第三十三話「新しい仕事」
「お、終わったなら、か、片付けろ」
ゲズが周りを見渡しながら、ぶっきらぼうに指示を出してきた。
「……言われなくともやるつもりだったさ。今の今まで作業していたんだから、そんな暇がなかっただけだろう」
これだけの作業を一人でこなしたのだから、ただ指示するだけして、教えもしなかった人間に対して、反発したくもなる。
「お、お前、生意気だな!」
ゲズの語気が強まる。向こうにとって俺はまだ子供かもしれないが、実際の年齢はもういい大人で、社会人経験もあるのだ。無駄な仕事を振るだけ振って、手伝いもしない態度には、言いたいことが山ほどあった。
ゲズは俺の言葉に怒ったようだ。次の瞬間、近くにあった棒を手に取ると、思い切り俺の肩を殴りつけた。
「痛っ!?」
なんてことをするんだ、この男は。
実際、大した痛みではなかった。しかし、不意打ちだったこともあり、肩の痛みに驚き、殴られた事実に怒りが湧いて、思わず睨みつけた。
それが気に入らなかったのか、ゲズの表情が一層険しくなる。
「な、なんだ、その目は!」
そう叫ぶと、ゲズはもう一度棒を振り上げた。しかし――。
「ケイスケ―、終わったー!?」
突然、ロビンの声が響いた。
「……ちっ!」
ゲズは舌打ちすると、手に持った棒を下ろす。そして、何事もなかったかのように後ろを振り向いた。
やがて、小走りでロビンが納屋へと駆け寄ってくるのが見えた。その姿を見ると、ゲズの表情はさっと和らぎ、先ほどまでの怒気を微塵も感じさせない態度に変わった。
ロビンは真っすぐに俺のもとにやってくる。
「どうなの? 農具のお手入れは終わったの?」
返事がないことをい不思議に思ったのか、再度尋ねてくるロビン。
俺はゲズへの怒りが彼女に伝わらないように、努めて声を発した。
「……道具の補修は、できるものは全部終わったよ」
俺がそう伝えると、ロビンは目を輝かせた。
地面に並べられている農具の数はそれなりにある。手入れできるものは、すべて俺がやったものだった。
「すごーい! 二人でこんなに終わらせたんだ!」
「お、俺、道具の、て、手入れは得意、なんだ」
ゲズはすぐさま、さも自分がやったかのように言った。
いや、それは俺が一人でやったんだ、と訂正する暇もなかった。
「ケイスケもゲズも、すごいわ!」
だが、訂正するまでもない。そう思ってしまったのがいけなかった。
すごいすごいと褒めたたえるロビンに、鼻を伸ばすゲズが調子に乗る。
「へ、へっへっへ! お、俺が、教えてやった、んだよ、ロビンちゃん」
「そうなのね! 二人とも、とっても器用なのね!」
「え、えへえへ、そう、だよ。俺は、き、器用なんだ」
ゲズの変わりように、見ていられない。
俺は努めて冷静さを失わないように、ロビンに話しかけた。
「ちょっとこの農具を片付けなきゃだから、少し待っててくれ」
「わかったわ! でも私も手伝う!」
「じゃ、じゃあ、ロビンちゃんに、には、こ、これを」
片付けは三人でやればさほど時間はかからずに終わった。
まあ、ゲズはロビンにつきっきりで、またもほとんど仕事なんてしていないが……。
それから俺はロビンに案内され、村長であるオーブリーさんの書斎へと向かった。
書斎には大きな机があり、その上には大量の書類が積まれている。さすがは村の長というべきか。書類仕事も多いのだろう。
オーブリーさんは俺の姿を認めると、手に持っていた書類を置いた。
「おお、ケイスケ、よく来たね」
「遅くなって申し訳ありません。それで、話というのは?」
「おお、おお。遅くなってなどいないから大丈夫だ」
ひとまず座ってくれと言われ、俺は近くの椅子に腰を下ろした。
「聞いたんだが、ケイスケは計算ができるとか?」
「え、ええ。まあ、それなりには」
「ロビンに聞いたんだが、掛け算も、割り算もできるとか?」
「まあ、はい」
おれの答えを聞いたオーブリーさんは目を輝かせる。
その目はロビンにそっくりだった。
「それはいい! 実はだね、手伝ってほしいのだが……」
そう言いながら、オーブリーさんは一枚の書類を俺に手渡してくる。
オーブリーさんの顔を見ると無言で頷かれたので、書類に目を落とす。
「……これは?」
タイトルに「ミネラ村」の文字があるのはわかる。書類の中央には数字が並んでいる。しかし、読めない単語が多かった。
一見すると、何かの管理簿のような感じだ。
顔をあげてオーブリーさんに向くと、彼はこれが何なのかを教えてくれる。
「これはこの村の財務報告書なんだがね。これから刈り入れもあって、収穫量のとりまとめもして収穫報告書も作らなければいけないし、人口報告書も作成しなきゃいけない。……ああ、そうだ。畑をこの一年で広げたから、土地利用報告書もか……。だから――」
オーブリーさんは俺の前で立ち上がり、右へ左へと歩きながら話す。
チラチラとこちらを見ながら。
「だから?」
彼が言いたいことが分かってしまった。だが、俺はあえて聞いた。
「手伝ってほしいのは、事務仕事というわけですか?」
パッと笑顔を浮かべるオーブリーさん。
「そうだ! 計算を手伝ってくれるだけでも助かるのだよ。頼むよ!」
そう頼み込まれては、手伝わないわけにはいかない。
「わかりました。そこまで言うのなら……」
「ありがとう! 本当にありがとう!」
オーブリーさんは、大げさに喜んでくれた。
こうして俺は、村の財務や報告書作成に関わることになるのだった。
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