺がもっと早く動いていたら、ロビンは怖い思いをせずに済んだはずです。申し訳ない」
そう伝えると、オーブリーさんはますます恐縮してしまった。どうやら俺の言葉が逆効果だったようだ。
そんな中、村の入り口で見慣れた姿を見つけた。リームさん夫妻だ。
この村に来て、もう一か月が過ぎた。
連絡手段もなにもない環境だったからいつ来るのかと思っていたが、そうか、今日だったのか。
「リームさん、お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだな。元気そうで何よりだ。……ところでケイスケ、何があったんだ?」
村の様子で何か異変を察したのか、リームさんは訝しげに俺を見る。
俺はオーブリーさんを見て、彼が頷くことを確認してから口を開いた。
「実は、色々ありまして――」
俺は村長宅の納屋荒らし、ゲズの犯行、盗賊達の存在、ロビンの誘拐事件など、昨日の出来事をかいつまんで説明した。
リームさんは俺の話に驚いていたが腕を組んで考え込んだ後、「なるほどな」と短く呟いた。
「確かにそのゲズ、か? 私のところにも農具や保存食を売ろうと持ち掛けてきたことがあるよ」
「えっ?」
「もちろん断った。出所を聞いても、明かしてはくれなかったからな」
断って正解だったな、とリームさんは苦笑する。
心無い人ならば何も聞かずに買い取ってしまっただろうが、やはりリームさんは信用できる人のようだった。
すると、オーブリーさんが「そういえば……」と何かを思い出したように言葉を継いだ。
「ああそうだ。そのゲズなんだがね、なんだかおかしなことを口走っているようなんだ」
「おかしなこと?」
「ケイスケが闇の魔法を使ったんだとね。魔王の再来だとかなんとか」
その言葉に心臓が少しだけ跳ねる。
「……ははは、このケイスケが魔王ですか」
リームさんが笑いながら俺の肩を叩いた。
そしてオーブリーさんがリームさんに同意するように笑みを浮かべる。
「ええ。この一か月ともに過ごしたからこそわかるんですがね。とてもそんなことをする若者ではないですよ」
リームさんとオーブリーさんの会話を聞きながら、俺はヒヤヒヤしていた。
確かに、ゲズからすればリラの影が「闇の魔法」として映ったのかもしれない。以前聞いた話では、かつての魔王は「闇そのもの」だったという。となると、リラの存在が誤解されても不思議ではない。
リラは光の精霊だとしても、だ。
精霊についてはリラから少し聞いたが、人間側での認識はどうなっているのか? この機会に、誰かに精霊について聞いてみるのもありかもしれない。
翌日のことだ、村に徴税官が到着した。
意外と若そうな、髭を生やした男性だった。恰好は村人とは違い装飾の多い服装だ。紺色のマントを羽織っており、胸元にはなにやら金属製のエンブレムのようなものをつけている。
領主がロビン誘拐事件を聞き、対応を急がせたらしい。徴税官は裁判官も兼ねており、村で裁判が行われることになった。
村の広場には、すでにゲズが拘束されていた。
膝まづくように両膝を地面につけたゲズの両側には自警団の男が立ち、それを用意された壇上から見下ろす裁判官。
「これより、ミネラ村にて起きた一連の事件について、裁判を執り行う」
村人たちが注目する中、裁判官がそう告げて、裁判が始まる。
それから証拠が次々と示された。
納屋から盗まれた品々の記録。
ゲズが所持していた盗品。
洞窟にあった食料と道具。
なによりも、盗賊の存在とロビン誘拐の証言。
圧倒的な証拠と村人たちの怒声と罵倒の声の前に、ゲズはただ震えるしかなかった。
「ゲズ、お前の罪は明白である」
徴税官は静かに告げた。
「よって、犯罪者としての烙印を押し、両手の親指を切断した上で、村から追放とする」
その言葉に、村人が沸いた。
俺には、その罰が適当なのかはわからなかった。
しかしこれは実質的に死刑に等しい。親指がなければ満足に物を持つこともできない。追放されれば、盗みもできず、野垂れ死ぬのが関の山だ。
「不服があるなら申せ。最後の機会だ」
きっとその罰は覆らない。裁判官を見上げ、ゲズは怯え、震えながら叫んだ。
「ち、違う! あ、あ、あいつは……あいつは、ま、魔王だ!」
「……は?」
俺は思わずゲズを見た。
「や、闇の、ま、まま魔法をつ、使ったんだ! あ、あいつは人間じゃない! み、みんなだ、騙されてるぞ!」
ゲズの叫びに、村人たちは互いに顔を見合わせた。
「あの子が魔王? 冗談だろう?」
「助かりたくて嘘をついてるだけだろ」
「にしても魔王って……。もっとましな嘘をつくんだな」
しかし誰も彼の言葉を真に受けなかった。
まあ言いたくはないが、信用の差だろう。
村長であるオーブリーさんの補助をしながら、村人ともよく交流していた俺だ。実際に犯罪を犯していたゲズとでは信用度がまるで違う。
「く、くそっ……し、信じろ……しし、信じてくれよ……!」
ゲズの懇願は虚しく、彼は拘束されたまま馬車に乗せられた。
ゲズが入れられたのは、大きな木の箱だ。
恐らく道順も覚えられないようにということだろう。ゲズは目隠しをされ、その状態で木箱に押し込まれる。
そしてさらに木箱の上からは厚い布までかけるという徹底ぶりだ。
「どこで下ろされるかは、私の知るところではない。連れていけ!」
徴税官の言葉を最後に、ゲズは村から消えた。
色々とあったが、なんとも呆気ない終わり方だった。
「さて……」
村の空気が少し落ち着いた頃、俺はリームさんに言った。
「俺もリームさんたちと行かせてください」
リームさんは静かに頷いた。
「そうか。出発は明日だ」
「わかりました」
「共に行こう」
村には俺の個人的な荷物など何もない。だから、すぐにでも旅立つことができるのだ。
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