第三十五話「闇の精霊?」
一週間が過ぎた。
俺の生活は規則的になりつつあった。
朝起きて、午前中は畑仕事。その後はモンドさんに剣を教わり、ロビンやリエトと勉強。夕方からは村長の書類仕事の手伝いをして、一日を終える。体力的にはハードだが、学ぶことが多く、充実した毎日だった。
しかし、畑仕事の時間が短いためか、ゲズの当たりはきつくなる一方だった。
「お、お前なん、なんか、し、仕事もできねえで、え、えらそうに、そ村長の、い、家に泊まり、やがって!」
確かに、畑仕事だけを見れば、俺は半端者に見えるのかもしれない。だが、村長であるオーブリーさんの許可を得て動いているのだ。ゲズに文句を言われる筋合いはない。
それでも、俺はゲズを邪険にするつもりはなかった。
彼が独身であること、計算も文字の読み書きもできないこと、大抵の村人が自分の畑を持っているのに対して、彼だけは持っていないこと。そして彼の住まいが村の外れの小さな借りている小屋であることを知っていた。卑屈になってしまうのも仕方ないのかもしれない。だからこそ、できるだけ好意的に接しようとした。棒で叩かれた恨みはあれど、それを引きずるのは意味がないと思ったからだ。
だが、それでも彼は俺を嫌った。
たまにまた棒で叩かれそうになるが、モンドさんに教わっているおかげで、うまく避けたり受け流したりすることができるようになっていた。それがまたゲズの気に障るらしく、俺を見る目は日に日に険しくなっていく一方だった。
しかし、それは俺だけにとどまる話ではなく、ゲズは誰彼構わず敵意を向けていることがわかってきた。モンドにも、教会の司祭さまにも、リームさんたちにも。
あまりにも一方的な敵意に俺は不安になるも、彼は実際に誰かを直接害したことはないという。
……そういえば会社にもいたな。誰彼構わず、とにかく批判しなきゃ気が済まないような人が。
顔も名前も思い出せない。おぼろげな記憶。
この記憶は別に思い出せなくても困らないだろう。
でも、オーブリーさん一家には、それはない。
オーブリーさん一家に対してだけゲズは愛想よく接していた。それが計算なのか、本心なのかはわからない。しかし、オーブリーさんが彼を切ることができない理由もなんとなく理解できていた。
オーブリーさんは優しい人だ。ゲズをこの村から追い出せば、彼は生きる場所を失うだろう。オーブリーさんはそれをわかっているからこそ、彼を放り出せずにいるのだ。
もやもやとした気持ちでそんなことを考えながら、夜の納屋へ向かう。
扉を開けると、木の軋む音が静寂の中に響いた。
「おーい、来たぞー」
そして俺は、暗闇の中にそう声をかける。
すると、気配が生じた。
『……ケイスケ……!』
目をこらせば、闇の中にさらに濃い人型の影が揺らめいている。
正体を知らなければ、まるで幽霊のようだった。
だが、俺はもう驚かない。
彼女――いや、性別はないはずだが、俺には女性のように感じられる――は、俺が初めて光の魔法を使った夜に現れた存在。
闇の精霊。
彼女が自らそう名乗ったわけではないが、そうとしか思えない。
司祭さまから聞いた魔王の話を思い出すが、彼女からはそんな邪悪な気配は感じない。
では、なぜ俺がこうして毎晩彼女に会いに来るのか。
それは、スマホのステータスの同期が、彼女のそばにいると進むことに気づいたからだ。
理由はわからない。
だが、確実に同期のマークが点灯する。
同期するのはSBTと、なぜか光素。
SBTの同期率は変動なし。
しかし光素はすでに17%になっていた。
これは光の魔法を使った影響なのか、彼女のそばにいるからなのか……。
いずれにせよ、彼女に近づくことで何かが進行しているのは間違いない。
彼女は嬉しそうに俺のそばへ寄ってくる。
『……もっと……そばに……』
まるで子供のような甘えた声音。
俺は戸惑いつつも、彼女のそばに座る。
納屋の中で、俺と彼女だけの時間が流れていくのだった。
闇の精霊は、俺が魔法の練習をしている間、ただ静かに後ろからそれを見ている。干渉するわけでもなく、話しかけてくるわけでもなく、ただじっと。
その視線が気になることもあるが、不思議と嫌な感じはしなかった。
俺は今日も、スマホを片手に魔法の試行錯誤を続ける。が、その前にまずは「闇」について調べてみることにした。
『暗闇や全く光がないこと、世間に知られないようにこっそりと処理すること、ひそかに堕胎すること……』
うん、なんかあんまり良い意味ではないな。
『類義語:暗晦、暗黒、暗闇……』
まあ、予想通りだ。闇なんて、ファンタジーでも悪役が使うイメージが強い。
ちらりと彼女を見る。彼女の存在が悪いものだとは思えないんだけどな。
「ちなみに、君は何ができるんだ?」
『……?……』
黒い影が小首を傾げる。
やっぱり、まだ意思疎通は難しいか。言葉を交わすことはできても、会話が成立しているとは言い難い。
まあ、俺に懐いてくれているっぽいのは感じるけど。
さて、魔法の練習に戻ろう。
俺は以前、火の魔法を試してみたが、まったく発動しなかった。しかし、光の魔法だけは成功する。それどころか、強く輝けと詠唱したら、目がくらむほどの光を放ってしまったこともあった。
魔法の詠唱は何故か日本語であるが故に、俺ならいくらでもアレンジがききそうなことはわかっている。
今の目標は、光源を任意の場所に出すこと。
「なかなかうまくいかないな……」
詠唱を工夫してみても、光源はどうしても自分の胸元あたりにしか現れない。手を出さずに詠唱しても、目を瞑っても、変わらない。
どうすれば、自由に光を出現させられるのか。
スマホの地図アプリを開いてみる。もちろん、地図はダウンロードされていない。位置情報を使って指定するのは難しいな。
まあ魔法を使うたびに毎回位置情報を指定するなんて面倒なことをするのは現実的じゃないけど。
この世界では、地図は貴重な情報で、詳細なものは王家が保管しているらしい。オーブリーさんの書斎にも、おおまかな地図しかなかった。
そんなことを考えていると、黒い影が目の前で何かをアピールし始めた。
『……!……わたし……』
彼女は自らを指し示しながら、断片的に何かを伝えようとしている。
『……わたし……向ける……魔法』
「君に向けて……魔法を使う……? ――そうか!」
座標ではなく、対象を指定すればいいのか!
俺は早速、詠唱を変えて試してみる。
『輝ける精霊たちよ、集い集いてかのものに追従し、白き煌めきを……フォティノ』
すると、魔法は見事に発動し、離れた場所にいる闇の精霊の頭上に光源が現れた。
よし、これはいける!
試しに柱や床も対象に指定してみたが、どれも問題なく成功した。
「やった! 成功だ!」
『……よかった、ね……!』
彼女も、なんとなく喜んでいるように見える。
「はー……ありがとな。おかげですっきりしたよ」
俺が礼を言うと、彼女は少し慌てたように揺らめいた。
「何か、お礼をしないとな」
『……!?……』
何かしてほしいことはあるか? と聞くと、彼女は少し間をおいてから、ぽつりと言った。
『…………名前……ほしい……!』
「名前か……」
たしかに、ずっと「闇の精霊」と呼ぶのもなんだか味気ない。
俺は少し考える。
闇――暗闇――黒――夜――安らぎ……リラックス。
うん、いいかもしれない。 彼女から感じるのは、闇という言葉の悪いイメージのものではない。
「わかった、じゃあ――リラ、という名前はどうだろう?」
その瞬間、彼女はまるで光を浴びたように震えた。
そして、くるくると嬉しそうに俺の周りを飛び回った。
『ありがとー! ケイスケ!』
……ん? なんか、言葉が流暢になった気がする。
スマホのステータスを確認すると、光素の同期が20%に上がっていた。
「……これは、偶然なのか?」
リラとの交流が、俺のステータスに影響を与えているのかもしれない。
これから、もっと試してみる必要がありそうだ。
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