第四十五話「事件発生」
それは、何の変哲もない朝だった。
大きめのパンを切り分け、温かいスープに浸して食べる。
この村に来てからは、朝食はだいたいこんな感じだ。最初のころは薄味に感じていたが、今ではすっかり慣れた。むしろ、素朴で滋味深いこの味が、俺にとって「朝の味」になりつつある。
今日は卵もついている。なかなか豪勢だ。
「今日も頼むよ、ケイスケ」
村長のオーブリーさんが書類を机の上に並べながら言った。
「ええ、今日も頑張りますよ」
最近、俺はすっかり書類仕事に担当だ。
農作物の収穫量の記録、家畜の管理、次の交易の準備、村の予算の確認……。
かなりのことを任されている。おかげで、知識も増えてきたが、俺は去るかもしれない人間だってことをオーブリーさんはわかっているのだろうか?
午前中いっぱい書類とにらめっこした後、ひと段落ついたので外へ出た。
「さて、そろそろ村の共用倉庫に行くか」
オーブリーさんとともに、収穫物の確認に向かう。
その道すがら、オーブリーさんがふと呟いた。
「そういえばそろそろ、リームさんたちが来る頃だね」
そうか、俺がこの村に来てから、もうそれから一ヶ月も経ったのか。
この村で得たものは多い。
前述した書類仕事のおかげで文字も数字も問題なく習得できた。
最近では剣もそれなりに振れるようにもなってきた。
魔法については新しいものを習ったりはしていないが、肉体強化魔法の感覚には大分慣れてきたところだ。
村周辺で行われる狩りにも何度か参加させてもらって、獣相手ではあるが実戦にも参加している。
すれ違う村人に笑顔で会釈してすれ違う。
村人にも大分認められてきたように思う。
「もう一ヶ月ですか……早いですね」
「そうだろう? ケイスケもすっかり村に馴染んだことだし、どうだい? 考えてくれたかな?」
「……え?」
オーブリーさんの言葉に、一瞬思考が止まる。
まさか、またあの話か? その予想通りだった。
「だから、婿入りの話さ」
そう、最近オーブリーさんはしきりに俺にこの話をしてくるのだ。
俺を引き留めたいのはわかるけど――!
「いやいやいや! だから、ロビンの気持ちが大事ですって!」
「娘なら、大丈夫だと思うがなあ……」
「オーブリーさん、なんでそんなに自信満々なんですか!?」
「それは私があの子の親だからだよ」
ぐうの音も出ない。
「ケイスケがいてくれたら助かるんだよ、ほんとだよ」
「それはわかってますけども、ですけども」
そんなやり取りをしていると、向こうから一人の男がやってくる。
ゲズだ。
彼はどこか焦ったような表情を浮かべ、口を開いた。
「だ、旦那様! そ、そいつが、ロビンちゃ、ちゃんの、婿ですか!?」
俺たちの会話がが聞こえていたのか、開口一番にそんなことをオーブリーさんに問うゲズ。
オーブリーさんはそんなゲズの態度を気にも留めず、ゲズに答えた。
「おや、ゲズか。いやあ、そうなれば助かると思っているんだがね。ケイスケがなかなか首を縦に振ってくれないのだよ」
にこやかな目を俺に向けるオーブリーさん。対照的に、ゲズの俺に対する視線は憎しみが籠っているようだった。
この一か月。残念ながらゲズとの関係は悪化の一途で、全く改善できてはいなかったのだ。
「な、なんで、そんなやつ、なんですか!?」
「なんでって、ほら、二人なら年も近いし、お似合いじゃないか。リエトとも仲がいいみたいだしね」
まあ確かに、この村にはロビンと同じくらいの男性はいないみたいだ。
なによりロビンのように魔法が使える人材というのはこの世界では貴重なようで、たとえいい年の子がいたとしても、ただの村人とロビンは結ばれることはないだろう。そこにきて出自は不明だが、魔法が使えて、村長のオーブリーさんの覚えもめでたい俺ときたら、確かに取り込みたくなる気持ちはわかる。
「ゲズもそう思うだろう?」
「お、俺は、反対です!」
ゲズが叫んだ。
その言葉を聞き、オーブリーさんの表情が一瞬で冷えた。
こんな表情のオーブリーさんは初めて見る。
「ゲズ、お前に反対されるいわれはない。これはあくまで私たち家族とケイスケの問題なのだから」
「い、いえ、ロビンちゃんは、俺と……、お、俺のことを!」
ゲズは自分こそがロビンと結ばれるにふさわしいとオーブリーさんに訴える。が、オーブリーさんはそんな気はさらさらないようだった。
確かにロビンは明るくて頭も良くて、誰にでも優しく、村のみんなから愛されるような少女だ。だからゲズも勘違いしてしまったのだろうか?
でもロビンがゲズに話しかけているのなんて、この一か月でもあまり見ることはなかった。
というか、もう中年のゲズがまだまだ幼いロビンをそういう目で見るとか、犯罪臭しかしない。
「ロビンがお前のことを? それはないよ、ゲズ。たとえそうだとしても、君にロビンのことは任せられない。理由など、言わなくてもわかるだろう?」
表情を無くしたオーブリーさんがゲズの提案を切って捨てる。
「……っ!」
ゲズは拳を握りしめ、何かを言いたげだったが、それ以上は何も言えなかった。
「行こうか、ケイスケ」
オーブリーさんが俺に促し、その場を後にする。
「すまなかったね、ケイスケ」
「……いえ」
ゲズの様子が気になったが、今はまだ静観するしかない。
そのまま、俺はモンドのもとへと向かった。
もはや日課となったモンドとの組手。
「そういや、ゲズの話はどうなったんだ?」
剣を振りながら、モンドが尋ねてきた。
「とりあえず、今のところは監視を。リームさんたちが来たら話を聞いて、それから動こうかと思ってます、よ!」
ぎりぎりで躱し、お返しにと横なぎに剣を振るう。
「おっと! 村長には?」
モンドには避けられ、一旦距離をとられる。
そのまま剣を構え、対峙しながらも会話は続く。
「まだ、話していま、せん!」
言葉の途中で踏み込み、モンドの胸に目掛けて突きを放つ。
「早めに話しておいたほうがいいぞ! 甘い!」
だがそれはあっさりと剣で弾かれる。
そして流れるように足を引っかけられ転ぶ俺。
勢いよく転んだが肉体強化魔法のおかげで痛みはない。
しかし首に突き付けられた剣が組手の終わりを告げている。
「……参りました。……この後戻ったら話そうと思います」
「そうだな、それで、あいつを捕まえるにあたってなんだが――」
立ち上がり、そのまま二戦目というところのことだった。
「……ケイスケ!」
突然、俺を呼ぶ声がした。
振り返ると、そこにはリエトがいた。
「リエト?」
彼は泣いていた。
涙を流しながら、息を切らして駆け寄ってきた。
「リエト、何があった?」
息を切らしながら、リエトは俺の腕を掴む。
「ゲズが……! ロビン姉ちゃんを連れて行った!」
「……!」
その言葉を理解すると同時にモンドと顔を見合わせる。
「どこへ行った!? リエト、落ち着いて話せ!」
「わ、わかんない! でも、さっき……森の方に走ってくの、見た!」
「くそっ……!」
即座に動く。モンドも俺に続く。
「ケイスケ、まずは村長に知らせろ! 俺は自警団を集める!」
「わかりました!」
全速力で駆け出す。心臓が嫌な鼓動を刻む。ロビンが連れ去られた? そんなことが、現実に?
だが、今は考えている暇はない。まずはロビンを助けなければ。
朝の穏やかさが嘘のように、俺の世界は一変した。
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