第四話「遭遇」
目が覚めた。
寝転がったまま、ぼんやりと空を見上げる。昨夜の疲れはすっかり取れていた。よく眠れたらしい。
青い空に白い雲が流れている。その光景はどこか懐かしく、同時に違和感を覚えさせるものだった。
なぜなら――。
空の向こうには、月。
それが三つも浮かんでいた。
遠い目をしながら、しばらくそれを眺める。
「異世界、確定だなあ……」
小さくつぶやいた言葉は、すぐそばを流れる急流の音に掻き消された。
異世界転移。現実ではありえない状況に放り込まれたにもかかわらず、妙に落ち着いている自分がいる。すでに腹を括ったからか、それともまだ実感が湧かないのか。
それよりも。
「葉っぱの布団ってのも、割と温かいものなんだな」
いつの間にか、自分の体はふかふかとした葉っぱの山に埋もれていた。昨夜は火を起こして、そのまま寝落ちしてしまったはずだが……無意識のうちに体が冷えないよう、葉っぱをかき集めたのかもしれない。
葉の匂いは独特だが、森の自然の匂いと思えば悪くない。
日はまだ昇ったばかりで、木々の影を長く引いている。
「よし、起きよう!」
大きく伸びをして、体をほぐす。特に違和感はない。筋肉痛もない。慣れない環境にしては、意外と順応できているらしい。
「ひとまず、また火起こしからかなあ」
昨夜、苦労して起こした火は完全に消えていた。薪もすっかり灰になり、もう一度最初からやり直さなければならない。
「はあ……」
自然の中での生活は、何をするにも手間がかかる。とはいえ、食料を確保するにも水を沸かすにも、火は必要不可欠だ。
それにしても、昨日から妙に独り言が多い気がする。
「まあいいか、誰も聞いてないし」
そう思いながら、火起こしの準備をしようとしたそのとき――。
何かの気配を感じて顔を上げた。
「…………」
岩陰から、何かがじっとこちらを見ている。
小柄な人影。
……いや、人ではない。
緑色の肌、尖った鼻にぎらついたような大きな目に大きな口、腰ミノひとつ、手には棍棒。
目が合った。
一瞬、時間が止まったように感じた。
「う、うわああああ!?」
驚いて叫ぶ俺。
「ギャ、ギャギャギャ!?」
同じように驚き、甲高い声で叫ぶ緑色の生物。
「ゴ、ゴブリン!?」
まるでファンタジー作品から飛び出してきたような、典型的なゴブリンがそこにいた。
俺の悲鳴か、あいつの悲鳴か、どちらの声に反応してかはわからないが、それを聞きつけて、さらに二匹のゴブリンが現れる。
まじかよ! 増えるのかよ!?
必死に逃げ道を探すが、見つからない。
三匹に囲まれ、死を覚悟する。
「ギャギャ」「ギャッ」「ギャギャ、ギャー」
俺を警戒しながら、何やら会話をしている様子のゴブリンたち。
どうやって襲うのか相談しているのか?
残念ながら異世界チートの言語翻訳はなかったよ、ちくしょう。
俺がわかるのは、こいつらが明らかに敵対的で、すぐにでも襲い掛かってきそうだということだけだ。
もう川に飛び込むしかない。
激しい急流に飛び込んで助かる確率は、ゴブリンと戦うのとどっちが高いだろうか?
迷っている暇はない。どちらにせよ、生存確率は低い。
そのときだった。
「ギャギュー!」
三匹以外のゴブリンの声。
さらなる絶望感に襲われる。
姿を現したのは、さらに一匹追加されたゴブリン。
……いや、こいつ、ちょっと雰囲気が違う。
一見してわかる、地位の高そうな個体。
他のゴブリンたちと違って、髪は長く、腰ミノではなく、毛皮をまとっている。
手に持った頑丈そうな木の棒は、杖といった表現が近いものだ。
見た目だけなら、よくあるゴブリンメイジってやつか?
もしこいつが魔法を使えるなんてことになったら、勝てるわけがない。
やはり、川に飛び込むしか……。
俺は四匹の動きに注意しながら、じわじわと重心を後ろに移動させた。
「ギュ、ギュギョ!」
しかし、今にも飛びかかろうとしていたかに見えたゴブリンたちは、ゴブリンメイジの一喝に動きを止める。
「……?」
それからゴブリンたちは顔を見合わせ、俺を見て、目に見えて落ち着いた様子になった。
おいおい、どういうことだ?
ゴブリンメイジが俺に向けてスッと手を上げる。
まさか魔法か!?
びくっとして後ずさる俺。
しかし何も起きず、五秒ほど場が固まる。
緊張の中、ゴブリンたちがとった行動は、まさかの――。
土下座。
いや、平伏だった。
「ど、どういうことだ?」
俺は混乱するばかり。
ゴブリンたちは、まるで俺に何かを乞うかのように、額を地面にこすりつけている。
襲ってくる気配は、微塵もない。
むしろ、何かを懇願しているようにすら見える。
まるで、俺を……崇めているようにも。
これは一体どういうことなんだ……?
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