第三十六話「違和感」
「オーブリーさん、ここ、財務管理表の計算終わりました。あと、西側の十四の畑の収穫量のとりまとめです。前年度の数字と照らし合わせて、一割ほど豊作になってます。あ、資料はここに置いておきますから目を通しておいてください。あと、南側に広げている畑については昨日までの面積を算出してあります。ひとまずこれで、報告書には数字を書き込むだけになっています」
それから数日後のことだ。
俺は村長の書斎でバリバリと仕事をしていた。
最初のうちは書類に使われている文字が読めなかったりしたものだが、もうすっかり読めるようになった。言語習得チートのおかげだ。
「おお、おお! 助かるよ! なるほどなるほど、こうして数字にすると一目瞭然というやつだね!」
それにこうして俺の仕事を喜んでくれる人が目の前にいるっていうのは、モチベーションがとても上がるものだ。
ただ、できることが増えたせいで仕事が増えてしまうというのは悩ましい問題だ。
「いやあ、本当に、助かるよ。去年の今頃は私は夜も眠れないくらい忙しくてね。今年はおかげで夜もぐっすり眠れているよ」
「いえ、気にしないでください。お世話になってるんですから」
「いやいや、本当に助かっているんだよ」
もう、最近は助かるが口癖のようになっているオーブリーさん。
来週くらいには、徴税官が村に来るらしく、書類の不備や計算ミスなどがそこで発覚したりするとめちゃくちゃ怒られるらしい。
「いやあ、下手をすると追加で税を納めなければいけないから、こちらは必死だよ」
「なるほど、大変ですね」
「それがケイスケ君のおかげで、本当に楽になっているんだよ」
なんともうきうきな様子のオーブリーさんだ。
というのも例年この時期になると、オーブリーさんは仕事に追われ、ストレスで体重まで落ちてしまうのだそう。
でも今年はよく眠れていて、体調もすこぶる良いのだと嬉しがっていた。
そうだ、とオーブリーさんが俺をじっと見つめる。
「……なんですか?」
「もうこのまま、村に住んでみてはどうかな?」
そして来年も書類仕事を……と縋るような目で俺を見る。
「とても魅力的な提案ですので、前向きに検討させていただきます」
「ちょ……! それって断る前提のやつじゃないかね!? どうだい!? ロビンの婿として!」
「はい……!?」
まさかの婿候補である。
「いやいや、そんな簡単に娘の婿決めないであげてくださいよ」
そんなふうに言うと、オーブリーさんは深刻そうに首を振った。
「いや、簡単ではないぞ。この村であの子にちょうどいい年頃の男はいない。それにケイスケは記憶はなくとも、頭がいいことはこの仕事ぶりでよくわかる。最近はモンドに剣を習っているようだし、司祭さまに神の教えを聞きに行ったり、魔法を教わってもいて勤勉だ。これだけ努力をしている男子が大成しないわけがないではないか」
オーブリーさんはべた褒めである。
まあ概ね事実なのだが、流石に照れくさくなる。
それに――。
「……いずれにせよ、本人の気持ちが大事だと思います」
そう、ロビン本人の気持ちが何より大事だ。
そういう文化なのかもしれないが、それでもだ。
なんとか話を切り上げ、書類整理をしていると、ある書類に目が止まった。
「あれ……この書類?」
それは村全体の書類ではなく、この村長宅の収支を表した書類だった。
何で収入を得て、何を買ったのか。
そこに、違和感を感じた。
「こんな数の農具、納屋にあったか?」
鎌だったり鍬だったり、俺が以前一人で手入れしたもの。
去年のうちに、十本以上新しいものを購入したことになっている。
それなのに、そんな農具は納屋に一本もなかった。
そのことをオーブリーさんに聞いてみると、
「うちの農具は納屋にあるものが全部だ。この間使えるか確認してくれたんだろう?」
そんな答えが返ってきた。
おかしい……新品の農具はどこへ消えたんだ。
納屋の管理は、小作人のゲズが受け持っているらしい。
怪しいのは、やはりあの男か。
最近はほとんど口をきくこともなくなった。
俺も農作業よりも書類仕事に追われているというのもあるが……。
「……ちゃんと、調べてみる必要があるな」
早速その夜のこと。
納屋の扉を開けると、乾いた木の匂いと、ほんのりとした土の香りが混じる空間が広がっていた。
俺は手元の書類と納屋にある物をひとつひとつ確認しながら、黙々と作業を進める。
やっていることは、いわゆる棚卸し。
とはいえ、納屋にあるもの全てが書類に記されているわけではないので、手作業での確認はなかなか骨が折れる作業だった。しかし
『ケイスケ、縄は五本、網は三枚、中身が空の木箱は十個、釘は大きいのが全部で五十四本、小さいのが百九本だよー』
リラという、とても優秀な助手がいるおかげで、作業は格段に捗っていた。
もともとこの納屋の中にいたリラは、納屋にあるものをほぼ把握していたらしい。そして、それだけでなく――。
ゲズの行動も。
どうやらゲズは納屋にあるものを勝手に持ち出していたらしい。
実際に書類と照らし合わせて確認してみると、納屋にあるはずの保存食や備品の数が明らかに足りていない。
証拠としてリストを作りながら、約一時間ほど調べてみただけで、十分なデータが集まった。
「とりあえず、納屋の物がなくなっているという証拠は得た。あとは、本当にゲズが盗んでいたかという証拠だな」
『私が、見張ってる?』
「うん、それはお願いしようと思うんだけど、犯行現場を押さえるだけじゃ足りない気がするんだよな」
言い逃れできない状況を作る必要がある。
「うーん……」
俺は警察でも弁護士でもない。こういう状況ではどう動くべきなのか、イマイチ分かっていなかった。
わからないことは、詳しい人に相談するしかない。
この村で警察的な役割を果たしているのは――自警団。
モンドはミネラ村の自警団に所属している。
剣の稽古の休憩時間を見計らい、俺は彼に話を持ちかける。
「窃盗の証拠を押さえる、か?」
「はい」
「んなもん、現場を抑えて終わりでいいんじゃないのか?」
「そういうもんですか」
「ああ。まあ、そんなつもりじゃなかったとか言い訳されるかもしれないが、そいつのアジトを調べてみりゃ終わるだろ?」
「なるほど……? でも、もう金なり何なりに換金した後だったら?」
「書類があれば……って、ある確証もないか?」
「うーん……」
二人で頭をひねる。
「何を話してるんですか?」
素振りをしていたリエトが興味深そうに声をかけてくる。
彼はその後無事父親から了承の返事を得ることに成功していた。
「あー、えーと」
話していいものか、俺が迷っていると――。
「盗人を捕まえるにはどうしたらいいかと、ケイスケが悩んでいてな」
モンドがあっさりと話してしまった。
まあ、被疑者がゲズだと言っていない以上、特に問題はない……か。
「盗人ですか!?」
「しー! 声が大きいよ」
「……あ、ごめんなさい!」
「そうだ、そんなことで悩んでいるってんなら、誰なんだ? その盗人は?」
「……聞いちゃいますか?」
「いや、まあここまで相談されて、気になるじゃねえか。それにその言い方だと、もう目星はついてるんだろ?」
「そうですよ!」
確かに、ここまで話して言わないのは、無いか。
もうほとんど確信できているし、話してしまってもいいだろう。
俺は二人の顔を交互に見て、言った。
「盗人は、小作人のゲズ、ですよ」
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