第四十七話「ロビンと森の出来事」
ある日、私はケイスケやリエトと一緒に森へ出かけることになったの。
そのことをケイスケに聞いたときは、興奮してなかなか眠ることができなかったわ。
森の中は、村よりも空気がひんやりしていて、木々の間を抜ける風が心地よかった。
太陽の光が木々の葉の隙間からこぼれて、キラキラと輝いていて、とっても素敵な光景。どこかから鳥の声が聞こえてきて、いつまでも歩いていたいと思ったわ。
私は楽しくて、ずっと鼻歌を歌いながら歩いていたの。
目的がなんだったのかも、すっかり私は忘れていたんだと思う。森がとても危険だってことも。
ケイスケは自警団のモンドさんから借りた短剣を腰に下げていた。
その姿はいつもよりも男らしくて、少し胸が高鳴ったみたいに胸がどきどきした。
ケイスケは私と同じくらいの年齢だけど、話しているとなんだか大人の人みたいに感じるのだけど、今日はそれがいつも以上に大人っぽくて……。
「ねえ、私にも貸してくれない?」
「え、ダメだよ」
その胸のどきどきを誤魔化すみたいに剣を触らせてって冗談を言ったんだけど、ケイスケにすぐにダメって言われた。
「なんでよ? いいじゃない。少しだけ!」
「リエトも貸してもらってないだろ? 危ないから、お前に貸すわけないだろ」
ケイスケはそう言ったけど、断られたのはなんだか納得がいかなかった。
なら、モンドさんに剣を習えば貸してもらえるかしら……? でも、リエトだって剣を習ってるのに貸してもらえてないわね。ということは、ケイスケだから貸してもらえてるの? ……それってなんだかずるい。
「私も、モンドさんに剣を習おうかしら……」
そう呟いたら、ケイスケが少し驚いたような顔をした。それから何かを言おうとしたけど、結局何も言わずに前を向いてしまった。
私は少し口を尖らせてその後姿を睨むけど、ケイスケが振り向くことはなかった。
それから、フグリ草をみんなで摘んで、それから、私たちはまだら熊に襲われた。
茂みから急に襲われて、リエトが狙われた。
モンドさんが咄嗟にリエトを庇ってくれたけど、そのせいで怪我をしてしまった。
まだら熊は本当に大きくて、怖くて、もう私たちはみんなここで死んじゃうのかと思ったわ。みんなには言ってなかったけど、神様にも謝ったの。わがままを言ってしまってごめんなさい。謝るので、助けてくださいって。
だって、一番頼りにしていた大人のモンドさんが怪我をして……。とてもひどい怪我をしていたから。
リエトだって、震えて動けなかったし、私だって同じだったから。だから、このあと私はとても怖くて痛い思いをして、死んじゃうんだって。
でも、ケイスケは違った。諦めてなんてなかった。
「ロビン、火の魔法を使えるか?」
そんなことを私に聞いてきた。
その声は諦めてなかった。逃げるでもなくて、目の前の大きなまだら熊を倒すことを考えてた。
「え? わ、私の魔法なんて、せいぜい焦げ跡をつけるくらいよ!?」
「それでいい。まだら熊の注意をこっちに向けたいんだ」
私の魔法は、まだまだ練習途中で、二回に一回は失敗してしまうのに、ケイスケは私を頼って、信じてくれたの。
だから、ケイスケが頼ってくれたから私は、火の玉の魔法を使った。
なんだか、ケイスケが隣にいると、失敗するなんて思わなかった。
火の玉の魔法がちゃんと発動して熊に当たって、そのあとにケイスケがすごい光の魔法を使って、最後にモンドさんがとどめを刺した。
――私の魔法が、役に立ったんだわ。
そのとき、心臓の怖いドキドキが別のすごいドキドキに変わったの。ケイスケと一緒に、すごいことをやったんだって思うと、なんだか信じられないくらい嬉しかったの。
村に戻ったときのことは、あまり覚えていない。いつの間にか朝になっていて、ケイスケが寝ていた。
次の日、根が覚めて、お父さんや村の人たちから「すごい、すごい」と言われたわ。お父さんは「誇らしいぞ」と言ってくれたのよ。
あのとき初めて、「誇らしい」という気持ちがどんなものかわかった気がした。
みんなと一緒にまだら熊の毛皮を見て、私が魔法で焦がした痕もちゃんと残ってて、私の魔法が役に立ったんだって。
嬉しかった。
とてもとても嬉しかったの。
それから、また勉強して、遊んで、魔法の練習をして、家の仕事を手伝ったりするいつもの日々が戻ってきた。
そしてしばらくして、私は初潮を迎えることになったの。
お母さんに「これでロビンも大人の仲間入りね」と言われた。
……やっと私も、大人の女性になれたんだ。
ケイスケやリエトにはまだ気づかれていない。いつか驚かせてやろうって思った。
「私はもう、大人の女なのよ!」って言ったら、きっとびっくりするわね。
考えていたら、一人で「くひひ」と笑ってしまった。お母さんや、村の女の人たちにも「おめでとう」と言われたのが、とても嬉しくて、鼻歌を歌いながら村を歩いた。
私はもう大人なんだって、みんなに言いたかった。
でも、言っていいのは女の人か家族だけってお母さんに言われた。
……ケイスケにも、言っても大丈夫よね?
そんなとき、ゲズが私のことを知っていた。
どこで聞いたのかわからない。でも、ゲズは私の前に来て、ニヤニヤしながら言った。
「ろ、ロビンちゃん、お、大人の女になったんだって、ね。お、おめで、とう!」
「え、うん。あ、ありがとう」
みんなと同じように祝ってくれたのなら、嬉しいはずだった。だけど、なんだか気持ち悪かった。
「え、えへへ。そっかあ、ろ、ロビンちゃんは、もう、子供をう、産めるんだね」
ゲズは、にやにやしながら私を見ていた。
なんだか背筋をぞくぞくと気持ち悪いものが這い上がってくるみたいに。
――なに、この気持ち?
「わ、私、用事があるから、行くね!」
私はゲズの前から逃げた。
後ろから、「うん、ま、またね、ロビンちゃん。えへへへへ」という声が聞こえた。
それがまた、すごく気持ち悪かった。
私はゲズの姿が見えなくなってから、振り返る。
「……なんだったんだろ?」
よくわからなかった。ただ気持ち悪いと思った。
だから、すぐに忘れようとした。
忘れてしまった。
だから、あんな怖いことが起こったのよ。
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