第五十二話「精霊と魔法のこと」
村に近づくと、闇に包まれた村が松明の光で照らされているのが見えた。
普段は夜にこんなに明かりが灯ることはない。
それだけ村全体が騒然となっていたということだろう。
村の入り口へと足を踏み入れた途端、見張りをしていた村人たちが俺たちの姿を認め、大きく叫んだ。
「ロビンだ!」
「ロビンが戻ったぞ!!」
その声に、村人たちが次々と集まり始める。
人だかりができる中、ロビンは両親の姿を見つけると、堪えきれずに駆け出した。
「お父さん! お母さん!!」
彼女の細い腕が、オーブリーさんとベッタさんの体にしがみつく。
二人も娘の姿を見つけると、涙を流しながら抱き締めた。
「ロビン……! 無事で……! 本当に、無事で……!」
「ごめんね……ごめんね……!」
母親のベッタさんが泣きながら、何度も何度もロビンの髪を撫でる。
それを見ていたリエトも、涙を浮かべながら姉に抱きついた。
「ロビン! こわかったよぉ……!」
「私も、怖かった……! でも、ケイスケさんとモンドさんが助けてくれたんだ!」
家族全員で抱き合い、泣きじゃくるその光景に、俺はほっと息をついた。
ロビンの服の隙間から、包帯が巻かれているのが見えたが、話を聞く限りでは腹を少し刺されただけで、暴行などは受けていないようだった。
大事に至らなかったことに安堵する。
モンドの姿がなかったことを自警団に聞かれたので、俺はできるだけ詳細に事情を伝えようとした。
しかし話の途中ですでにモンドが村に到着したらしく、ゲズは自警団の手によって連行されていった。
あの盗賊達の姿はなかった。あとで自警団の誰かが現場に向かうようだ。
「あとは俺に任せろ」
というモンドの言葉に甘えて、俺は報告を任せることに。
モンドには、ゲズが村長宅から窃盗をしていた件についても、しっかり話してもらうようにお願いしてある。
これから厳しい取り調べが始まることだろう。
ロビンたちは今夜、家族全員で眠るのだという。
それを見届けてから、俺は一人、納屋へと向かった。
季節はもう暖かい。
毛布を一枚持って、静かな納屋に足を踏み入れると、いつもの影が俺を迎えた。
「リラ、今日はありがとう」
『どういたしまして! あの子が無事で良かったねー!』
リラが嬉しそうに笑う。
改めて、彼女がいてくれたことに感謝した。
ロビンを見つけることも、ゲズを拘束することも、俺一人では到底できなかった。
ふと、俺は疑問を口にする。
「そういえばリラって、この納屋以外の場所にも行けるんだな」
『え? うん、基本的にはどこにでも行けるよー?』
そうだよな。
今日も森の中で案内してくれたし、ゲズを拘束する時も洞窟にいた。
「じゃあなんで、普段はこの納屋でしか姿を現さないんだ?」
俺の質問に、リラはきょとんとした顔をして答えた。
『えー? ケイスケが、ここで会いたいんだって、思ってたよー?』
「俺のせい!?」
『そうだよー』
思わずずっこけそうになる。
無意識のうちに、リラを納屋限定の存在として認識していたらしい。
「……じゃあ、最近はどこにいたんだ?」
『んー、ケイスケの影の中ー!』
「俺の!?」
『うん! 最近はずっとそこにいたよー?』
「マジか」
全然気が付かなかった……。
影の中に潜むとか、そんな漫画みたいなことができるのか。
この際だ、リラについて色々と聞いてみよう。
「ちなみにゲズを拘束した時、あれはどうやったんだ?」
『下位の精霊を使役したのー!』
そう言うと、リラは闇を蠢かせ、俺の腕をそっと包み込んだ。
優しく掴まれているような感覚。
雲の中に手を突っ込んだような、なんとも不思議な感触だった。
「下位の精霊……?」
『うん! 下位の精霊は意思を持たない、ただそこら辺に漂ってる存在なんだよ。人間の魔法って、基本的にこの下位の精霊たちが働いて発動するんだよー』
なるほど……。
確かに魔法の詠唱を聞くと、精霊に語り掛けている感じだもんな。
それなら、精霊たちの力を借りることで魔法が発動するのも納得がいく。
「精霊に属性ってのもあるのか?」
『もちろんあるよー! 火の精霊は火のある場所に、水の精霊は川や海に、風の精霊は風の強い場所に、土の精霊はどこにでもいるしねー。無属性の精霊は満遍なく漂ってて、どの属性にも変化しやすいんだよー』
無属性の精霊……。
日和見菌みたいなもんか?
『あ、あと人間は、下位の精霊のことは魔素とも呼んでるねー』
「なるほど、魔素か……。ちなみにじゃあ、リラは闇の精霊ってことでいいのか?」
俺がそう尋ねると、リラは首を振った。
『んーん、違うよー?』
「え?」
違うのか?
『私は……属性的には、光の精霊だよー?』
「…………んん?」
……え、光?
俺は数秒間、リラの言葉を頭の中で整理しようとしたが、うまく理解が追いつかなかった。
「待ってくれ。じゃあ、なんで闇みたいな力を使えるんだ?」
『ふふ、光が強ければ強いほど、影も濃くなるからねー?』
リラはくすくすと笑いながら、俺の影に手をかざす。
すると、影が伸びたり縮んだりと自在に形を変えた。
『影を操れるってことは、光を操れるってことでもあるの。私は、光の精霊だよー』
闇ではなく、光の精霊。
正直、意外だった。リラの姿や、闇を操るような振る舞いから、てっきり「闇の精霊」だと思い込んでいた。
「光?」
思わず聞き返す。
『うん、光の精霊だよー?』
俺はリラをまじまじと見つめた。黒い靄のような体、影の中から現れ、周囲を闇で包み込むような能力……どう見ても「光」とは結びつかない。
「でも、お前、ぜんぜん光ってないじゃないか」
『んー、光ることもできるんだけど、疲れるからねー』
リラはくるりと宙を回りながら説明する。
『光を操るってことは、光らせるだけじゃなくて、光を届かなくすることもできるんだよー』
「……ああ、なるほどな」
言われてみれば、確かにその通りだ。光を操るということは、光を遮ることもできる。リラが暗闇を生み出していたのは、「光を遮る」能力を使っていたからなのか。
「つまり、お前の力は、光を自在に操るものだから、光を消すこともできるし、出すこともできるってわけか」
『そういうことー!』
なるほど納得だが、そうなると闇魔法というものもないのだろうか?
そこはかとなく惹かれる響きで、憧れるものがあるのだが……。
しかし、魔法か。
「そういえば、魔法の詠唱って、日本語じゃないとダメなのか?」
『ニホンゴ? うん、言葉は全部決まってるから、詠唱魔法はそれじゃないと発動しないよー』
それじゃないと発動しない……?
「じゃあ、別の言語で詠唱しても魔法は使えないのか?」
『そうだね。決まった言葉で詠唱しないと、精霊たちが動いてくれないんだよー』
俺は驚いた。
……ということは、この世界の魔法の詠唱は、最初から「日本語」に固定されている?
普通なら、異世界の言語で詠唱するのが自然なはずだ。けれど、リラの話だと「日本語でなければ魔法は使えない」ということになる。
まさか、過去に俺と同じようにこの世界に飛ばされた日本人がいて、魔法のシステムを作ったとか? だとすれば、その人物はこの世界に大きな影響を与えたに違いない。
日本語の詠唱が必須ってことは、その人物が魔法を発明した、あるいはこの世界を改変した可能性もあるな……。
考えれば考えるほど謎が深まる。
もし本当にそうなら、その人物がこの世界に来た方法を調べれば、俺が地球に帰る手がかりも見つかるかもしれない。
俺は、地球に戻りたいのだろうか?
……今のところ、強く帰りたいとは思っていない。むしろ、この世界にいることに違和感を覚えなくなってきている。
けれど、もし「自由に行き来できる方法」があるなら、それを知りたいとは思う。
ハタノのこともあるしな……。
俺はスマホを取り出し、「光素の同期率」を確認する。
同期率はいつの間にか20%に上がっていた。そして確かに「同期中」のマークは出ている。
これはもしかして、光の精霊であるリラが近くにいるからなのか?
俺の様子を覗き込んで、リラが目を輝かせる。
『ねえ、それなにー?』
「これはスマホっていう道具だ」
『スマホ? すごい魔道具だねー!』
「まあ、この世界じゃそう見えるかもな」
『この世界ー? ケイスケは、この世界の存在でしょー?』
「いや、俺は――」
リラに俺自身のことを話す。地球という、こことは違う世界にいたこと。目が覚めた後、ゴブリンたちと会って助けてもらったこと。このスマホのこと。
そういえば俺自身のことをちゃんと話すなんて、この世界に来て初めてのことかもしれない。
それにリラならば話しても大丈夫なのかと思ったのかもしれない。
『そうだったんだー? じゃあケイスケはまだまだ、これからなんだねー』
俺の話を聞き終えたリラが言った言葉。
確かに俺はこの世界でまだまだこれからだ。
「それは、言いえて妙というやつだなあ……」
話はやがて途切れ途切れになり、俺はゆっくりと目を閉じる。
もう随分と話し込んだが、そろそろ限界だ。
闇の中、リラがそっと囁く。
『ケイスケ、おやすみー』
「ああ、おやすみ……リラ」
俺はこの世界の謎を解き明かすために、もっと知る必要がある。
光の精霊リラ。
そして、日本語の詠唱。
……あれ? そういえば、メイコの魔法は詠唱なんてしてなかったような気が……?
そんな疑問が眠る寸前に頭を過ったが、睡魔には勝てない俺の意識はそのまま落ちていくのだった。
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