第四十二話「魔獣と魔石」
宴の熱気が少しずつ落ち着き、村の広場にも夜の静けさが戻りつつあった。
焚き火の灯りがちらちらと揺れ、遠くで誰かが笑いながら酒を酌み交わしている。
俺はその片隅、薪が積まれた場所に腰を下ろし、モンドと肩を並べていた。
「いやぁ、久々にこんなに肉を食った気がするな」
「ですね……俺も、もう腹いっぱい……」
モンドは手に持った串を振りながら、飾られているまだら熊の毛皮を眺めた。俺も腹をさすりながらそれを眺めるが、改めてその大きさに圧倒される思いだった。
「それにしても、あの熊……思ってたより大きかったんですね」
「お前、初めて見たんだったな。まあ、あれは平均的なサイズだ」
「平均……?」
俺は思わずモンドさんを見た。
あれが「普通」だと言うなら、大きいものはどれほどの大きさになるのか。
「大きいもので一・五倍ってところか。さらに魔獣化したやつだと倍以上ある」
「……倍?」
俺は生唾を飲み込んだ。
今回倒したまだら熊でも、十分すぎるほどの脅威だった。それが二倍のサイズとなると、どれほどの怪物になるのか想像もつかない。
俺の考えを読んだのか、モンドがさらに補足する。
「魔獣化したやつは、ただデカいだけじゃないぞ。模様どころか体の色すら変えて、完全に風景に同化するんだ。普通の猟師や冒険者じゃ太刀打ちできない」
「そんなやつがいたら……討伐なんて無理ですよね」
「だから、銀級以上の冒険者が必要になるわけだ」
モンドはそう言って、腕を組んだ。
「ちなみに俺は冒険者の等級は銅級だった。まあ、冒険者としては中堅どころだな」
「銅級と銀級の差って、やっぱり大きいんです?」
「ああ、大きいどころじゃない。銀級に上がるには実力だけじゃなく、実績と推薦がいる。銀級と金級の間には、さらに大きな壁があるらしいがな」
冒険者の階級の話は興味深かったが、それよりも俺が気になっているのは別のことだった。
「魔獣って、やっぱり体の中に魔石があるんですよね?」
「そうだな、魔獣だからな」
魔石が体内に存在すること。それが魔獣の特徴のひとつだ。
「魔石って、やっぱり飲み込んで取り込むんですか?」
「ん? 獣なら飲み込むやつもいるかもな……だが、そんな話、聞いたことないな」
モンドは少し考え込むように腕を組んだ。
「そもそも、獣がどうやって魔獣になるのか、正確にはわかっていないんだよ。魔力が濃い土地で自然に変異するって説もあるし、お前が言うように魔石を取り込んで変わるやつもいるのかもしれん」
「なるほど……」
「ただ、魔獣はダンジョンから発生したって説もあるんだ。まあ、王都の学者連中なら、もっと詳しく知ってるかもな」
魔獣がどこから来るのか。
魔石を飲み込んで、取り込むわけじゃないのか……? いやまあ、そういう例もあるかもしれないらしいが。
そもそも、魔石自体がどうやってできるのかってところからわからないし、もうちょっと調べてみないと何もわからない。
王都には魔獣の研究をしている学者もいるってことだから、話を聞くのは無理でも、論文なんかを読めれば――。
考え事をしている俺に、モンドは衝撃的なことを俺に告げる。
「まあ、何にせよ、お前も間違っても魔石を飲み込んだりするなよ? 死ぬからな」
「………………えっ?」
……今、何て言った?
「いや、飲み込んだら死ぬぞ?」
モンドはさらっと言ったが、俺は大きな衝撃を受けた。
「………………死ぬ?」
死ぬって、死ぬってこと?
「おう、まあ結果的にだけどな。小さい魔石なら腹を壊すくらいで済むが、大きい魔石を取り込むと体の魔力が乱れて、頭がおかしくなってやがて死ぬ」
俺は、なんとも言えない気持ちになった。
既に二つも飲み込んでいるんだが……?
「えっと、それ、マジですか?」
「ああ、マジだ。実際何人もそうやって死んだり、具合悪くなったりしてるからな。冒険者に限らず、常識だぞ」
マジかよ……。
「でも、獣は平気なんですよね?」
「そんな話は聞いたことないが……。魔石を飲み込んで生き残ったやつがいるだけじゃないか?」
「……確かに」
生き残った個体が魔獣になった。
それはつまり、死んでしまった個体のほうが圧倒的に多かった、ということだ。
「もしかしたら獣は平気なのかもしれないがな。少なくとも人間は飲み込んだらおかしくなる」
でも、俺は大丈夫だった。
大丈夫どころか、あのときは体にエネルギーが満ちるような感覚があったし、むしろ心地よさすらあった。
「……ちょっと、考えさせてください」
「お、おう。なんかやけに拘るな、お前」
魔石を飲み込むと死ぬ。
普通の人間なら、という前提があるにせよ、やばいことには変わりない。
でも、俺は――。
ふと、メイコのことを思い出した。
メイコも魔石を飲み込んでいた。それで平気そうだった。
だけど、ゴンタは飲み込まなかった。いや、飲み込めなかった?
魔石を取り込んで『同期率』を上げようと思っていたが、これは考え直したほうがいいのかもしれない。
「ちなみに、人間も体内に魔石がある場合があるぞ」
「……へー」
なるほど、そういうこともあるのか。魔獣には魔石が宿るのはわかったが、人間にもあり得るとは思わなかった。
「魔力が高い人間にあるって話だ。ケイスケ、お前も魔力が高そうだから、もしかしたらあるのかもな?」
「……あると、どうだとかあるんです? 体内の魔石目当てで命を狙われるとか……?」
思わず不安になって聞いてしまう。魔石が貴重なのは理解している。もしも「人間の体内にある魔石」が高値で取引されるような代物なら……洒落にならない。
「あー……特にはないが……。そうだな、確かに稀に、魔石目当てで命を狙われるとは聞いたことがある」
「……マジか」
ちょっと闇が深そうな話が出てきたぞ。
俺の表情に不安が出ていたのか、モンドが慌てて手を振った。
「いやいや、大体、体内に魔石があるのかってのも、見た目じゃわからんから、大丈夫だ! それに、狙われるのは大きな魔石を体内に持ってるやつだけだ」
「……大きい魔石?」
「ああ。大きい魔石ってのは、時間が経たないとそうならん。んで、大きくなってからは基本的に魔石持ちは魔法の扱いに長けてるやつが多いから、強い。だから、狙ったところで返り討ちにされるのが落ちだって」
「それでも、なあ……」
大きくなって、自分の体内にある魔石目当てで命を狙われるなんて、たとえ返り討ちにできるとしても気が滅入る話だ。
自分の体内に魔石があるかどうかなんて、今の俺にはわからない。でも、もしあったら――それがどんな影響を及ぼすのかは気になる。
ふと、そもそもの疑問が浮かんだ。
「魔石って、何に使われてるんです?」
俺の問いに、モンドは「は?」という顔をした。
「魔石っていやあ、お前、あれだ。魔道具動かしたりするやつだろ」
「どんな魔道具があるんです?」
「……お前、その辺にいろいろあるだろ」
「……はい?」
俺は思わず首を傾げた。この村に魔道具なんてあったか?
モンドは呆れたように指を差した。
「ほら、あそこ。この広場の真ん中に、小さな塔があるだろ?」
「え、はい」
10メートルほど先には、レンガで作られた小さな塔があった。高さは2メートルほどの直方体で、天辺には据え付けられた燭台がある。今もそこに火が灯っている。
俺はてっきり、この村のモニュメント的なものかと思っていたが――。
「あれが魔道具だぞ?」
「えぇ……?」
「この村に結界を張っている貴重な魔道具だ。あれがなきゃ、村なんか作れねえぞ」
思わず塔を二度見した。
……あれが魔道具? 思ってたのと違う……。
魔道具と聞くと、もっと派手なものを想像していた。たとえば、浮遊する魔法のランプとか、火を吹き出す杖とか……。
「他にも、各家には虫よけの魔道具があるぞ」
「虫よけ?」
「ほら、家の軒先に吊るしてある茶色い卵みたいなやつ、見たことあるだろ?」
ああ、確かに。紐で吊るされた、なんだか土で固めたような丸っこいやつ。俺はてっきり、この地域の風習か何かだと思っていた。
実は魔道具で、意外と有用なやつだったらしい。
「魔道具って、意外と地味なんですね……」
「何言ってんだ。派手なもんばっかりが魔道具じゃねえぞ」
「いや、でもほら、もっとこう、灯具の魔道具とか、火を起こす魔道具とかないんです?」
俺の問いに、モンドは苦笑した。
「お前な、そんなの都会に行かなきゃ使ってないぞ。魔石だってそう簡単に手に入らないんだから」
なるほど、都会なら便利な魔道具があるのか。
「つまり、魔道具が普及してるのは、魔石を安定して供給できる場所ってことですか」
「そういうこったな。ミネラ村みたいな田舎じゃ、魔石は貴重品だ。だから、無駄遣いなんてできねえ」
確かに、魔石がエネルギー源なら、それがない田舎では魔道具を使う意味もないのかもしれない。
魔道具……ロマンがあるな。
都会に行けば、もっといろいろな魔道具を見られるのだろうか? ぜひとも見てみたいものだ。
そんなことを考えていると、モンドが立ち上がった。
「じゃあ俺はそろそろ行くわ。嫁さんが待ってるからな!」
「良い夜を」
「おう、良い夜を! ……ほんと、ありがとな、ケイスケ!」
「肉体強化の魔法、教えてくださいよ!」
「おう! 早速明日から教えてやるよ!」
そう言って、モンドは家へと帰っていった。
俺はひとり、焚き火を眺めながら考えた。
魔石、魔道具、体内の魔石……。
この世界の仕組みは、まだまだ知らないことばかりだ。
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